アレキサンダー病とは、脳のグリア細胞のひとつ、アストロサイトの構成成分であるGFAPというたんぱく質に関連する遺伝子に異常が起こることで生じる病気です。しかしながら、遺伝に関する質問には、慎重かつ丁寧な回答を心がけることが重要であると、京都府立医科大学神経内科准教授の吉田誠克先生はおっしゃいます。
アレキサンダー病をご専門とする吉田先生に、本疾患の検査と診断、日ごろから重視されている患者さんやご両親との対話と治療についてお話しいただきました。
アレキサンダー病は、脳のグリア細胞のひとつ、アストロサイトにあるGFAPというたんぱく質に関連する遺伝子の異常により起こる「遺伝子の病気」です。
アレキサンダー病は、常染色体優性遺伝という遺伝形式をとり、50%の確率で次の世代へと遺伝します。ただし、大脳優位型の患者さんがご自身のお子さんをもつ事例はほぼないため、次世代への影響については中間型の一部と延髄・脊髄優位型の症例に限った問題となります。
一般的には、遺伝子疾患はハンチントン病や脊髄小脳変性症などのように、病気の原因となる遺伝子異常を持っていると100%の確率で発症する病気と考えられており、患者さんのご両親のいずれかが同じ病気の患者さんであることがほとんどです。
しかし、アレキサンダー病に関しては、私たちの2009年の調査では延髄・脊髄優位型の家族内発症は約65%にとどまっていました。この理由としては、次に述べる新生突然変異が多い可能性や、アレキサンダー病という病気が知られていないために患者さんの家族が別の疾患と診断されていた可能性などが想定されますが、遺伝子検査によりGFAP遺伝子異常を持っていながら、アレキサンダー病を発症しない症例の論文報告もあります。
変異遺伝子をもつ方が病気を発症する確率を浸透率といいますが、アレキサンダー病については浸透率が100%ではない可能性があります。これは発症前診断(病気が発症する前に遺伝子検査を行うこと)を検討する際には重要なことですので、今後のデータの蓄積が待たれます。
大脳優位型では、発症したお子さんはGFAP遺伝子の変異をもっていますが、そのご両親のGFAP遺伝子は正常です。これを、医学の世界では新生突然変異といいます。
遺伝子の病気を有するお子さんを持ったご両親は、しばしば次のお子さんも病気の遺伝子を持って生まれてくるのではないかと心配されますが、新生突然変異による発症の場合、ご兄弟もアレキサンダー病を発症する可能性は極めて低いといえます(ご両親の卵巣あるいは精巣のみに遺伝子変異がみられる「性腺モザイク」の場合は、次のお子さんも変異遺伝子をもつことがありますが、極めてまれと推測されます)。
あらゆる遺伝子の病気に共通していえることですが、遺伝のメカニズムや確率といった学問的な側面以上に、ご両親が「なぜ遺伝に関する質問をされたのか」を考えて、回答することが重要です。
たとえば、新生突然変異によりお子さんがアレキサンダー病を発症された場合、ご両親は「何がいけなかったのだろうか」「自分たちの生活習慣に問題があったのかもしれない」と、自分たちの中に原因を見出そうとすることがあります。このような場合には、新生突然変異が起こる原因は明らかになっていないこと、また、何らかの生活習慣や食品などが原因となっているとは考えにくい病気であることを丁寧に説明します。
また、ショックを受け、混乱の最中に質問されるご両親もいらっしゃいます。このような場合、そのお気持ちを傾聴したうえで、遺伝子の病気において新生突然変異は誰にでも生じうること、決して特定の人が発症するわけではないことを、慎重に時間をかけて説明し、徐々に落ち着きを取り戻していただけるよう配慮することが大切です。
日本における患者数は約50名と推定されています。この数字は、私たちが2009年に全国の小児科と神経内科関連施設の協力を得て行った調査から算出したものです。
また、アレキサンダー病の各病型のうち、日本では延髄・脊髄優位型が約45%と最も多くなっています。
痙攣や歩行障害といった症状がみられ、神経診察にて脳に何らかの異常が起こっていることを疑えば、頭部や頸髄のMRI検査を行います。アレキサンダー病の診断のために最も重要な検査は、このMRI検査です。大脳優位型のアレキサンダー病の場合は、脳の前頭葉(ぜんとうよう)と呼ばれる部分に白質病変がみられます。また、延髄・脊髄優位型のアレキサンダー病では、脳と脊髄を繋いでいる延髄・頚椎上位に萎縮がみられます。これらの所見がみられた場合はアレキサンダー病を強く疑います。確定診断はGFAP遺伝子検査にて行います。
アレキサンダー病の認知度は、私たちが全国調査を行ったころに比べ格段に上がっているように感じます。
ただし、よく似た所見を示す疾患もあり、そのなかには治療可能な疾患が含まれていることから、鑑別診断は重要です。
たとえば、多発性硬化症や視神経脊髄炎の病変が延髄に起こると、延髄・脊髄優位型アレキサンダー病と似た所見を呈することがあります。これらの疾患はステロイド治療などにより改善しうる病気です。
また、延髄や脊髄の腫瘍も、延髄・脊髄優位型アレキサンダー病との鑑別が必要な疾患です。
乳児の大脳に白質病変が生じる疾患も、先天性白質疾患をはじめとして多数存在します。
遺伝子検査を行う目的は大きく2つあります。ひとつは、何らかの病気を既に発症されている方の確定診断をつけること、もうひとつは治療方針を決定することです。ただし、アレキサンダー病は、現時点では治療が確立されておらず、前者が目的となります。
では、アレキサンダー病であると診断を確定することが、患者さんにどのようなメリットをもたらすのでしょうか。
たとえば、アレキサンダー病は指定難病および小児慢性特定疾病に指定されていますので、社会保障などを受けることにより、生活面で感じておられた困難を軽減することが挙げられます。
また、治療法がなくても病気が明らかになることにより、予後や合併症など病気に対する情報が得られると病気と向き合う助けとなることもメリットとなるかもしれません。
アレキサンダー病は、現時点では治療が確立していない病気です。そのため、痙攣(けいれん)に対する抗てんかん薬の処方など、症状に応じた対症療法を行っています。
重度のけいれんや急激な嚥下・呼吸障害など生命が脅かされる症例は入院での加療となりますが、安定している症例は外来にて対症療法を行います。当院を受診されている症状の安定している成人の患者さんの多くは、2-3か月に1度程度の頻度で通院されています。
アレキサンダー病の治療をみつけるための研究や取り組みは世界中で行われており、これまでにも様々な報告がなされてきました。
たとえば、アレキサンダー病を発症や重症度に、GFAP遺伝子の過剰な発現(異常なGFAPが過剰に増えること)が関与しているという見解があります。そのため、GFAP遺伝子の過剰な発現を抑制する抗生物質や精神科系の薬剤、さらには香辛料などが治療候補として動物あるいは細胞実験レベルで検討されてきました。
しかしながら、これらの有効性はヒトでは証明されておらず、その手段である臨床治験は、投与法や毒性の問題、対象とする患者さんの選定の難しさや症例毎の自然経過が大きく異なるなど、様々な理由から実現には至っていません。
アレキサンダー病は、原因遺伝子の特定から15年程度たち、治療の研究も散見されますが、遺伝子の異常がどのような機序でアストロサイトの異常をもたらすのか、なぜ同じ遺伝子の異常でも幅広い年齢層で病気が生じるのかなどまだまだ病気の仕組みが分かっていません。さらに特に学童期以降に発症する延髄・脊髄優位型がどのような経過をとるのか(自然史といいます)さえ十分に分かっておりません。このような点からまだまだデータの収集が必要な段階にある病気といえます。
現時点では、アレキサンダー病に特定の治療はなく、薬物治療としては症状の緩和にとどまりますが、非常に頻度が少ない疾患であることから病気と向き合ううえで「その患者さんにとって最もよいこと」は何かを考えながら診療にあたっております。
たとえば、できる範囲で歩く、運動するといった行為が、患者さんの心身状態をよい方向へ導くこともあります。これとは逆に、運動強度を上げることがストレスになる患者さんもいらっしゃいます。この場合は、状態悪化のリスクを考慮して無理をする必要がないことを説明しつつ日常生活を送りやすくするほかの方法を考えます。
なかには、年に数回新幹線を利用して旅行をすることがリハビリテーションを続けるための励みとなっている筋力低下や失調症状をもつ患者さんもいらっしゃいます。こういった患者さんに対しては、周囲が過剰に心配して行動を制限するのではなく、旅先での管理とサポート体制を整えたうえで、背中を押すことを心がけています。
アレキサンダー病のような希少難病は、「患者さんが教えてくれる病気」であることを、常々意識しています。医師としては適切なアドバイスを患者さんに行うことが重要ですが、希少な疾患においてはその情報が乏しいのが現実です。他の脳の疾患に対する一般的なアドバイスがアレキサンダー病の患者さんに合うかどうかも分かりません。したがって、一般的なアドバイスをしつつ、患者さんやご両親から、どのような環境(食生活や学校生活、職場など)が患者さんの状態にどのような影響を与えるのかをお聞きすることは、その患者さんへの次のアドバイスを提案するための一助になるだけでなく、その他の患者さんにも役立つ情報を共有できる可能性があります。さらには、アレキサンダー病の症状に影響を与える環境要因が明らかになれば治療の可能性を探るヒントにもなりえると考えています。
したがって、患者さん一人ひとりの情報は非常に重要であり、常に患者さんから学ぶという姿勢で診察を行なうようにしています。
既に治療が確立されており、患者数も多い一般的な病気とは異なり、「よいと思われること」がみつかった際、少なくとも医学的に許容できないものでなければ、まずは一緒にやってみようという意識で診療に臨んでいます。
アレキサンダー病の患者さんのなかには、ハンディキャップを抱えつつも、社会生活を送られている方が多数おられます。このような患者さんやご両親のお話を聞くと、学校や社会の理解やサポート体制が得られているからこそであるとおっしゃいます。
どうか、希少な疾患を抱える患者さんを取り巻く社会に、「知らない病気だから受け入れることは難しい」という姿勢ではなく、「知らない病気だからこそ、一緒にやってみよう」という共生の意識が広がっていって欲しいと願ってやみません。
また、私たち医師には、サポートする側の学校や職場、リハビリの先生などにも適切なアドバイスとヒアリングを行なう積極的な姿勢が求められます。
アレキサンダー病などの希少疾患の課題点には、相談できる医師が少ないということが挙げられます。当院にも、普段はお住いの地域の施設で薬の処方を受け、1年に1度来院され、病気に対する情報を得るとともに患者さんの現状や心配事を話しあうことにより安心された様子でご帰宅される患者さんがいらっしゃいます。
私のようなアレキサンダー病などの希少難病の診療に携わる医師の仕事は、薬剤を処方するだけではありません。その1年間に患者さんや保護者の方が感じてきたことや相談内容にしっかりと耳を傾け、また、病気について熱心に勉強されたことで生じた疑問に対し、丁寧に回答していくことが、非常に重要な役割であると考えています。
神戸中央病院 脳神経内科 診療部長
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現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。