インタビュー

AADC欠損症への遺伝子治療―日本初の治療で寝たきりの子どもが歩く

AADC欠損症への遺伝子治療―日本初の治療で寝たきりの子どもが歩く
山形 崇倫 先生

独立行政法人 栃木県立リハビリテーションセンター 理事兼医療局長、自治医科大学 客員教授

山形 崇倫 先生

この記事の最終更新は2017年06月14日です。

生まれつきの遺伝子変異が原因で筋緊張が著しく低下し、運動機能障害や自律神経障害を生じる希少疾患、AADC欠損症。日本ではわずか6人しか報告されておらず、その根治治療法も長年確立されてこなかったため、患者さんたちは生涯寝たきりのままでした。しかし、2015年に自治医科大学附属病院小児科の山形崇倫先生のグループがAADC欠損症に対する遺伝子治療を日本で初めて行ったことから、日本のAADC欠損症治療は飛躍的に進歩を遂げました。今回は、日本におけるAADC欠損症治療の第一人者である山形崇倫先生に、AADC欠損症および遺伝子治療の方法についてお話しいただきます。

芳香族Lアミノ酸脱炭酸酵素(Aromatic L-amino acid decarboxylase;AADC)欠損症は、AADCという酵素が記録されている遺伝子の変異により、AADCが作られず、神経伝達物質であるドパミンおよびカテコラミン、セロトニンが体内で合成できなくなる常染色体劣性遺伝性疾患です。ドパミンからはノルエピネフリンやエピネフリンが、またセロトニンからはメラトニンが合成されるため、AADC欠損症の患者さんはこれらの物質も脳内で作られません。ドパミンやカテコラミンは運動機能と自律神経の働きの調整に、そしてセロトニンは睡眠・食欲・体温などの生理的な体のリズムや感情などの調節にそれぞれ関与する神経伝達物質で、これらの合成障害が起こるAADC欠損症では、運動機能や自律神経、知的発達に障害が生じます。

最も特徴的な症状は筋緊張による運動障害で、眼球上転発作(OGC:眼球が上または横方向に動くこと)やジストニアなどの不随意運動がみられることもあります。ほとんどの患者さんは頚定(首が座ること)が不可能で体をうまく動かせず、生まれたときから寝たきりで生活していると考えられています。

また、セロトニンの不足による自律神経機能障害から、突然発汗する・血圧の調整がうまくいかない・体温が一定しない・唾液分泌量の増加・低血糖睡眠障害などの症状もみられることが特徴です。

また、比較的軽症の患者さんの場合、運動発達は遅れるものの、治療によって発達が進み、若干の歩行や座位が可能であるケースも見受けられます。

2017年現在、AADC欠損症の患者数は世界で約130人、うち日本人は6人と報告されています。しかし、AADC欠損症は脳性麻痺との鑑別診断が困難な場合もあるため、正しく診断されないままのケースも多いと考えられます。

発症年齢は生後1か月以内が多く、全症例のほとんどが6か月以前に発症するといわれています。ただし診断がつかない場合も多いため、3~4歳の頃にすべての遺伝子を調べて判明した患者さんもいれば、他疾患との鑑別が難しく、一向に診断がつかない患者さんもいます。専門医のもとで診察を受ければ比較的早い段階で診断が可能です。ただし、AADC欠損症の専門医は全国でも数名ほどと非常に少ないという現状があります。

AADC欠損症は他の酵素異常によって生じる疾患との鑑別が難しいため、検査で鑑別診断をすることが重要になります。

症状からAADC欠損症を疑った場合でも、症状の所見のみで確定診断はできません。現在では、AADC欠損症の確定診断には髄液検査が最も有用な方法だと考えられています。

AADC欠損症の患者さんに髄液検査を行うと、ドパミンの代謝産物であるホモバニリン酸(homovanillic acid :HVA) とセロトニンの代謝産物である5-ヒドロキシインドール酢酸(5-hydroxyindoleacetic acid :5-HIAA)の値が著明に低い一方で、L-ドーパと5-ヒドロキシトリプトファンの値が高くなっています。L-ドーパや5-ヒドロキシトリプトファンの値の確認は、カテコルアミン代謝異常症などの他疾患と鑑別するために有用な情報となります。

また、血漿(けっしょう)やリンパ球のAADCの活性低下、AADC遺伝子の変異の確認によってもAADC欠損症と確定診断できます。AADC遺伝子が変異する場所は多岐にわたり、その種類は30以上あると報告されています。

これらの検査は、自治医科大学小児科で実施可能です。

その他、画像検査(頭部MRI)を行う場合もありますが、ほとんどの症例では画像診断ではっきりとした異常をみつけることは困難です。ただしまれに、大脳萎縮や白質変性、脳梁(りょう)の菲薄化(ひはくか:薄くなること)等が発見されることもあります。

これまでのAADC欠損症に対する治療は薬物療法が中心で、AADCの補酵素であるビタミンB6やドパミン作動薬、モノアミン系阻害薬、抗コリン剤などが用いられていました。こうした薬物治療では、軽症の患者さんの運動機能が回復する場合がありますが、重症の患者さんに対してはほとんど効果がありません。

AADC欠損症の患者さんの予後は容体管理次第で大きく異なりますが、通常10代~20代のうちで誤嚥性肺炎などの合併症によって亡くなると考えられています。このため、病態そのものを改善させる遺伝子治療の実現化が望まれてきました。

私達は2015年、AADCを直接発現(その遺伝子情報が人の細胞や機能に変換されて具体的に現れること)させる作用のある遺伝子治療を日本で初めて実施しました。記事2『AADC欠損症への遺伝子治療の方法と発展 歩行や発語も可能に』では、AADC欠損症に対する遺伝子治療の具体的な方法と、実際の患者さんの経過についてお話しします。

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