インタビュー

女性の産後うつ(産後メンタルヘルス)の現状と課題

女性の産後うつ(産後メンタルヘルス)の現状と課題
齋藤 益子 先生

帝京科学大学医療科学部看護学科 教授 医学博士

齋藤 益子 先生

この記事の最終更新は2016年06月09日です。

医療に携わるのは医師だけではありません。帝京科学大学教授の齋藤益子先生は、看護の立場から医療に携わってこられました。性の健康を専門とされている齋藤益子先生が近年特に注目されている、出産後の産後うつの現状についてお話をうかがいました。

分娩時の出血や早産時の帝王切開対応など医療技術の目覚ましい進歩により、これまでは救うことのできなかった命を救うことができるようになりました。厚生労働省によると平成26年では年間約100万人の女性が出産していますが、そのなかで妊産婦の死亡例は40件と言われています。このように出産で死亡する女性は国際的にも少数になりました。

しかし、産後にうつ傾向になり、自殺したり、子どもを殺してしまう事例が多くなってきていることに注目する必要があります。東京23区における“自殺により亡くなった妊産婦”の数が、2005~2014年の10年間で63人にのぼることが、日本産科婦人科学会で発表されました。これは、出産数に占める割合では10万人あたり8.5人で、出産時の出血などによる妊産婦死亡率の2倍になります。

国立神経・神経医療研究センターの田口寿子先生は、子どもを殺してしまった産後うつの事例17例を報告しており、母親のうつ病の背景に、生まれた子どもの健康発育状態などの出産・育児に関わる因子が相互に強く影響し合っていることを指摘しています。

結婚と出産は、女性の人生のなかで大きなイベントです。本来なら幸せでいっぱいの母親が、どうして自殺を選択してしまうのでしょうか。

ひとつには、産後の母親に対するメンタル面でのサポート体制の弱さに問題があると考えられます。母親となる女性は、妊娠から出産までの10か月という短期間に、体型や体調の変化などたくさんの「はじめて」を経験します。医療技術の進歩により、体調の変化や早産・難産などのトラブルに対しては手厚いサポートを受けることができるようになりました。しかし、こうした体調面のサポートにくらべると、精神的な面でのサポートはまだ十分とは言いがたい状況です。

女性の出産には産婦人科の医師だけでなく助産師も関わっています。この助産師の仕事は分娩時の手助けにとどまらず、出産前の教育や出産後の母親と新生児の体調管理や生活指導など多岐にわたります。この助産師による出産前教育のなかに、母親となるための教育なども含まれているのですが、病院の業務の複雑化などでマニュアル通りの内容しか指導しない場合も多く、このような場合には、母親と助産師との関係はどうしても希薄なものになってしまいます。すると、出産に対する「怖い・痛い・出産後の育児が大変」というイメージをポジティブなものへと変化させることができないまま、育児に対する不安を抱えた状態で女性は出産の時を迎えることになってしまいます。

そして、出産後の母親を見る社会の目も、必ずしも温かいものばかりではありません。街中でも、赤ちゃんを抱いている母親に差しのべられる手や、温かい空気を感じることができないことも多くあるでしょう。そのために母親は外出時など「赤ちゃんが泣きだしたらどうしよう」と心理的なプレッシャーを感じてしまうのです。

このような状況におかれた女性が、完璧に育児をこなすことができずに自分を責めることが高じてしまった結果、自殺を選択してしまうケースがあるのです。私はこの自殺者や子殺しの実態を非常にショッキングなものとして受け止めています。

国も少子化対策として子どもを産む方向に力を入れています。しかし、子どもは産んで終わりではなく、産んだ後の子育てにも力を入れて取り組まなければなりません。

女性が妊娠・出産すると子育てに割く時間が増えるために、仕事が中途半端になってしまう、以前に比べて家庭の時間を持てなくなる、ということが多いです。しかし、こうした肉体的・精神的な負担はすべて個人の、つまり母親の問題とされてしまうことが多く、その結果「産んだら損」という雰囲気も一部にみられるようになってしまいました。

しかし、妊娠・出産そして子育ては母親やその家族だけの問題ではありません。

メンタル面での支援ももちろんですが、母親がもっとおおらかに育児ができるように支援する社会的環境の整備など、そして子育てを行う母親にやさしい社会を実現していくことが大切です。

そのためにも、街で赤ちゃんを連れた母親に接する機会があれば、「かわいいですね」「育児頑張っていますね」と声をかけてあげてください。それだけで、母親は認めてもらえたと感じることができるのです。こうした行動が、子育て中の母親への手助け、ひいては産後うつに悩む母親にとって何よりの応援になるのではないのでしょうか。

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