多くの病気は、身体の状態を客観的に測定して評価する指標「バイオマーカー」があるため、血液検査や画像検査などによって確定診断をつけることができます。しかし、統合失調症にはまだ明確なバイオマーカーがないため、患者さんが体験する「症状」が極めて重要な情報になります。統合失調症の典型的な症状(幻覚や妄想など)とそれぞれの細かな特徴について、富山大学附属病院神経精神科教授の鈴木道雄先生に、具体例をまじえながら解説していただきました。
統合失調症の症状は、(1)幻覚、妄想、自我障害など、患者さんが”体験“する「陽性症状」、(2)意欲・自発性の低下、感情の表出の低下など、ある程度客観的に評価できる「陰性症状」、の2種類に大別されることが多いのですが、それらに加えて(3)考えや行動のまとまりがなくなる「解体症状」、(4)自分が病気であることを自覚できない「病識の障害」も重要です。
陽性症状と陰性症状という枠組みは、統合失調症を研究するために作られたやや便宜的な分類ですが、実際には程度の差はあっても、陽性症状と陰性症状のどちらの症状もみられるということが統合失調症の特徴です。
また、統合失調症は慢性的な疾患ですから、必ずしもすべての症状が一度にみられるわけではありません。
はじめに、このことを念頭に置いたうえで、次項以降に記す統合失調症の典型的な症状をお読みいただきたいことをお伝えします。
「幻覚」とは、対象のない知覚と定義されます。「幻」というと視覚的なものを連想しますが、いろいろな知覚領域に起こることがあります。たとえば、聴覚の幻覚は「幻聴」、視覚の幻覚は「幻視」、嗅覚の幻覚は「幻嗅」と呼ばれます。
このうち統合失調症の症状として最も頻度が高い幻覚は、「幻聴」(聴覚性幻覚)です。
このほか、脳がドロドロに溶けているなど、奇妙な体の感覚を感じるものを「体感幻覚」といい、これも統合失調症に比較的多い幻覚のひとつです。なお、幻視が統合失調症にみられることは少ないことも特徴です。
統合失調症の典型的な幻聴とは、ただ何かの音が聞こえてくるというものではなく、「人の声」が聞こえるという特徴があります。声の主は、本人が全く知らない人物ということも、実在する人物ということもあります。
また、声が話す内容はさまざまですが、ある程度の傾向があります。患者さんを責めたり批判するようなものであることが多く、声が患者さんに直接語りかけてくることも、複数の声同士が患者さんについて話し合うこともあります。
ドイツの精神医学者クルト・シュナイダーが、統合失調症の診断に役立つ特徴的な症状をまとめた『シュナイダーの一級症状』には、「対話性の幻聴」「その人の行為を批判する幻聴」などが含まれており、これらの症状がみられると統合失調症であると診断しやすくなります。
(※統合失調症の検査と診断については記事2『統合失調症の原因・検査・診断-発達障害との違いとは』をお読みください。)
統合失調症の陽性症状のひとつに、「妄想」があります。患者さんが誤った考えを抱いており、それが事実ではないことを合理的に説明しても訂正されない場合、「妄想」と判断します。
具体的な「妄想」の例としては、”隣人が自分のことを常に監視しており、危害を加えようとしている“という考えなどが挙げられます。
このとき、実際には隣の人は監視などをしている事実はなく、ごく普通の日常生活を送っているだけであるということを筋道立ててお話ししても、患者さんの考えは訂正されません。つまり、誤った思い込みが「確信」に至っているのです。
誤った考えが妄想的な確信には至っておらず、「○○かもしれない。(もしかしたら違うかもしれない。)」と曖昧さがみられる場合もあります。
このような確信度の低い妄想的な考えは、統合失調症の患者さんだけでなく、健康な人にでも生じることがあり得ます。確信の強さとともに、妄想が生じた了解できる理由があるかどうかを見極めることも、診断のために重要です。
シュナイダーの一級症状にもリストアップされている、統合失調症の重要な症状に「自我障害」があります。
自我障害とは、自分の意志や行為の独立性がはっきりしなくなったり、自己と他者の区別ができなくなったりする症状の総称で、多様な症状がありますが、一般の方にはややわかりにくいと思われます。
代表的な自我障害の症状には「させられ体験」というものがあります。これは、自分の意思ではなく、他者や外力によって自分が行動させられている、操られていると感じる症状です。
自我障害には、声に出していないにも関わらず、自分の思考が周囲に知れ渡っていると確信する症状もあります。思考の面で「自己と他者の境界が曖昧になる」状態ということができます。
極端な例ですが、自分の考えていることが日本中あるいは世界中に知れ渡ってしまうという感覚に陥る患者さんもおられます。
ここまでにご紹介した3つの症状(幻覚・妄想・自我障害)は、全てご本人が体験する症状であり、外からただ見ているだけではわかりません。患者さんが言葉によって表現することではじめてわかる症状ですので、医師は丹念に患者さんのお話に耳を傾ける必要があります。しかし、これらの症状が強い時は十分な会話が難しい場合も少なくないため、後に病状が改善してからやっと詳しい症状の話が聞けるという場合もあります。
現在、統合失調症の症状と脳の変化の関係についても研究が進められていますが、今後は、客観的に症状を捉えられるような手法を見出していくことも重要な課題となります。
統合失調症の典型的な陰性症状には、以下のようなものが挙げられます。
意欲が湧かなくなるため、社会的な場面に参加しようとしなくなり、なかにはご自宅に引きこもってしまう患者さんもみられます。
患者さんご本人が、自覚症状として「感動しなくなった」と感じるほか、他者からみて「喜怒哀楽を表出しなくなった」ことがわかる場合もあります。
このように、ある程度客観的に評価できるところが、陽性症状との違いです。しかし、外からみた印象とご本人の内面は必ずしも一致しないため、決めつけることなく詳しく診察することが大切です。
冒頭でも述べたように、統合失調症の多様な症状は一度に出現するわけではないため、「ある一時期」のみを切り取っても病気の全体像はみえません。
多くの統合失調症の患者さんでは、陽性症状が落ち着いた頃に陰性症状が目立ってくる傾向があります。また経過が長くなると陰性症状が強くなることが多いといえます。
※ただし、より詳しくみていけば、捉え難いものの陰性症状も発病早期から現れています。
統合失調症の症状の中でも最も出現頻度が高いものは「病識の欠如(障害)」であったという報告があります。
病識とは、患者さんご本人が病的な状態であると自覚・認識することを指します。
しかし、幻聴や妄想などの体験は、統合失調症の患者さんにとっては真実そのものであり、私たちが普通に人の話を聞いたり、考えたりしているものと、体験している現実性に変わりはないと考えられます。そのような統合失調症の患者さんに、「それは病気によるものである」とお伝えしても、すんなりと理解することは困難でしょう。
このように考えると、統合失調症の「病識の欠如」は、統合失調症という病気そのものに内在している、ある種やむを得ない部分もある症状といえます。
上述したように、統合失調症の患者さんに病識を持ってもらうことは、病気の性質上、非常に難しい部分もあります。
しかし、完全ではないまでも病識を獲得することは、患者さんの治療への積極的な参加に結びつき、予後の改善にも繋がります。
過去には、統合失調症の病名の告知は差し控えるべきと考えられていました。現在は、原則として、ご本人にきちんと病名告知と説明を行い、自主的に治療に参加していただくように促すことが標準的に行われています。
富山大学 大学院医学薬学研究部(医学)神経精神医学講座教授
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