インタビュー

自殺の予防と対策-周囲の気づきと相談がポイントになる

自殺の予防と対策-周囲の気づきと相談がポイントになる
河西 千秋 先生

河西 千秋 先生

この記事の最終更新は2017年01月19日です。

自殺が頭をよぎった時や身近な人の様子がおかしい時、本人や周辺の方はどのようなことを心がけて行動したらよいのでしょうか。

2016年1月に札幌大学付属病院の神経精神科教授に就任された河西千秋先生は、臨床現場や講演会を介して、この疑問への解答や方略を発信し続けています。

自殺を予防するため本人や周囲の方に知っていただきたい対策方法や相談先について、記事1『日本の自殺の現状と原因―「死にたい」と「うつ病」は深く関係している』に引き続きお話いただきました。

これまで、日本における自殺問題はかなり深刻なこと、自殺は複数の要因が絡み合った結果、生じることをお伝えしてきました。

では自殺を考えている方のなかでは、一体どのようなことが起きているのでしょうか。

自殺の原因は、多額の借金、家庭内の不和、治癒困難な病気、過酷な人生体験などその方によってさまざまですが、心理的に追い詰められて自殺を考える方々は、心理的視野狭窄(後述)に陥り、その苦痛を終わらせるためには、あるいはそこから脱出するためには自殺という手段しかないと信じてしまいます。

何か一つの考えにとらわれてしまい、周囲の事柄に考えが及ばなくなることを、心理的視野狭窄(きょうさく)といいます。自殺を企図する人のほとんどは本人が知らないうちに精神疾患に罹患しているので、その精神疾患、つまり脳機能の変調の影響により思考能力が本来のその人のもつ能力よりも低下してしまい、判断能力や分別する能力も低下し、思考の柔軟性も失われています。そのために、自殺以外の解決方法が見えなくなってしまいます。うつ病の場合は、常に悲観的思考にとらわれ、自殺念慮そのものが症状です。

自殺によって終わらせたい、抜け出したいという思いはあっても、本来、「死ぬために自殺をする」という論理ではないですから、当然、本能的にも「生きたい」、「生きていきたい」という気持ちがあるので、そこで「自殺するか、生きていくか」という状況において葛藤が生じます。ですから、自殺をほのめかすような言動を周囲に伝えたり、苦しい気持ちが体に表れて不自然に振る舞ったりすることがあります。

一方で、これは救いを求める行動でもあります。そこに気づくことができればよいのですが、このように、自殺の危険因子とも併せてみても、自殺は突然、何の前触れもなく生じるということはあまりないことなのです。

従来から自殺というものは、個人の問題と片付けられ、自殺を考えるほどに悩まれている方は、精神疾患の影響で援助希求能力が低下してしまうので、自分が抱えている問題や苦しみについて声高に語ることがなく、放置されがちとなっていました。

しかし、多くの方の気づかないところで、さまざまなかたちでサインを発しています。

 

自殺予防の十ヶ条

癒し

体も心も疲れているのにどうしても眠れないとき、異常がないのに体の不調が長く続いているときなどは、思い切って、精神科や心療内科を受診してみましょう。あるいは信頼するかかりつけの医師に精神科受診などを相談してみましょう。

思い切って誰かに相談してみることが大切です。

自分が極端に余裕を失ってしまっているとき、いつもの自分であれば決してとらないような振る舞いやミスをしてしまったとき、対人関係でトラブルを引き起こしてしまったときは、信頼できる人に相談してみることで客観的になれるかもしれません。

夜間は、「いのちの電話」のような相談電話にかけることで、切羽詰まった気持ちに歯止めをかけられるかもしれません。しかし夜の時間帯の考えごとは、どうしても人をネガティヴな方向に向かわせてしまいます。悩み事を、再度、夜が明けてから、人の意見を聞いてみてから考え直してみましょう。

人は余裕を失うと、よい考えも出てきません。できることなら普段からメンタルヘルス対策に取り組んでおきましょう。

悩み事や困難なタスクを複数抱えているときには、一度整理をつけてみましょう。問題を漠然と抱えていること自体がストレスになります。問題を具体的に紙に書きだすなどして、自力で解決できることと出来ないこと、解決の段取り、急いで取り組むべきこと、少し置いておくことのできることなどに分類、整理します。人と話しながらするとなおよいでしょう。

近しい人の様子がいつもと違うなと感じたら、それはメンタルヘルスを疑うきっかけになります。先にご紹介した自殺のサインをいくつか発している時には、まず、見て見ぬふりをせず、相手に声をかけてください。そして、あなたの心配と懸念を伝えて(もちろん、いきなり自殺の話題ではなく、「疲れているようだけど大丈夫?」などです)、話を聴いてみてください。そして、疲弊しているその相手の方にねぎらいの言葉をかけてあげてください。

もしも「死んでしまいたい」という発言があっても、「死ぬ気になれば何でもできる」とか、「死んだら負けだ」のような説教、説諭は禁物です。その方とのコミュニケーションを通して、メンタルの不調を見つけて受診勧奨ができればなおよいことです。

自殺を考えている方は一体どのようのことを考えているのか、自殺を思い留まってもらうためにはどうしたらよいのかなど、メンタルヘルスに関するリテラシーが求められます。死にたいと打ち明けられた時、心療内科や精神科に取り次ぐ事で、最悪の事態を避けられる可能性があります。

 

河西先生はご自身が専門とする行動科学、自殺予防学、地域精神保健学、あるいは精神薬理学の視点から、自殺を予防するためできることの情報発信を続けてきました。

ここから先は、前任の横浜市立大学時代、そして現在就任されている札幌医科大学における取り組みについてご紹介します。

河西千秋先生

自殺予防には、社会のさまざまな領域や医療現場での啓発を進める「一次予防」と、ハイリスク者に直接アプローチする「二次予防」と、自殺の事後対応である「三次予防」の予防方略があります。

まず、救命救急センターにおける自殺未遂者ケアから開始をしました。

とにかく大学病院のようなところには、自損行為患者のコンサルテーションが精神科医に多数来ますし、自殺未遂はその後の自殺の最大の危険因子であることが知られています。これをどうにかしなければならないということで、未遂者の正確な精神科的見立てと心理社会的アセスメントに基づく個別性の高いケア・モデル、ケース・マネージメント・モデルを作りました。

これが後にACTION-Jという多施設共同無作為化比較試験に発展し、その有効性が確立されたことから今では施策化にまで至りました。

搬送されたのちに亡くなってしまう患者さんの場合でも、ご遺族のケアがそこから開始されるようにと、悲嘆ケアや生活支援、精神科受診のご案内を含むリーフレットの配布を開始し、実際にケアにつながった方が何人もおられます。

このような現場の活動を推進するためには、医療者や将来の医療者である学生教育が重要です。救命救急担当の精神科医が救急医療スタッフと学習会を経年的に行うとともに、精神科と医学教育学講座との連携により自殺予防学の講義も開講しました。

患者さんの生活の場は、当然のことながら地域です。自殺に関する教育を進めるにはそこを耕さなければならないということで、地域に入っていきました。

具体的には、神奈川県大和市と横浜市栄区で積極的な地域自殺予防対策、メンタルヘルス推進活動を経年的に行いました。その地域における自殺の一から三次予防に取り組み、地域のネットワーク活動とゲートキーパー養成活動に力を注ぎました。

自殺のサインにいち早く気づき、悩みを受け止めるほか、状況によっては精神科など専門機関へつなぐことは、自殺リスクの軽減につながります。このような方をゲートキーパー(門番)と呼びます。

日本の自殺対策では、その養成が推奨されています。日本では、ゲートキーパーに特別な資格は不要ですが、自殺予防に必要な知識を身につけていただく必要があるため講習会を受講していただきました。一般的には一度の講習会で終わってしまうところを、私は2回に増やし、グループワークやロールプレイングを実施する時間を設けるようにしました。どのように自殺のサインをキャッチするのか、声掛けはどのようにしたらよいのかということは、座学でただ知識を詰め込むよりも実践する方が、生きた知識として身につきます。

またゲートキーパーの育成は、地域の自殺予防リテラシーを向上させることにもつながるため、非常に重要な意味を持っています。

私は札幌医科大学で、前任の横浜市立大学で取り組んできた自殺対策をさらに発展させたいと考えてきました。

まずいちはやく救命救急センターに自分のしてきたことをお伝えし、連携構築に着手しました。今では、横浜でしてきたことと同じことを同じクオリティで実践しています。この活動は、厚生労働省の事業にも取り入れられ、私どもの大学が施設採択されています。

さらに、診療科としてより一層、自殺予防の技術を高めるためのワークショップを教育セミナーの形で定着させ、病棟内の自殺予防のためのリスク・アセスメント研究に取り組んでいます。

病院の中で、精神科以外の診療科で時に自殺事故が生じます。その対策にも取り組んでいます。これは後述しますが、現在大きなトピックスとなっています。その中には、自殺事故のような重大医療事故の後の医療者のケアも含まれます。

教育活動も札幌医科大学で取り組んでおり、また地域活動にも着手しています。北海道あるいは札幌市内では、医療機関の取り組む自殺予防活動がやや遅れていましたので、一つは啓発に努めています。

さらに、私どもが開発した自殺未遂者ケア・モデルが施策化されことにより、その施策を実行する後押しをお手伝いしています。具体的には渡島地域と北見地域で活動をしています。また札幌市のゲートキーパー養成事業があり、北海道いのちの電話がその事業を委託されていますが、その技術的支援をさせていただいております。方法論は、神奈川、横浜での実践と同じようにゲートキーパーの実践訓練を中心に講座を立ち上げ、さらに、市民が市民に教えるという形をつくりました。

今後は、北海道や札幌市の行政と連携しながら、地域全体のメンタルヘルスの向上につながるような地域保健計画やプロジェクトに関わることができればと思っています。

2015年に全国1376病院を、精神科病床のない一般病院(432病院)、精神科病床のある一般病院(63病院)、精神科病院(34病院)の3種類に分けて、過去3年間における自殺の実態を調査しました。これは、2005年に日本医療機能評価機構と協力して実施した調査の10年後調査にあたります。

まず各グループにおける自殺件数と病院数の割合ですが、精神科病床のない一般病院では107件の自殺が見られ、それは全体の19%、83病院に認められました。また、精神科病床のある一般病院では74件の自殺が見られ、全体の67%、42病院に認められました。精神科病院は81件の自殺が見られ、全体の79%、27病院で自殺が発生していました。

精神科には、もともと自殺リスクがあるために入院する患者さんが多いのですが、精神科病床を有していない一般病院における自殺の原因は何なのでしょうか。

精神科病床のない一般病院の107件と精神科病床のある一般病院の24件(※)について、身体疾患について更に調査したところ、精神科病床のない一般病院は49%、精神科病床のある一般病院では54%の方が悪性腫瘍(がん)を患っていたことが判明しました。入院中に精神科を受診した方の割合は精神科病床のない一般病院では16%、精神科病床のある一般病院に至っては8%と極めて少ない結果でした。

※全体の自殺件数(74)から精神科病床のおける自殺件数(50)を引いたものです

最近の知見で、そして、がんと診断された方の自殺率は、診断告知された直後では平常時の20倍にまで膨らむこともわかりました。これは、「がん」のケアの在り方に大きな問題を投げかけるものです。

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