現在、がんの主な治療法は、手術療法、化学(薬物)療法、放射線療法の3つです。今までは手術ががん治療の中心となっていました。しかし、近年は化学療法や放射線療法の研究が進み、より体への負担が少ない治療が可能になりました。
そこで今回は、動体追跡放射線治療の生みの親である北海道大学大学院医学研究科教授の白土博樹先生に、動体追跡放射線治療と、さらに進んだ次世代の治療である動体追跡陽子線治療についてお話をうかがいました。
放射線とは物質を電離する能力を持った電磁波です。放射線治療ではこの作用を利用して、がん細胞のDNAを切断し、消滅させたり、大きく成長しないようにします。手術をせずに腫瘍を消滅させるため、痛みもなく体への負担も軽減できます。しかし、がんの種類や大きさによって放射線の効果や副作用は異なるので注意が必要です。
下図のように放射線はまず、光子線・電子線・粒子線に分けられます。そして、光子線の中には、
・可視光線
・X線
・ガンマ線
・ラジオ波
・赤外線
・紫外線
などがあり、この中のX線とガンマ線が放射線治療に使われています。また、粒子線の中には、
・陽子線
・炭素線
があり、どちらも放射線治療として使用されています。
日本では年間約25万人の患者さんが放射線治療を利用していますが、X線を利用した治療が、最もニーズの高いものです。続いてガンマ線が4~5万人ほど、電子線はX線と組み合わせる形で約1万人です。そして、陽子線と炭素線は合わせて1万人未満であると思われます。
X線を用いた放射線治療は1900年頃から始まりました。1990年代にはガンマナイフ(脳内の腫瘍に向かってガンマ線ビームを集中照射させる装置)など、脳にできたがんに対し高い精度で放射線を照射できる定位放射線治療装置が登場しました。脳深部に病変がある患者さんはリスクが高く手術できないのでですが、こういった高精度な装置の誕生により、このような患者さんにも治療が行えるようになり、放射線に対する副作用も減少したのです。
定位放射線治療装置の登場により、腫瘍の位置が変わらないがんへの治療が可能になったのですが、一方、生理的な現象によって、体内で大きく移動をするがん(肺がん、肝がん、前立腺がんなど)にも同様の精度で、効果的に放射線が照射できる装置が必要だと考えました。
そこで私は、腫瘍のある位置を常に把握しておきながら待ち伏せをし、予定した位置に動いた瞬間、放射線の照射を可能にした動体追跡装置を1998年に開発、動体追跡放射線治療を開始したのです。
先に述べたように、肺がん・肝がん・前立腺がんなどの腫瘍は、患者さんの呼吸や心臓、腸などの生理的な動きによって、腫瘍の位置が常に変動しています。そのため、従来の放射線治療では、腫瘍が動くと思われる行動範囲すべてに放射線を照射する方法が一般的でした。しかし、この方法では正常組織にまで放射線が当たってしまうので、強い肺臓炎などの副作用を発症してしまうケースもありました。
動体追跡放射線治療とは、体の外側から放射線を照射する外部照射です。
動体追跡放射線治療の仕組みは、まず腫瘍の近くに2mmほどの金マーカーを埋め込みます。そして、金マーカーの動きをX 線透視装置(胃のバリュウム検査などにも使われている装置)を利用した動体追跡装置で2方向から追跡し、瞬時に自動で金マーカーのある3次元位置(縦・横・高さの3つの座標を使った位置)の計算を0.033秒ごとに繰り返します。
これによって常にリアルタイムで、金マーカーの現在位置が把握できます。金マーカーの動きと腫瘍の動きはほぼ同じなので、金マーカーの動きに合わせてX線を照射すると、腫瘍のみにダメージを与えることができます。
患者さんのなかには、体内に金マーカーを刺入することに、不安を持つ方もいらっしゃいます。しかし、北海道大学病院放射線診断科や泌尿器科での10年に渡る研究の結果、安全性とX線透視装置で確実に認識できる視認性を両立させることができましたので、過度に心配する必要はありません。
金マーカーによって常に腫瘍の位置が可視化できるため、動体追跡放射線治療ではできる限り、正常な組織には放射線を照射しません。そのため、効果的な照射が可能であるほか、従来の放射線治療よりも副作用を軽減させることができます。
また、呼吸機能が悪化した肺がんの患者さんなどは、広域に放射線を当てると肺炎を発症する可能性が高く、今までは放射線治療に踏み切れない場合もありました。しかし、動体追跡放射線治療が開始されたことによって、そうした患者さんでも安心して放射線治療を受けることが可能となりました。
北海道大学病院では1999年より動体追跡放射線治療を臨床に使用し、今までに700人ほどの患者さんへ治療を実施しています。
2012年より動体追跡放射線治療に必要な機器「金マーカー刺入セット」が保険適用されたため、患者さんの金銭的な負担は減少しました。
動体追跡陽子線治療とは、動体追跡装置を利用し、X線の照射ではなくスポットキャニング法で陽子線を照射する放射線治療です。北海道大学病院では2014年3月に陽子線治療センターを開設し、2014年12月から動体追跡陽子線治療を開始しました。
スポットキャニング法とは、腫瘍に照射する陽子ビームを、加速器から送られてきた細かいままの状態で利用し、病変部位をむらなく塗りつぶすように照射する方法です。
X線の場合、体内に侵入した直後に放射線量が最大となり、そのまま腫瘍へ到達します。その後、放射線量は緩やかに低下しながら、病変を突き抜けていきます。その結果、腫瘍の手前と奥の正常な細胞へも低線量の放射線が当たってしまうのです。そのため、大きな腫瘍の場合は、強い副作用を生む危険性が高まるので、X線を用いた動体追跡放射線治療は、4~5cm程の腫瘍が対象で、それ以上のものは難しい状態でした。
一方、陽子線の大きな特徴は、体内に入った直後は放射線量が少なく、がん細胞に達し抜ける瞬間に最大となり、その後は急速に減少します。つまり、腫瘍部分にだけに集中的に放射線を照射することができ、副作用の軽減につながります。そして、陽子線治療であれば、4~5cm以上の動く大きな腫瘍の患者さんでも、副作用の心配が少なく、安心して放射線治療を行えるのです。
また、スポットキャニング法を用いることで、複雑な形をした病変でも、その形状に合わせて陽子線を照射することができるため、より、正常な細胞への照射を最低限に抑えることが可能です。
現在の法律では混合診療(保険診療と自由診療を併用する診療)が認められていないため、保険適用された治療とされていない治療を同時に受けると、料金はどちらもすべて自分で負担することになります。しかし 陽子線治療は、厚労省にて「先進医療」と認められました。先進医療とは、保険適用外の治療でも、保険適用内の治療との併用が可能な医療です。
そのため、陽子線治療自体の費用は全額患者さんの自己負担となりますが、通常の保険適用となる部分、診察や投薬、検査といった費用には保険が適用されるのです。また、2016年の診療報酬改定により、小児腫瘍(限局性の固形悪性腫瘍に限る)に対する陽子線治療には、保険が適用されることになりました。
現在の動体追跡放射線治療の課題は、患者さんの身体の厚さによって金マーカーの大きさを変えなくてはならないという点です。
金マーカー刺入セットはPMDA(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency=医薬品医療機器総合機構:国民の健康向上のために設立された日本の独立行政法人で、医薬品や医療機器の承認、審査関連業務などを行っている)に承認されました。そのとき我々は、日本人の平均的な体形から、身体の厚さを90cmまでとみて、金マーカーの大きさを2mmとしました。
しかし、海外に進出するため、アメリカのFDA(Food and Drug Administration=食品医薬品局:アメリカの政府機関で、医薬品や医療機器の規制・認可権限を持っている)に承諾を求めたところ、米国の患者さんの身体は120cmまでと考えなければならず、動体追跡装置の性能や金マーカーの改良のために研究を続ける必要があります。
今後は、世界中のがん患者さんが、安全で効果的に動体追跡放射線治療を受けられるように研究していかなければなりません。
北海道大学大学院医学研究科放射線医学分野 教授
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