インタビュー

愛知県がんセンター50年の歴史-質の高い医療を提供し地域へ貢献し続けるために

愛知県がんセンター50年の歴史-質の高い医療を提供し地域へ貢献し続けるために
木下 平 先生

愛知県がんセンター 名誉総長

木下 平 先生

この記事の最終更新は2017年02月04日です。

愛知県がんセンターは2014年に開設50周年を迎えました。これまでの業績を踏まえながら、地域におけるがん診療の拠点としてさらなる高度先進医療を目指し、組織体制の強化や環境整備にも精力的に取り組む木下平(きのした たいら)総長にお話をうかがいました。

愛知県がんセンター
愛知県がんセンター外観
(写真提供:愛知県がんセンター中央病院)

愛知県がんセンターができたのは1964年(昭和39年)のことです。その頃には、現在のようにがんが増加して、これほどポピュラーな疾患になるという状況を予測することは難しかったはずです。それにもかかわらず、当時の桑原幹根(くわはら みきね)愛知県知事が、地方公共団体としては我が国初めての病院と研究所を併せ持つがん専門施設として、この愛知県がんセンターを作ったというのは実に驚くべきことです。

その長い歴史の中で積み重ねられたこれまでの業績は、まさに栄光の歴史と呼ぶべきものです。昔はがん研(現・公益財団法人がん研究会)と国立がんセンター(現・国立研究開発法人国立がん研究センター)、そしてこの愛知県がんセンターの3施設が日本のがん診療における中心的な存在でした。その中でもがん研究会は私立で日本最初のがん専門機関として知られていますが、その後、国立がんセンターに続く3番目の施設として設置された愛知県がんセンターが、東海地区におけるがん制圧の重要な拠点の役割を担ってきました。

医師たくさん

私は2012年(平成24年)の4月にこの愛知県がんセンターに総長として就任するまでは、国立がん研究センター東病院の院長でした。愛知県がんセンター中央病院は500床、国立がん研究センター東病院は425床ですから、比較的近い規模の施設であるといえます。しかし実際に来てみると、実は500床の愛知県がんセンター中央病院のほうが、国立がん研究センター東病院よりも医師の人数が少なかったのです。

愛知県がんセンターは現在も県立の施設であり、独立行政法人には移行していません。愛知県の財源に占める法人税の割合は高く、リーマン・ショック以降の景気後退局面を受け、県の税収は依然として厳しい状況にあります。したがって、愛知県がんセンターも経費削減を求められる面があり、事務部門の人員はもちろん、医師の数を増やすことも容易ではありません。しかし、そこで引き下がることなく粘り強く働きかけて人員を勝ち取らなければなりません。私が着任してからはようやく少しずつ人も増えつつあります。

がん医療において、全国どこでもがんの標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術などの格差の是正を図ることを「均てん化」といいます。これはもちろん医療政策として実現していかなければなりません。

しかしながら、愛知県がんセンターの使命としては、やはり高度先進医療への取り組みがもっとも重要であると考えます。地域における診療連携拠点としての役割を果たすとともに、高度先進医療を提供できる施設として他の施設との差別化を図ることを目指していくべきです。そのためには人員や検査機器などの先行投資も必要です。

現在、先進的な医療を推進している病院では、増員や最先端の医療機器の導入が欠かせません。私は着任以来、ことあるごとに県にその必要性を訴え、ようやく手術支援ロボットの導入を実現しました。しかし、それも愛知県内ではけっして早いほうではありませんでした。

手術支援ロボットのダヴィンチは、現在のところ保険適応となる領域が泌尿器科など一部に限られています。しかし今後、先進医療としてダヴィンチで手術できる領域が広がってきたときに、愛知県がんセンターとしてしっかりと対応する必要があります。

実際にダヴィンチ導入までは前立腺がんの症例数が減少していましたが、導入後はその傾向が再び元に戻りつつあります。当面の採算のことだけを考えるのではなく、最先端医療に取り組み、それによって職員のモチベーションを高めることも非常に大切です。こうしたことも私の重要な仕事のひとつであると考えます。

免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブは、2015年に非小細胞肺がんの治療薬として追加承認されました。非小細胞肺がんは肺がん全体の約80%を占めるため、この適応拡大によって多くの患者さんが新たに治療の対象となることを意味します。愛知県がんセンターではこの状況に対応するために早くから準備を整えました。

ニボルマブは期待の新薬ですが、医療費が非常に高額になるという問題がありました。そこで、この新薬を肺がん患者さんに対して用いるために、平成27年度に大型の補正予算を組みました。

ニボルマブは免疫システムから逃れようとするがん細胞の仕組みを妨げ、免疫T細胞が再びがんを攻撃できるようにするという薬剤であるため、まれに免疫が過剰に働きすぎて自己の正常な組織を破壊してしまうことがあります。このため、インスリンを分泌する膵臓が過剰な免疫反応の標的となってしまうと劇症型1型糖尿病を引き起こすなど、重篤な合併症が起きる可能性があります。

このような、がん専門施設では治療が難しい状況が起こる可能性があることに対して、名古屋第二赤十字病院や名古屋市立東部医療センターなど、近隣の医療機関にあらかじめ協力を依頼し、副作用や合併症への対応を図りました。こうして予測される問題について事前の準備を整えていたため、保険承認が下りたときからからすぐにニボルマブを使い始めることができたのです。

サルコーマセンター集合写真
サルコーマセンター構成診療科スタッフ
(写真提供:愛知県がんセンター中央病院)

愛知県がんセンター中央病院では、2016年10月に「サルコーマセンター」を開設しました。サルコーマ(sarcoma:肉腫)とは、骨・筋肉・神経・血管・脂肪などに発生する悪性腫瘍の総称です。各臓器にできる通常のがんに比べて発生頻度が極めて低い「希少がん」であり、全身のさまざまな部位に発生することから、サルコーマを専門に診ることができる医師は非常に限られています。そのため、一般の病院では診断や治療が難しく、患者さんを専門施設に集約した上で各診療科が連携して集学的な治療を行うことが望まれてきました。

愛知県がんセンター中央病院に新設したサルコーマセンターは、整形外科の筑紫 聡(つくし さとし)部長を中心に、サルコーマの診断・治療に精通した整形外科医・薬物療法医・病理診断医・形成外科医が協力して診療にあたる全国でも数少ない施設です。愛知県だけではなく東海地区全域、さらには中部地区をカバーする中核的な存在となることを目指しています。

質の高い医療を提供するためには常勤の医師だけでなく、他にも多くのスタッフが必要です。しかし、国立がん研究センターなどでは研修医もある程度集まってきますが、全国のがんセンターの多くは大学から派遣される研修医に依存しています。

現在のところ、愛知県がんセンターも同じように名古屋大学、愛知医科大学、岐阜大学など地元の大学医学部に研修医の派遣を依頼しているという状況にありますが、今後は研修施設としての存在価値を高め、将来的には地元に頼ることなく、愛知県がんセンターでレジデント研修をしたいという医師が自発的に集まってくるようにしていきたいと考えています。

また、私が総長として着任した当初には、看護師の数が不足しているという問題がありました。そこで、当時私が委員長を務めた「看護師確保・定着緊急対策委員会」では、保育所や宿舎を充実させるといった対策を実行し、その結果、看護師の定着率が目に見えて向上しました。

こうした環境整備の成果を踏まえ、ゆくゆくは非常勤として研修に来る医師が使えるような施設や設備などの整備も行いたいと考え、10年先、20年先を見据えた長期的なプランも策定中です。さらには、古くなった中央病院の建て替えや、場合によっては移転も視野に入れる必要があると考えています。

研究風景

愛知県がんセンターでは、幸いなことに中央病院から通路ひとつで研究所へ行くことができます。ですから、病院と研究所との交流も進んでおり、日頃からさまざまな形で連携が行われています。

たとえば、愛知県がんセンター研究所の部門のひとつである分子病態学部では、①がんの発症・悪性化における微小環境の役割、②転移の分子メカニズム、③がん悪液質の病態生理研究という3つの柱があります。

愛知県がんセンター中央病院との連携によって新たな治療法の確立につなげることを目指して、それぞれ研究が進んでいます。

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