インタビュー

救急医療のこれから-日本が抱える救急車問題と災害医療

救急医療のこれから-日本が抱える救急車問題と災害医療
有賀 徹 先生

独立行政法人労働者健康安全機構 理事長 、学校法人昭和大学 名誉教授

有賀 徹 先生

この記事の最終更新は2017年01月29日です。

公立昭和病院の救命センター設立や日本における救急医学の基礎作りに尽力されてきた有賀徹先生は、救急医療の円滑な実施のため地域との連携が欠かせないとおっしゃいます。

ここでは有賀先生が救急医学と地域のつながりの大切さを実感したいくつかの出来事をご紹介します。

高齢者たち

かねてより日本は高齢化の波が押し寄せています。2025年には団塊の世代と呼ばれる方々が75歳以上になり後期高齢者となることから、これまで以上に労働人口の減少や医療費の激増などの問題が更に加速すると予想されています。

高齢化の波が押し寄せるのは救急医療の現場も例外ではありません。すでに今の段階で顕在している問題もあります。

2016年の救急車出動件数は605万1,168件で、そのうち実際に搬送した傷病者は546万5,879人とのことです。前年と比べて出動件数・搬送件数は6万件以上増加しており、過去最高数を記録しています。

東京でもこの何年かは年に約1万件の増加を示しています。そして増加のほとんどが75歳以上の方々です。

しかし、救急搬送された方の半分近くが入院治療の不要な軽症と診断され、診療後自力で自宅へ戻られていることをご存知でしょうか。もちろん救急車の重要性を理解して、進退窮まった末に判断する方や、肺炎を繰り返し発症しているからといった理由で救急車を呼ぶ方もいらっしゃいます。しかし、なかには緊急性を判断できずとりあえず救急車を呼んでしまった、救急車で病院に運ばれたら優先的に治療してもらえるだろうから呼んだ、といった、安易な理由で救急車に出動要請をしている人々も少なからずいるのです。

そしてこれは最近のデータですが、救急車で搬送された方の年齢を調べると、5割以上が65歳以上の高齢者、同じく全体の3割は75歳以上の後期高齢者で占められていました。

救急車の出動要請増加の理由は複数ありますが、人口に対する高齢者比率と実数の増加に付随して、高齢者からの出動要請が増えたことを考慮する必要があります。歳を重ねると傷病のリスクが上昇するため、高齢者による出動要請が増えるのは理解できます。しかし、救急医療を担う現場のマンパワーや設備が限られていることを考えれば、高齢者と救急医療に関する問題が、いかに見逃せない大きなものであるかをおわかりいただけるでしょう。

有賀先生

記事1『日本の救急医学発展と脳神経外科医有賀徹先生が行われてきたこと』で、日本の医療は一次医療、二次医療、三次医療に分類できるとお伝えしました。

しかしこれ以外にも、患者と医療機関の関わり方によって「垂直連携」と「水平連携」という分け方をすることも可能です。

垂直連携とは、一刻を争う事態と判断して救急車やヘリコプターなどで急性期病院へ搬送する連携を言います。一方、水平連携とは訪問診療、訪問看護や訪問リハビリステーション、ケアマネージャーによって日常生活を支援するために、例えば地域包括ケアとして提供される連携によるサービスのことです。

垂直連携と水平連携では、診療の対象となる患者の性質は大きく異なります。垂直連携の診療対象は交通事故に遭った、脳卒中心筋梗塞で倒れたといったように、診断・治療ともに緊急性の高い方が典型的です。水平連携の対象はくり返す肺炎のように確かに処置は必要なものの、超緊急かと言えば必ずしもそうでないものや、脳卒中後のリハビリで病院に通うなども含まれます。

垂直連携と水平連携の関係を考えたとき、水平連携に限りなく近い垂直連携として「水平連携に準じた垂直連携」ともいえる連携があると考えています。

例えば、地域のなかで肺炎を繰り返し発症している方がいた場合、本人が救急車を呼ぶのではなく、かかりつけ医が病状を判断し入院が必要とした段階で病院の救急車を手配して、地域の二次医療を行う病院へ搬送する仕組みを構築している地域医師会の例があります。

自治体の消防救急車がどんな場合でもみな搬送するのではなく、医師をはじめとした医療関係者が間に入ることによって、病院が所有する救急車を活用するといったその地域でのルールを実践することで、消防の救急車の受け入れ先となる病院の救急部門を、より緊急性の高い方の搬送へと回せることができるのです。

有賀先生

未だ多くの爪痕をしていますが、東日本大震災が発生したとき、私は日本救急医学会の代表理事をしていたこともあり、被災地、特に原発事故に対し数々の人的・物質的支援に関わりました。

地震などの災害は、これまでの生活環境を激変させ、また経済活動にも大きなダメージを与えることもあって、国民ひいては国にとっても大きな憂いともなります。

誰も経験したことのない原発事故が発生し、現地に医師を派遣することを決定したとき、「その現場で働いている方達を手助けしたい、または『国士たる志(こくしたるこころざし:国を憂える心)』を持つ人が積極的に支援を行っていただきたい。」と全国の日本救急医学会の会員に頼みました。

国士とは、誠意(世の中や人のために尽くす心)や勤労(誠実に仕事をすること)、見識(あらゆる物事を道理に沿って見抜く力)、気魄(自らの信念と責任により強い心でやり通す力)を備えた、国の将来を担う人のことです。

原発事故を含めて被災地では使用できる病院設備や医薬品が限られたなかで、想像を絶する困難な作業が課せられます。平時では考えられない環境で最善の診療を提供するためには、被災地だけでなく全国各地から派遣されてきた医療従事者との綿密な連携が必要です。

このような事態のなかで、私が国士たる志を持つ方に行っていただきたいと敢えて発言したのは、日本救急医学会に関連する人々に対して、覚悟を固めていただくと同時に、高い士気のもとで働いていただいてもらうためでもありました。

東日本大震災では被害が甚大だったこともあり、原発事故を含め長期的な支援を行いました。被災地で支援を行うということは、支援に赴く方々の生活そのものが実は一時的であれ被災地に移ることを意味します。

阪神淡路大震災の折も、今回の東日本大震災でも、昭和大学からは被災地に赴く際に、英気を養う意味も込めて栄養士や調理師を同行してバランスのとれた温かい食事を提供して、災害現場で診療や指導にあたる医療関係者達を食生活の面で支援したというわけです。

ここでご紹介したのはあくまでも一例ですが、過酷な環境で支援を続ける医療者に対しこのような面での支援をするというのも、災害医療における支援体制のポイントのひとつといえるのではないでしょうか。

 

日本病院会主催 公開シンポジウム『病気をしても働くために!』平成29年7月12日(水)開催
(詳細は下記画像をクリックしてください)