記事1「周産期医療とは?-定義や意味、産婦人科との違いについて」では、お産(妊娠・出産・新生児の管理まで)の幅広い領域を専門とする周産期医療の概要や重要性についてお話いただきました。
記事2では、引き続き宮崎大学医学部附属病院院長の鮫島浩先生に、現在でも年間1万件前後のお産がある宮崎県でおよそ20年間に渡って行ってきた、周産期医療体制の整備について詳しく伺いました。
宮崎県は立地や人口などあらゆる観点からみて、医療資源が豊富であるとはとてもいえません。周りを山で囲まれ、新幹線も通っていないために近隣の県へ行くにも時間がかかりますし、近年の人口減少により医療従事者の数も減っています。
しかし、周産期医療はその地域でお産がある限り必ず必要です。ですから私達は20年かけて、限られた医療資源で最良の周産期医療が提供できるようなシステムを構築してきました。
今からおよそ25年前、宮崎県の方々に最良の周産期医療を提供するために、はじめに私達が行なったことは、一次医療(クリニック)・二次医療(県立病院などの総合病院)・三次医療(大学病院)の役割分担を確立し、患者さんの容態に合わせて診療することで、効率よく安全な医療を提供することでした。1991年、池ノ上 克教授(現在、宮崎大学学長)が宮崎医科大学に着任し、現在の体制を築かれました。
具体的にはまず県内を4つの周産期医療圏に分けることでした。元々、その中の総合病院を中心とし、その近隣にある10か所前後の一次医療施設と、密接な連携が組まれていました。一次クリニックで何かあった際には地域の総合病院が手助けできるような関係性をさらに強化するために、宮崎大学で専門的訓練を受けた医師を総合病院に配置しました。さらに、二次施設である総合病院と、三次施設である大学病院の関係を密にしました。その結果、一次病医院、二次総合病院、三次の大学病院が1本の線で繋がるようなシステムを構築しました。
一次医療圏は開業医の先生が、母子ともに健康で安全なお産の見込まれる低リスクな患者さんを受け持っています。現在では宮崎県全体のお産のうち70〜80%はこのような一次医療施設で行われています。
二次の総合病院では、宮崎大学から派遣した医師を中心に、2500g未満の未熟児が出生するリスクが高い妊婦さんや、妊娠高血圧症候群などやリスクの伴うお産を診療しています。現在の割合では宮崎県全体のお産の17〜18%が二次医療圏にて行われています。
宮崎大学は三次施設として、二次医療圏でも難しいとされる1000g未満の未熟児などのお産、出生後に早急に新生児の集中的医療を開始する必要のある分娩管理などを行なっています。このような容態の患者さんは宮崎県全域で2〜3%であり、県内唯一の大学病院が担当しています。
このようなシステムを作ることによって、妊婦さんがたらい回しになることなく、安全にお産ができるようになりました。
二次・三次医療施設にはリスクの高いお産を控えた妊婦さんが受診します。担当する医師にも高い水準が要求されます。そのため、医師たちがより多くの症例を経験し、知見を深めることができるように、二次施設を担当する医師は三次医療である大学病院での勤務、研修を定期的に行う体制を築いています。医師たちがより深い知識を身につけ、現状の問題を共有できるような工夫をしています。
このシステムの整備にあたって最も重視したルールは、もしもの時に一次医療施設から二次医療施設、あるいは二次医療施設から三次医療施設という搬送を、「絶対に断らない」ということです。一次施設、二次施設の現場で不測の事態が起きた際は、より専門性の高い病院へ、いつでも搬送することができます。
前述のとおり、現在宮崎県で行われているお産のうち70〜80%は地域の開業医の先生が行なっています。地域の先生が安心して活躍できるように、もしもの時フォローできる体制を整えることはとても大切であると感じています。
また、お産に一番不安を感じているのはもちろん妊婦さん本人です。出産を控えた妊婦さんの中には最初から総合病院や大学病院での診療を希望する方もいます。しかし、妊婦さんが安定した容態である場合、私たちは一次医療での診療をお願いしています。宮崎の周産期医療体制を維持するためには、一次から三次までの役割分担が大切だからです。妊婦さんにとっても開業医にとっても、もしもの時に総合病院に搬送できるという十分なバックアップ体制が取れていることが大切です。
次に行ったことはこのシステムを維持するため、それぞれの医療圏で活躍する医師への適切な教育を行うことです。これも池ノ上 克先生が提唱され、実施されたことで、今日でも受け継がれています。
現場で活躍する医師の教育で、まず必要なことは、起きてしまった事象の原因やリスク因子を究明し、再発を防ぐことです。
宮崎県では二次・三次周産期医療施設に勤務する医師が年2回集まり、県内で行われた全ての症例のうち、課題のあった症例のレビューを行なっています。産婦人科医や新生児専門の医師、小児科の医師などが集結して行われるこのレビューでは、なぜ赤ちゃんや母体が亡くなったのか、あるいは、なぜ赤ちゃんに障害が残ってしまったのかなどを細かく原因究明しています。直接原因がわからない場合でも関連因子のリストアップなどを行なっており、1998年以来、約20年間のデータが蓄積されています。
またこのレビューでわかったことを、一次医療で活躍している開業医や助産師の方にも共有するセミナーを開催しています。
宮崎県では一次医療施設に勤めている医師や助産師、あるいは若い医学生や看護学生を対象に年に1回「県産婦人科医会ひむかセミナー」を行なっています。このセミナーは今年で21回目を迎え、周産期医療の基礎的なことの学習に加え、実際の現場で今起きている課題や問題点について共有しています。このセミナーは一次医療圏で働く医師や助産師だけでなく、これから活躍する若い医療従事者にとっても、周産期医療の基礎を学ぶ貴重な機会になっています。
宮崎県では上記のようなシステムが作り上げてきましたが、周産期医療は福祉や救急などさまざまな分野との協力が必要で、医療界だけで完成させることはできません。そこで、行政の方々とも一緒に県全体での周産期医療体制整備にも目を向けています。
まず、患者さんを搬送する消防署との連携が重要です。近年、産後うつ病などの問題、虐待児などの問題、分娩後の自殺妊婦の問題、乳幼児の突然死症候群などが問題となっています。宮崎県で起っている、このような周産期に関する課題を行政と情報共有し、一緒に対策を考える必要があります。そのうえで県の消防士や保健師、MSWとの連携を強め、情報交換を行うことにより、行政を含めた周産期医療の提供に傾注しています。
このように、私たちは宮崎県の限りある医療資源を最大限に活用し、県全域の周産期医療をよりよくしようと努めてきました。この20年間の尽力の結果、かなりよいかたちでシステムが整ってきたと自負しています。
しかし現状に甘んじず、さらによい周産期医療を提供するための構想は常に考えています。今後取り組みたいと思っている宮崎県の周産期医療への課題は「若手育成」と「一般の方々への妊娠・出産の知識啓発」です。
宮崎県民に最良の周産期医療を提供するにあたって、今われわれが取り組んでいることは、若手の医師が大学病院や総合病院で周産期医療の現場を体験し、深い学びを得ることができるような環境づくりです。
周産期医療は外科領域と同じく、体力勝負のハードな面があります。特に、分娩前後と新生児管理早期には、母児の状況によっては24時間体制のケアが必要となります。そのような場面は、医師のキャリアのうちでも若い時期に、是非、経験して欲しいと思います。また周産期医療はグループ診療が重要で、上級医師の指導を受けながらon-the-job trainingが必要な科であるといえます。さらに助産師さんや看護師さんとの協働も必要です。
たくさんの若い医師が周産期医療の現場で活躍するようになると、医療界全体によい効果が現れると思っています。
周産期医療で若手医師が活躍するようになると、今周産期医療で活躍している中堅のベテラン医師たちの現場での業務が軽減されます。その分、若手医師の教育、最新の医療情報の獲得、学会活動、社会活動や地域医療への貢献などに時間を用いることが可能となります。今後よりよい医療を提供していくためには、このようなよい循環を築くことが大切であろうと思います。
また彼らの中には、婦人科腫瘍や不妊症など、産婦人科の他の領域の治療に興味・関心のある方もいます。これを機にぜひ知見を深め、さまざまな分野に専門性を広げていってほしいと思っています。周産期医療を基軸に持ち、より広い分野の産婦人科診療に関与することは、めぐりめぐって周産期医療自体の発展に役立つものと思います。
宮崎県の周産期医療では前述のような医療圏ごとの強い協力体制があります。何かあった際に助けてくれる存在がいることで、若手医師でも比較的安心して開業することができます。大学病院などで周産期医療の現場を経験した若い医師が「この体制の中でなら、自分でも開業したい」と考えてくれることも多く、昨年から今年にかけても県内に2か所で新規開業が成りました。開業医の先生の高齢化が進む中、若い医師の開業が増えれば、お互いに助け合い、より安定した周産期医療を確立することにもつながります。
記事1「周産期医療とは?-定義や意味、産婦人科との違いについて」でも述べました通り、周産期医療は、妊娠前からの母体の内科的管理から、胎児管理、出産前後の対応、新生児の対応までと範囲が広く、幅広い知識が必要となります。近年は「周産期外科学」と呼ばれる、帝王切開術、経腟的な早期娩出術に加え、胎児治療、新生児外科などの治療に関しても技術革新が進んでいます。
しかし、妊娠中の母体、胎児の管理に関しては、まだ解明されていないことや治療方法が確立されていない病態も多く、周産期内科学の重要性の認知とさらなる発展が期待されています。
また、妊娠中は妊婦健康診査で母親が診察に来る頻度も2〜4週間に1度と少なく、受診時以外の母体胎児管理は十分とは言えません。最近の宮崎県の統計でも、妊娠期間中の胎児死亡数の方が、分娩時から新生児期の死亡数よりも多いことが知られています。受診時以外の妊娠中をどのように管理するか、新たな研究分野であり、チャレンジすべき問題です。
妊娠中の胎内死亡を減少させるためには、妊婦さん自身が母親としての自覚を持ち、自分で赤ちゃんの管理をしていくという自覚が大切です。現代はインターネットやスマートフォンの時代です。これらを用いて、胎児心拍数を測ったり、胎児超音波画像を撮影したりし、医療者と連携する試みも始まっています。近未来的には、ICT(=Information and Communications Technology)の応用によって受診時以外の妊娠中の管理を安全に行うことができるようになることを期待しています。
宮崎大学 理事、宮崎大学医学部附属病院 病院長
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