インタビュー

双極性障害(躁うつ病)を生物学的精神医学からみる

双極性障害(躁うつ病)を生物学的精神医学からみる
加藤 忠史 先生

順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学/医学部精神医学講座 主任教授

加藤 忠史 先生

この記事の最終更新は2015年10月23日です。

双極性障害という疾患をご存知でしょうか。双極性障害とは、以前躁うつ病と呼ばれていた疾患のことを言います。生物学的精神医学研究においては、双極性障害がどのような原因で起きるのか、解明する試みが行われてきました。今回は生物学的精神医学からみる双極性障害について理化学研究所 脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チーム・チームリーダーである加藤忠史先生にお話を伺いました。

双極性障害は精神疾患の中で最も歴史が古いといっても過言ではありません。2000年以上前(紀元前の時代)から、同じ人間に躁(気分が昂ぶる状態)とうつが現れるという現象が確認されていました。このように、躁とうつを繰り返す疾患が躁うつ病で、現在では双極性障害と呼ばれるようになりました。

また、リチウムがうつ状態の再発予防に有効であると指摘されたのも100年以上前で、現在もなおリチウムが治療の第一選択薬になっています。リチウムという単純なイオンが有効であることからも、双極性障害が分子レベルの疾患であるというのは明らかですが、統合失調症や自閉症に比べて解明が遅れています。

双極性障害は、発症年齢が20〜30代に多く、才能もあり社会的に活躍してきた方が突然発症し、社会生活に大きな影響を及ぼしてしまう病気です。躁状態では浪費・ギャンブル・危険な性行動など、リスクの高い行動を取り、周囲の人間からの信頼を失ってしまいます。その結果、才能に応じた仕事につけなくなってしまうなどの非常に困難な状況に陥ってしまうことも少なくありません。

双極性障害は、リチウムのような気分安定薬を用いるとかなりコントロールできますが、リチウムには手が震えるという副作用がでる場合があります。リチウムを服用して躁・うつは予防できても、うまく字を書けないほどの副作用により仕事に支障をきたしてしまう、という場合もあり、一筋縄ではいきません。リチウムがなぜ効くのかは諸説があり、まだ完全には解明されておらず、そのためリチウムと同じ効果を持ち副作用が少ない薬は、未だ開発されていません。

双極性障害の創薬研究が進まない原因の一つは、記事4「双極性障害(躁うつ病)とミトコンドリアの関係」で述べますが、双極性障害の動物モデル(双極性障害の原因を導入した結果、双極性障害と同様の症状を示し、これに対して治療薬が同じように効果を示す動物)が作られていないことです。双極性障害において、予防効果を検定することのできる動物モデルを作成できなければ、双極性障害の予防薬を開発することが難しいのです。動物モデルが作られれば、リチウムと同様の効果で副作用が少ない薬が開発されるはずですし、患者さんのQOL向上に繋がるでしょう。現在、リチウムが効かない患者さんに対しても、その動物モデルを用いることで新しいメカニズムの薬が開発される可能性があります。

双極性障害は、さまざまな要因から引き起こされると考えられます。この要因を解明し、双極性障害はどのような疾患なのかを明らかにするためのアプローチが生物学的精神医学です。現在双極性障害の要因としては、ゲノム要因の他、周産期障害、ストレスなどの関与が考えられています。
ここでは、ゲノム要因について説明していきます。

双極性障害は、一卵性双生児では多くの場合二人とも発症しますが、二卵性双生児では二人とも発症するのは10%程度にとどまることから、ゲノムを基盤とした疾患であると考えられています。また、双極性障害とカルシウムが関係しているということが以前より指摘されていました。通常、細胞内のカルシウム濃度は細胞外の1万分の1という低い状態に保たれていますが、双極性障害の患者さんは細胞内のカルシウム濃度がやや高くなりやすいと報告されています。

なお、念のために申し上げますが、カルシウムが関係するというと、小魚などの食物からのカルシウム摂取を気にされる方もおられるかも知れませんが、食事から取るカルシウムの量はこの疾患には特に関係はありません。細胞内のカルシウム濃度を制御するのは、細胞膜のカルシウムチャネルや、細胞の中でカルシウムを取り込む細胞内小器官である小胞体・ミトコンドリアなどだからです。
私たちの研究グループではこの中でミトコンドリアに着目し研究を行っています。記事4「双極性障害(躁うつ病)とミトコンドリアの関係」で説明していきます。

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