インタビュー

メタボリックシンドロームと低栄養――相反する2つの栄養状態について

メタボリックシンドロームと低栄養――相反する2つの栄養状態について
葛谷 雅文 先生

名古屋鉄道健康保険組合 名鉄病院 病院長

葛谷 雅文 先生

この記事の最終更新は2017年01月24日です。

記事1『低栄養と病気の関係:「飽食の時代」に忍び寄る高齢者のリスク』では、近年対策が急がれている高齢者の低栄養化について、問題意識を持ち研究されている名古屋大学大学院医学系研究科 地域在宅医療学・老年科学教室 教授の葛谷雅文先生にご説明いただきました。

高齢者の低栄養は心や身体だけでなく、日本の社会的事情によって加速している部分もあるそうです。今回は低栄養を引き起こす社会的背景について引き続きお話を伺いました。

疑問

高齢者の低栄養化が進む原因は、生活環境やそれぞれの理由からくる食欲不振など「高齢者1人1人それぞれの事情」の他に、「日本全体の社会的背景」が起因していると考えられます。「高齢者1人1人それぞれの事情」については記事1『低栄養と病気の関係:「飽食の時代」に忍び寄る高齢者のリスク』にて述べましたが、高齢者の孤食化や原因不明の食欲不振で十分な栄養素が摂取できない状況に陥ってしまうと、結果的に低栄養を招きます。ここではもう一つの原因である「日本全体の社会的背景」からくる高齢者の低栄養化について述べます。

私が思う高齢者の低栄養化の背景にある日本の社会的要因とは「高齢者の食生活のイメージ」と「メタボリックシンドロームという概念」にまつわる2つの誤解です。

「お年寄りは高カロリーなものより粗食を食べる方が長生きする」という話を聞いたことはありませんか。高齢者の間ではまるで「伝説」のようにこの概念が普及しているように私は感じています。しかしながら、実はこの主張に医学的な根拠はありません。

この伝説を盲信している高齢者は、極端に質素な食事が健康によいと信じ、実践しています。たとえば肉など高カロリーなものを控え、野菜中心の生活を送り、1食が米・味噌汁・メザシだけといったような生活です。しかし、これを続けていると十分な栄養を摂れず低栄養化し、むしろ不健康になってしまう可能性があります。

粗食を好んで食べている方ならまだしも、本当は肉が好きなのに我慢している高齢者の方もいらっしゃるでしょう。この誤解を解き、「高齢者だからこそしっかり食べる必要がある」ということ、食事のバランスに留意さえすれば「もっと好きなものを食べていいのだ」ということを伝え、高齢者が食べたいものを食べてかつ健康になるというのが理想的だと私は思っています。

メタボリックシンドローム

近年「メタボリックシンドローム」通称「メタボ」が注目されています。メタボとは成人が過栄養によって太り、動脈硬化生活習慣病などの健康障害を引き起こすことを懸念して周知された概念です。

一方で「低栄養」とは「不十分な栄養素の摂取状況がその方の健康状態を脅かし、健康に障害を与えること」と定義されていますので、メタボとは対極的な関係です。つまり高齢者がその適用を過ぎてもなお、メタボ対策向けの食事をしていると、低栄養を引き起こす可能性があるということです。

実はメタボリックシンドロームと同じように、コレステロールもある一定の年齢を過ぎてからは若い時ほど意識する必要がありません。これはあまり知られていないかもしれませんが、日本動脈硬化学会は「冠動脈疾患の無い75歳以上の方にとってコレステロールを低下させる意義があるかは明らかでない」という報告をしています。高齢になると、たとえコレステロール値が高くても、動脈硬化を起こすリスクそのものが下がる可能性があります。

壮年期・中年期に植えつけられたコレステロール値に対する恐怖が未だに染み付いていて、お歳を召して注意する必要がなくなった今でも、コレステロール値を考慮して食事を選択している方が一定数いるのも事実です。人によっては4、50代の頃に医師に言われた「コレステロール値が高いから肉や卵を控えなさい」というアドバイスを、20〜30年経ち7、80代になった今でも実直に守っている方もいます。しかし、この世代の方々は気にせずさまざまなものをしっかり食べた方が低栄養のリスクにさらされずに済みます。それを知らずに生活している高齢者が実はかなり多いのです。ただ、既に動脈硬化性疾患(狭心症や、心筋梗塞など)に既に罹患した方は、後期高齢者になってもコレステロールを下げる必要があり別です。

正しい知識や詳しい内容が周知されず、「メタボリックシンドローム」や「コレステロール」という言葉に惑わされ、本当はその対極である低栄養を意識するべき高齢者たちが、いつまでもメタボやコレステロール対策の食事を行なっているのはとても危険です。

高齢者の低栄養化を防ぐためには、いつまでもメタボの概念にとらわれず、ある年代で「メタボ対策」から「低栄養対策」へのギアチェンジが必要です。具体的には65歳まではメタボ対策を、75歳以上から低栄養対策を本格的に意識することを推奨しています。

では65歳〜75歳までの10年間はどのように過ごすのがよいのでしょうか。実は、間にある10年間の過ごし方こそがとても重要です。私はこの10年間をグレーゾーンとし、それぞれの現状に合わせた対策をする期間と考えています。

65歳を過ぎた段階で過栄養に傾いている方、特に糖尿病などの代謝疾患を抱えている対象者は重症化を予防するために減量を目指すべきですが、そうでない方は低栄養対策に向けた準備が必要になります。この10年間の過ごし方の指導こそ、かかりつけ医の腕のみせどころです。

高齢者の低栄養化は悪化すると回復が難しく、必要な栄養をただ与えるだけでは対処できません。特に極端な低栄養に陥っている高齢者の場合、いくつかの病気を併発していることも多く、若い方に比べて回復力も落ちているのでなかなか回復しません。そこから救い出すことは医療の力を持ってしても難しいというのが現状です。そのため、栄養状態が極端に悪くなる前に対策をすることが必要です。

人は健康に生き、生活していくために栄養が必要です。この事実はいくつになってもどんな状況でも変わりません。しかし、必要な栄養の種類や量は、その方の年齢・ライフステージによって大きく異なります。このことに留意しておかなければなりません。

漠然と信じられている粗食の説や巷で目にする言葉などに惑わされず、今の食事がご自身や家族にとって適正であるかを再度見直してみてはいかがでしょうか。不安に思うことや、気になることがあればぜひ医師にご相談ください。

サプリメント

たとえば「自分はサプリメントを摂取しているから栄養状態は良好だ」と過信している方もいらっしゃいます。高齢者の中でも健康に対する意識の高い方は、驚くほど多くのサプリメントを服用していることがあります。サプリメントを飲むことがいけないとはいいませんが、ここにも正しい知識が必要です。服用する際にはサプリメントの効果を過信し過ぎず、あくまで「健康補助食品」であるということを覚えておきましょう。また、服用しているサプリメントは必ずかかりつけの医師に申告していただきたいです。

栄養剤・ビタミン剤をはじめとするサプリメントの服用が栄養状態を改善するのかというと、必ずしもそうとはいい切れません。サプリメントのように純化した栄養素と違って、食材に含まれる栄養素は他の複数の栄養素と互いに相互作用を起こして、体に効果を発揮している可能性もあります。当たり前のことですが、一番理想的なのは食材から栄養を摂ることです。

ですからサプリメントを飲んでいるからといって、偏食をしてよいということはまずありません。食材をベースとして栄養を摂取するため、様々なものをたくさん食べるように心がけましょう。

葛谷雅文先生

栄養の問題は一概に語ることができない難しいテーマです。加齢・病気などによって様々な影響が引き起こされるため、すべての人に同じことがいえるわけではありません。よって、ひとつの事実ですべての人たちの健康状態を底上げできるわけでもありません。しかし、高齢者の低栄養化に関しては、前述のような多くの誤解が未だに盲信されていることもあり、専門家の簡単なメッセージで救える高齢者の方がかなりいるのではないかと実感しています。

数十年前は全体の人口に対する高齢者の数も割合も少なく、マイノリティであったため、高齢者の健康はあまり重要視されていませんでした。医学の世界でも臨床試験は65歳以上の高齢者を除いて行われていました。このような事情もあり、一昔前までは成人も高齢者も一括りに、画一的な診察・栄養指導が行われてきてしまいました。

しかし、時代は少子高齢化社会となり、今では高齢者を無視しては医療が成り立ちません。そして、高齢者には高齢者特有の疾患や栄養問題があるということがわかりはじめています。この時代の流れに順応し、専門家も画一的な概念ではなく小児・成人・高齢者などそれぞれの世代にあった医療を提供していく必要があります。

医師や管理栄養士、あるいは介護・在宅に携わる福祉系の職に就く方々など、高齢者の健康に携わる方に今一度栄養に関する知識の見直しを啓発することも私の役目だと自負しています。とりわけ専門家の先生方には、ぜひ目の前の患者さんの年齢・ライフステージに沿った指導をしていただきたいと思っています。患者さんにとって専門家の一言はとても大きな影響をもたらします。

たとえば、メタボという概念が世間で重要視されているからといって、多少肥満であってもメタボによる健康障害が低い高齢者にまで、メタボの指導をしていないかということを今一度省みる必要があります。

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