インタビュー

統合失調症を生物学的精神医学からみる

統合失調症を生物学的精神医学からみる
加藤 忠史 先生

順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学/医学部精神医学講座 主任教授

加藤 忠史 先生

この記事の最終更新は2015年10月22日です。

統合失調症という疾患をご存知でしょうか。統合失調症は妄想や幻聴などを呈する一群の疾患を示す疾患概念です。生物学的精神医学においては、統合失調症で脳に何が起こっているのか、生物学的に解明する試みが行われてきました。今回は生物学的精神医学からみる統合失調症について理化学研究所 脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チーム・チームリーダーである加藤忠史先生にお話を伺いました。

統合失調症は、他人と自分の境界が分からなくなることによる妄想や幻聴を症状にもつ精神疾患です。妄想や幻聴を陽性症状、意欲の低下などを陰性症状といいます。統合失調症はこのような症状が現れる疾患群を大きな疾患概念として捉えたものです。

治療薬の発見とその作用メカニズムの解明から、統合失調症にはドーパミンが関係すると考えられるようになり、研究が始まりました。その後、このドーパミン仮説(ドーパミンの機能異常により統合失調症が引き起こされるという説)に基づき薬の開発も盛んに行われ、副作用を減らすことには成功しましたが、効果の面では画期的な進歩はありませんでした。また、グルタミン酸(脳に存在する主要な神経伝達物質)も統合失調症に大きく関与すると考えられ、グルタミン酸に関する薬も研究されていますが、まだ世には出てきていないという現状があります。

統合失調症には解明されていない部分も多くありますが、解明への道を着実に歩んでいます。統合失調症というのは先述のように症候群であり、さまざまな要因から引き起こされる疾患を含む大きな疾患の概念です。これらの要因を解明し、統合失調症はどのような疾患なのかを明らかにするのが生物学的精神医学です。現在、統合失調症は、ゲノム要因、周産期障害、周産期のインフルエンザ感染などを基盤として、海馬や前頭前野などの脳構造の変化やドーパミン、グルタミン酸などの神経伝達物質の変化が生じ、発症すると考えられています。

これらの要因の解明はまだ途上であり、まだ統合失調症の原因が全て解明できたとは言えない状況ではありますが、統合失調症の解明は日進月歩です。ここでは例として抗NMDA受容体脳炎、CNV、そしてレトロトランスポゾンについてお話します。

これは、最近の生物学的精神医学における大きな話題の一つです。数十年前であれば統合失調症と診断されていた患者さんの中に、「抗NMDA受容体脳炎」が原因で統合失調症のような精神症状が出ている方がいるということがわかったのです。以前よりNMDA受容体の機能低下が統合失調症を起こすといわれてきましたが、卵巣腫瘍などに伴って、その受容体を直接攻撃する抗体ができたことによってこうした精神症状を呈するケースがあることが発見されたのです。

精神病理学の進歩により統合失調症という大きな一群が「症候群」として成り立ちましたが、そこから、抗NMDA受容体脳炎が切り出されたのです。これは、統合失調症のサブタイプの一つが同定された、という見方もできるわけです。このようにして、症候群レベルにある精神疾患のメカニズムがひとつひとつ解明する作業が行われています。

過去10年間で最も大きな話題となった発見の一つが、CNV(コピーナンバーバリエーション)との関連です。CNVとはゲノムの中でおよそ1000塩基対以上の領域が、多かったり少なかったりする現象です。これはDNAマイクロアレイ技術が出来たことにより、初めて調べることができるようになりました。この技術を統合失調症に適用した結果、統合失調症の1%弱に見られ、統合失調症のリスクを10倍以上に増やす大きなCNVがいくつか見つかってきました。このように、統合失調症を初めとする精神疾患の原因は、新たな技術の出現とともに、次々と解明されていくことと思います。

ヒトゲノムプロジェクトが終了した時、人のゲノムのおよそ半分がレトロトランスポゾンなどの「跳び回る遺伝子」であるという驚くべきことがわかりました。当初は、進化のなごりだと考えられていましたが、このレトロトランスポゾンが脳の発達の途中で実際に跳ぶことが報告されたことから、このレトロトランスポゾンが統合失調症に関係しているかについての研究を行いました。統合失調症患者さんの脳を調べると、レトロトランスポゾンの量が健常な方より多いことがわかりました。さらに、統合失調症のリスクである周産期障害のモデル動物を調べたところ、レトロトランスポゾンが増えていることがわかりました。

また、統合失調症患者さんのiPS細胞から作った神経細胞でも、レトロトランスポゾンが増えていることがわかりました。さらに、次世代シーケンサーを用いた解析により、統合失調症の患者さんの脳の中では、シナプスに関わる遺伝子の部分にレトロトランスポゾンが多く入り込んでいることがわかり、レトロトランスポゾンが統合失調症の発症に関係している可能性が出てきました。

現在、統合失調症の生物学的精神医学的研究が盛んに行われています。そして、こうした研究ではしばしば、先述したような新たな解析技術の出現がブレークスルーに繋がります。今後、現在統合失調症と大きな括りで考えられている方たちの中から、さまざまな特定の原因で起きるサブタイプを明らかにし、生物学的に診断ができる統合失調症のサブタイプを増やしていくことが重要だと思います。

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きしもと たいしろう

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慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 准教授

たけうち ひろよし

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