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インタビュー

AADC欠損症への遺伝子治療の方法と発展 歩行や発語も可能に

AADC欠損症への遺伝子治療の方法と発展 歩行や発語も可能に
山形 崇倫 先生

自治医科大学小児科学 教授、自治医科大学とちぎ子ども医療センター センター長

山形 崇倫 先生

記事1『AADC欠損症への遺伝子治療―日本初の治療で寝たきりの子どもが歩く』では、寝たきりの状態が続く難病であるAADC欠損症についてご紹介しました。記事2では、AADC欠損症への治療の実現を踏まえ、小児遺伝子治療の今後の発展と更なる広がりの可能性について、自治医科大学附属病院小児科教授の山形崇倫先生にお話しいただきます。

2015年、国内で最初となるAADC欠損症の遺伝子治療を実施しました。

AADC欠損症に対する遺伝子治療では、定位脳手術(頭蓋骨に小さな孔を開け、その穿孔から細い針を差し入れて目標とする場所に位置を定めて手術を行う方法)によって頭部に2箇所小さな穴を開け、そこから黒質線条体に直接、AAV-hAADC-2ベクター(AAVベクターにAADC遺伝子を組み入れたもの)を注入します(in vivo法)。

電流 脳

遺伝子治療を可能にしたのが、「AAVベクター」の開発です。ベクターとは遺伝子を運ぶ役割を持つDNA分子で、多くの場合は無害な動植物のウイルスやプラスミドなどが用いられます。AADC欠損症に対するin vivo法での遺伝子治療においては、AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターが最も適していることがわかっています。

AAVの特徴は、核内で染色体の外に存在するため、発がん性が低いことです。またAAVは血液脳関門を通過するため、神経細胞への移行もスムーズで、他の神経疾患でも比較的多く用いられているウイルスといえます。

このため現在のAADC欠損症に対する遺伝子治療ではこのAAVベクターが用いられています。AAVベクターのなかにAADCの遺伝子を組み込み、AAV本来の塩基配列は両端のITR以外除去し、そのベクターを直接患者さんに注入するのです。

細胞

細胞

私達はこれまで、日本にいる6人のAADC欠損症患者さんのうち4人の遺伝子治療を行ってきました。この子どもたちが遺伝子治療後、どのような経過をたどっていったのかについてご説明します。

1人目の患者さんは15歳の男児、2人目の患者さんは12歳女児で、兄妹ともにAADC欠損症を発症していました。兄妹ともに運動機能障害が著しく、自らの意志ではほとんど動けない状態で、首も座っていません。食事をとれないため胃ろうから経管で栄養を補い、毎日のように眼球上転発作(OGC)とジストニア発作(首が後ろに曲がって手足が強直する発作)が現れていました。また、2人とも他者や場の状況の認知は可能で、ご家族や治療者に笑いかける様子も見られるものの、言葉は話せません。

この兄妹に遺伝子治療を実施したところ、お兄ちゃんは治療後2か月で手足に随意運動がみられ、特に左腕をゆっくりと動かせるようになりました。4か月後には支えありで座ることも可能になり、電動車椅子による移動や、歩行器ありでの歩行も少しずつできるようになってきたのです。

妹さんの回復はさらに著しく、治療後2か月経たずして寝返りをはじめ、うつ伏せの状態でおもちゃを使い遊ぶようになりました。3か月後には自分で靴下を脱ごうとする動作をみせ、4か月後は支えながら座ることができ、歩行器を用いた歩行訓練を開始して、1年5か月後には、歩行器ありでの歩行が可能となりました。

兄妹ともにジストニア発作はなくなり、眼球上転発作(OGC)はたまにみられるものの著明に頻度が減り、患者さんのQOL(生活の質)は著しく改善したと考えられます。笑顔もよくみせるようになり、情緒的にも安定しました。それ以降も回復が続いており、さらに状態はよくなっていくと想定できます。

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治療前、随意運動負荷で臥床状態の12歳女児 山形崇倫先生ご提供
治療後 歩ける少女
治療後、歩行器で歩行練習する12歳女児 山形崇倫先生ご提供

3人目は5歳の女児で、3歳のときにAADC欠損症と診断された患者さんです。診断の当時は首も座らず、寝たきりの状態でしたが、モノアミン系阻害薬(MAOB-I)による治療で多少運動機能に改善がみられました。しかし、立った状態を維持することができず、自律神経症状である下痢や過度の発汗がみられ、眼球上転発作(OGC)もしばしば出現していました。

この子どもに遺伝子治療を行ったところ、治療後3か月で歩くことが可能になり、話す言葉の種類が増え始めました。6か月後には自宅内を自由に歩き、3語文を喋るようになって、現在は1人で学校(普通学校の支援級)に通学するほど自立した日常生活を送っており、自転車に乗れるようになっています。重症例ではない中間型の患者さんに遺伝子治療を実施したケースはこれが初めてでしたが、はっきりとその効果が確認できました。

4人目の患者さんは19歳の男児と比較的年齢が上で、治療を行ったなかでも重症典型例といえます。頚定が得られず、随意運動も不可能で、てんかん発作もみられました。また呼吸に用いる筋力が低下していたため、夜間は呼吸器を装着しなければなりませんでした。

遺伝子治療実施後、8か月で首がしっかりと座り、少し支えて座った体勢を維持することが可能になりました。呼吸状態の改善は特に大きく、夜間に呼吸器を用いず眠る回数が増加したのです。

AADC欠損症の患者さんには、カテコラミンが全くない方と少しだけ残っている方がいます。少しだけ体内にカテコラミンがある方のほうが軽症で、より効果が高いと考えられています。

遺伝子治療の効果には個人差がありますが、およそ2週間後に手が動き始め、1か月後には寝返りを打ち始める場合もあります。ただし、この時期には不随意運動が出ることも予測できます。中間型(軽症と重症の中間程度の容体)であった3人目の5歳女児に関しては治療効果が明確で、発語ができるまでに回復しました。また、治療開始のタイミングは、早ければ早いほどよいと考えられます。

ADDC欠損症に対する本邦初の遺伝子治療が実施された2015年以前、ADDC欠損症の治療はほとんど望みがなく、診断がされていてもどうしようもない現状がありましたが、自治医科大学が2年間かけて準備を行い、無事に許可を取得することができました。遺伝子治療の効果も確認でき、今後はさらにこの治療法を広めていく必要があります。

現在、自治医科大学には日本のみならず、オーストラリアやロシア、カナダ、イスラエルなど、様々な国から遺伝子治療を受けたいというご相談をいただきます。患者さんたちを一人でも多く救うために、今後はさらに遺伝子治療を普及していきたいと考えています。

遺伝子治療がなかなか広まる状況にない点が、現在の課題であると考えます。

臨床研究という形で治療が行われるため、患者さんが負担する費用は一定額以内に収まります。ただし、研究費であるため、治療できる患者さんの数が限られてしまっており、適応年齢にも制限があります。2017年現在、AADC欠損症に対する遺伝子治療の適応年齢は4歳以上としています。海外から2歳から可能となる方法の導入も検討中であり、日本においても厚生労働省の許可が得られ次第適応年齢をより広げていきたいと考えています。

AADC遺伝子は血液検査で計測できるため、今後は乳児期のスクリーニング検査によるAADC欠損症の早期診断を進めたいと検討しており、現在徐々に研究を始めています。技術的には決して不可能な方法ではなく、実際に台湾では導入され始めているため、日本でもスクリーニング検査による診断が進められればよいと考えます。現在の確定診断の方法である髄液検査は患者さんへの負担が大きく、リスクが高いからです。

また、治験の実施による治療範囲の拡大も望まれます。治験によって遺伝子治療が認可されれば保険収載で患者さんに治療を受けていただくことができ、より多くの患者さんに遺伝子治療の安全性と有効性を知ってもらうきっかけにもなるかもしれません。

このように、今後はスクリーニング検査の導入と治験の検討、AAVベクターのさらなる改良が望まれており、これらが実現すれば、AADC欠損症に対する遺伝子治療はさらに発展を遂げるでしょう。

4人目の患者さんである19歳男児への治療効果がゆっくりであることから推察できるように、治療する年齢が遅いほど遺伝子治療の効果が低くなる傾向にあるため、AADC欠損症に対しては可能な限り早期段階で診断をつけ、治療に移ることが最も重要です。

現代は、かつて手の施しようがなかったAADC欠損症の患者さんが歩けるようになる時代です。特許や薬価、保険、適応基準などの課題はまだ残されているものの、今後もさらに、多くの疾患に対する遺伝子治療が進歩を遂げていくと考えています。

遺伝子治療が広まることにより、神経難病の患者さんが皆、笑顔で暮らせるようになる日が来ると信じています。

 

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  • 自治医科大学 小児科学 教授、自治医科大学とちぎ子ども医療センター  センター長

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