全身にくまなく分布する脂肪は再生医療を身近なものにする可能性を秘めているため、国内外の研究者や企業が注目していることをご存知でしょうか。
清水雄介先生は2年前に琉球大学医学部附属病院形成外科特命教授・診療科長として就任されて以来、脂肪組織由来幹細胞の研究を続けてこられました。
清水先生が研究されている脂肪組織由来幹細胞とは、一体どのようなものなのでしょうか。そして脂肪組織由来幹細胞は、ES細胞やiPS細胞とどのような点が違うのでしょうか。本記事では清水先生に脂肪組織由来幹細胞の特徴と将来性につい手教えて頂きました。
ヒトの体は約60兆個の細胞で作られています。全身の細胞を構成するモトともいえる存在が幹細胞で、再生医療はこの幹細胞を使用します。
幹細胞は自己複製能力と呼ばれる、細胞のコピー(複製)を作成できる能力を持っています。この自己複製能によって作成した細胞は、元の細胞と同じ構成・機能を持ちます。
多分化とは、あらゆる細胞がそれぞれ異なった性質のものに分かれていく能力のことです。この能力は、皮膚や血液をはじめ各種臓器を作り出すのに欠かせません。
再生医療への導入を目指して研究が進んでいる脂肪組織由来幹細胞は体性幹細胞に分類されます。
体性幹細胞とは生体内で常に活動している幹細胞のことです。血液を作る造血幹細胞、神経細胞を作る神経幹細胞、骨や軟骨、脂肪、神経を作る間葉系幹細胞など沢山の種類があり、脂肪組織由来幹細胞はこのうち間葉系幹細胞に属しています。
これまで間葉系幹細胞の主流と呼ばれていたのは、骨髄にある骨髄幹細胞に関するものでした。しかし採取時の侵襲(痛みや傷み)が大きいことに加え、一度に取れる量が限られていること等がデメリットとして考えられています。
脂肪組織由来幹細胞の存在が確認されたのは2001年と比較的近年ですが、非常に大きな注目を集めました。その理由として、脂肪組織が体表面に近い部分に存在するため比較的安全に採取しやすいことに加え、全身にくまなく分布するために大量に採取しやすいことが挙げられます。脂肪組織由来幹細胞と名前がついていますが、その後の研究で脂肪以外にも骨や軟骨など、さまざまな組織への分化する多分化能を持ち合わせていたことが、少しずつわかってきました。
そのため現在実施されている間葉系幹細胞研究のなかで、脂肪組織由来幹細胞は現在最も実用化に近づいていると言われています。
琉球大学は沖縄県と民間企業と提携して、再生医療に関する研究に力を入れています。
脂肪組織由来幹細胞は組織の再生を促すはたらきがあることがわかったので、形成外科が中心となり、顔面にへこみのある方や、顔面に生じたがんを摘出した方の脂肪から脂肪組織由来幹細胞を抽出・培養して、脂肪とともに移植してへこみを緩和する手術を行っています。
患者さんの自身から採取した脂肪組織由来幹細胞を培養・移植しているため免疫拒絶もなく、治療に一定の効果が見られたことから、今後は体のさまざまな部位を対象にした臨床研究を実施していく予定です。
再生医療、特に間葉系幹細胞の研究が進んだことにより、同細胞を用いた再生医療製品が登場しはじめています。脂肪組織由来幹細胞の研究がさらに進めば、従来よりも治療効果の高い方法を開発できるかもしれません。
乳房再建の方法として、インプラント(シリコンブレストインプラント)を使用して乳房の膨らみを再建する方法と、腹部・背中の皮膚や脂肪と一部の筋肉を使用する自家組織による再建があります。
前者のインプラントによる再建は比較的簡便な方法ですが、感染や破損のリスクが少なからず残ります。後者の自家組織による再建は自然な乳房の形を再現しやすい反面、組織を採取した部位に手術痕が残る等のデメリットがあり、完全な再建方法とはいえません。
そのため脂肪組織由来幹細胞と脂肪組織を併用した傷をほとんど残さない乳房再建が、新たな選択肢になりつつあります。
膝関節の表面を覆っている軟骨が摩耗して骨同士がぶつかりあうことにより、膝に強い痛みが生じることがあります。変形性膝関節症の治療には、体重コントロールや筋力トレーニング、ヒアルロン酸製剤の関節内注射などによる保存療法と、人工関節置換術などに代表される手術療法があります。
現在、脂肪組織由来幹細胞と一緒に脂肪を膝関節に注射して摩耗した軟骨の再建を促すことで、膝の痛みを緩和させる方法が研究され、実際に臨床応用され始めています。軟骨の摩耗は自然に治ることがないため、もし脂肪組織由来幹細胞による治療方法が確立すれば、整形外科学の目標のひとつである損傷軟骨治療の達成に近づきます。
肝硬変とは、肝臓が線維化をおこして正常な構造を寸断することで肝臓が固くなり、肝機能低下をおこす病気のことです。根治療法が開発されていないため、肝硬変の治療では肝機能低下を遅らせる保存的な投薬治療を選択することが一般的です。
肝硬変の治療に対する再生医療の先行研究としては、骨髄幹細胞を投与する研究があります。この研究では肝機能に一定の改善がみられたことから、脂肪組織由来幹細胞でも、肝臓の線維化抑制、ひいては肝硬変の治療に繋がるのではないかと考えられています。
ここまで、脂肪組織由来幹細胞は他の間葉系幹細胞よりも採取しやすいことから再生医療の分野で注目を集めていて、脂肪組織由来幹細胞の実用化に向けた研究が全国で行われているとお伝えしてきました。
ここでは、脂肪組織由来幹細胞の問題点についてご紹介します。
脂肪組織由来幹細胞は研究段階のため、どのような疾患に効果を発揮するのかについて臨床研究を重ねられている段階です。
たとえば、ある疾患では脂肪組織由来幹細胞が有用だったのものの、別の疾患では骨髄幹細胞の方が効果を認められた、というケース等が考えられます。また患者さんの年齢や性別・基礎疾患などの特徴が、脂肪組織由来幹細胞の培養や実際の治療効果に与える影響について多くの未知な部分があります。
そのため現在は、各疾患や患者さんごとの脂肪組織由来幹細胞の安全性と有効性をよく検討し、脂肪組織由来幹細胞の実用化をより確実なものにするため足元を固めている時期といえるでしょう。
脂肪組織は全身にあるため、脂肪組織由来幹細胞は他の間葉系幹細胞よりも多く採取できるメリットがあります。しかし他の再生医療と同様、高コストな治療法であることに変わりありません。
症例にもよりますが、自らの脂肪組織由来幹細胞を使用した再生医療は現在1症例あたり100~200万円程度が相場といわれています。脂肪組織由来幹細胞を使用した再生医療を、より多くの患者さんに選択していただける治療方法として確立するためには、一定の効果を維持しつつも費用をより安価に抑える必要があります。
そのために脂肪組織由来幹細胞の製剤化が求められているのです。
そしてコスト面を考慮して脂肪組織由来幹細胞を製剤化する際、免疫拒絶の問題がクリアできるのかが課題になります。免疫拒絶とは体内に入ってきた異物を排除しようとする反応のことで、ヒトをはじめ多くの生物に備わっている機能のひとつです。
現在実施されている脂肪組織由来幹細胞の多くの臨床研究では、患者さん自身から採取した脂肪から抽出・培養した脂肪組織由来幹細胞を使用しているため、免疫拒絶を起こす可能性は限りなくゼロに近いといえます。
しかし脂肪組織由来幹細胞の有用性が確立され製剤化するとなると、治療では患者さん本人でなく別の方から採取した脂肪組織由来幹細胞を使用することになります。他人の脂肪組織由来幹細胞が投与された際に、免疫拒絶反応がおきる可能性が生じるため、これをできるだけ低くすることが求められています。
琉球大学大学院 医学研究科 形成外科学講座 教授
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。