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戦後日本への引き揚げ。食事、家財が不足するなかでの高校受験

戦後日本への引き揚げ。食事、家財が不足するなかでの高校受験
髙久 史麿 先生

公益社団法人地域医療振興協会 会長 / 日本医学会 前会長

髙久 史麿 先生

第二次世界大戦中、異国の地で生活を送っていた高久史麿先生は、「幸いなことに直接的な被害は受けなかった」と語ります。

しかし、終戦に伴う引き揚げ以降は、交通機関の断裂、家探し、栄養不足問題など、様々な困難に直面することとなります。戦後日本を目の当たりにしつつ、次のステップである高校受験に向けて歩を進め続けた小倉中学校時代について、お話しいただきました。

戦後引き揚げ

記事1『勉強はからっきし…奔放な次男を朝鮮随一の名門校へ入れた母の奮闘』では、朝鮮(現・韓国)の京城中学校から日本に引き揚げ、福岡の小倉中学校へと転入学したエピソードについてお話しました。

幸運にも、私は環境が変化することに対し、全くこだわりのない人間で、特に違和感を覚えることなく日本の中学校に馴染むことができました。福岡では親しい友人も随分沢山できたと記憶しています。

しかし、この福岡移住は、当初は一時的なものという予定でした。

私の父・高久勇は会津の地主であったため、引き揚げ後は家族皆で福島県に住まう計画をしていたのです。しかし、時は混乱極まる終戦直後。降り立った九州から本州へ向かうための東海道線は、残念ながら運行を停止していました。

ちょうどその頃、母の姉が官舎のある八幡製鉄所に勤めていたため、まずは叔母のもとでお世話になり、混乱が収まり次第会津へと向かおうと、家族一同話していたものです。

ところが、人生というものは何が起こるかわかりません。

学問に秀でて、医師を目指していた兄・瞬一郎が、福岡の地で結核を発症し、3年にわたる長期療養生活に入ってしまったのです。それに伴い、私も小倉中学校へと通い始めてしまったものですから、会津へと帰る計画は立ち消えとなりました。

叔母にお世話になり続けるわけにはいかないと覚悟を決め、母と二人で家を探し歩いたことは、今でも鮮明に記憶しています。

もしも、あのとき会津に帰れていたら、私の人生も家族の人生も、全く別のものになっていたことでしょう。物事を突き詰めて考え込んだり、将来の計画を綿密に立てるタイプではなかった自身の気質に、知らず知らず助けられていたところがあるのかもしれません。

精神的なストレスには鈍感な性格だったとはいえ、戦後間もない日本で暮らすことになったのですから、現代では味わうことのない苦労もしたものです。家探しもそのひとつですし、栄養失調気味になって足がパンパンに浮腫んでしまったこともあります。

ただ、私の不調は一時的なものでしたから、やはり将来の夢を諦め、自宅で療養するほかなかった兄のほうが辛い思いをしたのではないでしょうか。

また、

『母の手記』からは、停電や停水に見舞われ、家財も机程度しかない環境下で、息子二人を抱えて生活を切り盛りしようと苦心していた様が読み取れます。

旧制中学校は原則五年制ですが、四年修了時点で高校を受験することもできました。そのため、三年生で転入した私は、あっという間に進路決定の時期を迎えることとなったのです。

私の通う小倉中学校は、多くの生徒が福岡高等学校(以下、福高)に進むことで有名でした。兄が福高に通っていたという背景もあるためか、当時の担任の先生からは、1時間近くかけて福高への進学を勧められました。

しかし、私の意志は「一高か五高でなければ行かない」という、今思えば大胆なものでした。不合格になってもよいから、熊本の五高を受験すると、母にも宣言していたようです。

父は元々穏やかでのんびりとした性格、母はたまに癇癪を起こすことはあるものの、私の決断や選択に対し反対意見を示すことは滅多にない、そのような家庭環境に恵まれたため、五高受験も止められることもなく、私は晴れて志望校へと進学することができました。

五高時代の高久史麿先生のお写真
五高時代 写真提供:高久史麿先生

 

  • 公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長

    日本血液学会 会員日本内科学会 会員日本癌学会 会員日本免疫学会 会員

    髙久 史麿 先生

    公益社団法人地域医療振興協会 会長 / 日本医学会 前会長。1954年東京大学医学部卒業後、シカゴ大学留学などを経て、自治医科大学内科教授に就任、同大学の設立に尽力する。また、1982年には東京大学医学部第三内科教授に就任し、選挙制度の見直しや分子生物学の導入などに力を注ぐ。1971年には論文「血色素合成の調節、その病態生理学的意義」でベルツ賞第1位を受賞、1994年に紫綬褒章、2012年には瑞宝大綬章を受賞する。