インタビュー

生活臨床―慢性の統合失調症の方々への支援(1)

生活臨床―慢性の統合失調症の方々への支援(1)
糸川 昌成 先生

東京都立松沢病院 精神科 非常勤医師

糸川 昌成 先生

この記事の最終更新は2015年12月28日です。

糸川昌成先生は分子生物学者としての研究と同時に、精神科医としても診療を行う統合失調症研究の第一人者です。東京都医学総合研究所で2015年から病院等連携研究センター長を務めるかたわら、隣接する東京都立松沢病院で現在も非常勤医師として診療を続けておられます。

今回は慢性の統合失調症の方への支援のひとつとして、生活臨床という治療手法のお話を中心にうかがいました。

慢性の統合失調症の方々に対する支援には、いろいろな考え方があります。心理社会的なアプローチ、認知機能訓練などもあるでしょう。その中のひとつとして、生活臨床という、群馬大学で開発された支援の仕方があります。これは患者さんの性格や行動特性などを分類して、それに合わせて支援していこうというものです。

生活臨床は研修医のときに知っていたのですが、実はあまり興味がありませんでした。どちらかと言えば生物学や脳の研究で患者さんを助けたいと思っていたのです。しかし、30年間臨床医をやっていると、生活臨床というものは生物学や神経科学とは異なった効果があると感じます。

松沢病院の前院長である岡崎祐士先生が院長をお辞めになるときに退官講義で話されていた、印象深いエピソードをご紹介します。ある40代の男性が正月のたびに再発して入院していました。生活臨床で調べると、彼は20代のときに統合失調症を発症し、大学を中退したまま仕事に就くことができず、自宅で年老いた両親と同居していることが分かりました。

彼には10歳年下の弟がいて、最近結婚して子どもが生まれていました。正月が来ると弟夫婦は孫を連れて年老いた両親のところに来ます。すると、長男が普段見たことがないほど明るい笑顔を両親が見せ、弟夫婦を歓迎し、孫にお年玉をあげていました。それを見た長男は辛くなって再発し、正月のたびに入院してきていました。

そこで、生活臨床に基づいて次のような介入をしました。まず弟夫婦に対しては、今度の正月に両親のところへ孫を連れて行ったら、必ず次のことを言ってくださいと伝えました。「お兄さんが年老いた両親と同居してくださっているおかげで、私たち弟夫婦は安心して自分たちの生活を送ることができます。お兄さん、どうもありがとうございます」と。

次に、年老いた両親には次のことが伝えられました。正月に弟夫婦が来られたら、お年玉は長男の頭越しに孫に渡さずに、まず兄に渡して、本家の名代として兄から弟夫婦へ渡させてください、と。この介入以降、その長男は二度と再発していないそうです。

右手の人生・左手の人生の話(「統合失調症が治るということ―臨床家がなぜ研究をするのか(2)」参照)と関わってくるのですが、慢性と思われた人への支援に、このような有効手段があるのです。

私は生物学の研究者ですから、脳を解明しようと思いました。統合失調症が脳と深く関わる病気であることは疑いようがありません。それはなぜか。薬剤が影響するからです。薬剤はどこに効いているか。脳に効いているのです。脳に影響する薬剤が統合失調症の症状に影響するのであれば、やはり脳が深く関わっている病気であるということは間違いありません。

しかし、統合失調症は脳だけの病気ではないのです。たとえば、心というのは脳に還元できるものと、還元できないものがあります。自尊心という蛋白質もなければ、使命感という化学反応もありません。

夫婦げんかの遺伝子研究という笑い話があります。夫婦げんかをしているカップルを1万組集めてきて、DNAチップで遺伝子解析をしました。「糸川先生、夫婦げんかの遺伝子変異が見つかりません」「君、それは見つからんよ」

夫婦げんかというのは夫と妻の関係性によって起きる現象です。関係性は遺伝子に還元できないのです。

統合失調症は、脳の研究をすることによって、脳に還元できる症状が明らかになる可能性があります。もしかしたら幻聴というのはドーパミン受容体に還元できるのかもしれません。だからこそ抗精神病薬でD2受容体に蓋をすれば幻聴が弱くなったり、あるいは消えたりする。だとすれば、ある種の被害妄想や幻聴というのは脳に還元できるのかもしれないのです。

しかし、右手と左手の話、そして本家の名代としてお年玉を渡すこと、つまりその人の尊厳や自尊心というものは脳には実体化できないものです。人間が生きているということの中には、実体化できるものとできないものがあるのです。

もちろん心には脳に実体化できる部分があるからこそ、これからも研究を続けて脳を解明し、脳に有効な薬剤を開発し続けるのですが、それだけで患者さんが回復するわけではありません。慢性期への支援のポイントはそこにあります。

もう出すべき薬はすべて出した、やるべきことはやったのだから、あとは自分で回復しなさい、というわけにはいかないのです。その人の生きる証、立つ瀬というような部分があって初めて、自分の人生と向き合うことができるのです。

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慶應義塾大学医学部 ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座 特任教授

きしもと たいしろう

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慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 准教授

たけうち ひろよし

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