前の記事「医学リテラシーの持つ危険性について」においては、「医学リテラシー」とそれの持つ危険性について説明しました。ここからは「ヘルス・リテラシー(健康リテラシー)」に焦点をあて、医学リテラシーとヘルス・リテラシーのふたつがどのように違うのかを説明していきます。『うつの8割に薬は無意味』などの著書で知られる、獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授・井原裕先生に引き続きお話をうかがいました。
前記事では医学リテラシーについて述べてきました。ここからはヘルス・リテラシー、とくにメンタルヘルス・リテラシーについて述べていきたいと思います。メンタルヘルス・リテラシーとは、「うつ病の啓発」でも、「パニック障害の啓発」でもありません。これらはすべて医学リテラシーです。ヘルス・リテラシーにおいては、「健康なライフスタイル・生活習慣の啓発」こそが大切です。第一に知っていただきたいのは、健康な生活なのです。
メンタルヘルス以外の健康一般に関しては、ヘルス・リテラシーは理解されつつあります。その代表が、生活習慣病の予防に関する啓発です。高血圧や糖尿病を防ぐためにはこんな生活をした方がいい、という情報は、かなり普及しているといっていいでしょう。
そこでは、「太りすぎはよくない」「暴飲暴食はよくない」「糖質をとりすぎてはいけない」などが語られています。一部には正確さを欠くものもありますし、啓発をビジネス目的に利用しようとしている人が一定数いることも事実です。それでも、ヘルス・リテラシーの高まりとともに、人々は「生活習慣に留意すれば糖尿病は防げる」といった自信を持ち始めています。健康を人任せにせず、自分たちの努力で作っていこうという姿勢を促しており、とてもいいことだと思います。
一方、心の問題に対してはヘルス・リテラシーが浸透していません。「うつ病は『脳の病気』であり、抗うつ薬で治しましょう」という、一方的な情報ばかりが普及しています。これでは、人々は心の健康を医者任せにするばかりです。自分たちの努力で何とかしようという姿勢は、むしろ失われていきます。
ただし、時に精神科医に治療を任せるべき場合があることも事実です。本格的なうつ病で、それも重症例の患者さんです。しかし、そんな例外的なケースだけをもって、心の健康リテラシーを一般化してはいけません。心の健康は薬では作れません。抗うつ薬を心の健康づくりの手段としてとらえてはならないのです。
(参考:「病と悩み、異常と正常。精神医学から見る関係性」)
「心の健康を守る」という観点を大切にしつつも、「病気の治療をする」とう観点も必要であり、適切なときに適切な精神科的介入をする必要があります。その際、薬物療法を使わないわけではありません。次の記事では、具体的な事例を交えながら、ストレスの多い現代人の心の健康をどのように守っていくのかについて説明していきます。
井原裕先生の最新作です
獨協医科大学埼玉医療センター こころの診療科 教授
獨協医科大学埼玉医療センター こころの診療科 教授
精神科医となって以来、都心の大学病院・農村の精神科病院・駅前のクリニック・企業の健康管理センター・児童相談所と多様な治療セッティングのもとで診療を行う。この多彩な臨床経験をもとに、就学前から超高齢者までの、ほぼすべての年齢層の患者を診察。対象疾患も、うつ病・統合失調症・発達障害・知的障害・認知症・不安障害・パーソナリティ障害等、全領域にまたがる。近年は、プラダー・ウィリー症候群という希少疾患を、日本の精神科医としては最も多数例診ている。一方、司法精神鑑定医として、埼玉県内の事件を中心に数々の重大事件の精神鑑定を行い、精神保健判定医として多数の医療観察法審判に関与。刑事・民事ともに、法廷で精神鑑定人として証言する機会も多い。現在は、獨協医科大学越谷病院こころの診療科にて、セカンドオピニオン外来を開設。他の医療機関通院中の患者さんに対して、専門的見地からのコンサルテーションを行っている。今後も「精神科医としての守備範囲日本一」をめざし、限界に挑戦するつもりで広範な領域に関与していく予定。
井原 裕 先生の所属医療機関
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