概要
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP:familial amyloid polyneuropathy)とは、トランスサイレチン(TTR)の遺伝子変異によって、全身のさまざまな臓器に異常な線維状の不溶性タンパク質であるアミロイドが沈着し、機能障害を起こす病気です。最近は、遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシス(ATTRvアミロイドーシス)と呼ばれることが多くなっています。
アミロイドの沈着によって機能障害を起こす病気を総称して“アミロイドーシス”といい、アミロイドが全身の臓器に沈着するものを“全身性アミロイドーシス”、ある臓器に限局するものを“限局性アミロイドーシス”と呼びます。
また、全身性アミロイドーシスは遺伝的なものと非遺伝的なものに分けられ、前者の代表的な病気が家族性アミロイドポリニューロパチー(遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシス)です。
発症すると末梢神経障害や心障害、眼障害などによるさまざまな症状が出現します。20~40歳代で発症する場合と、50歳以降で発症する場合があります。しびれや麻痺など神経障害が強い場合と、息切れや動悸など心障害が強い場合があります。まれに目の症状で発症する場合もあります。
原因
家族性アミロイドポリニューロパチーは、トランスサイレチン、アポリポタンパクAI、ゲルソリンなどのタンパク質の遺伝子変異を原因として発症します。
中でも圧倒的に多いのがトランスサイレチンの遺伝子変異によるものです(トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー)。
トランスサイレチンは主に肝臓で作られるタンパク質の1つで、遺伝子が変異すると壊れやすくなります。そして、壊れたタンパク質の塊であるアミロイドが全身の神経や臓器に沈着し、これによって神経や臓器に障害が起こります。
家族性アミロイドポリニューロパチーは遺伝によって生じ、両親のどちらかが変異のある遺伝子を持っている場合、50%の確率で子どもが受け継ぎます。
ただし、2人の子どもがいる場合にそのどちらかに必ず発症するとは限らず、あくまで1人に対して50%の確率であるため、2人とも受け継がないこともあります。また、両親に遺伝子変異がなくても、何らかの要因により遺伝子に新たな変異が生じて発症することもあります。
症状
家族性アミロイドポリニューロパチーでは、末梢神経障害を主体とした多彩な症状を認めます。進行すると突然死に至ることもあるため注意が必要です。
末梢神経障害
末梢神経とは、中枢神経である脳や脊髄などから枝分かれして全身に広がる神経のことで、全身の筋肉を動かす“運動神経”、感覚を伝える“感覚神経”、血圧や体温、内臓のはたらきを調整する“自律神経”の3つに分けられます。
家族性アミロイドポリニューロパチーでは、初発症状として末梢神経障害による症状が出現することが多く、一般的には自律神経、感覚神経、運動神経の順番で症状が現れます。
- 自律神経障害……胃腸症状(下痢と便秘を繰り返す・吐き気・嘔吐・腹痛)、起立性低血圧(立ちくらみ・失神)、膀胱直腸障害(排尿障害・尿失禁など)、心障害(不整脈・心不全)、発汗障害、勃起障害など
- 感覚神経障害……手足のしびれ、痛みや温感が鈍るなど
- 運動神経障害……筋肉が痩せる、筋力が低下するなど
そのほかの症状
トランスサイレチンは、肝臓だけでなく目の網膜からも作られているため、硝子体混濁や緑内障を起こし、物が見えにくい、視界が狭くなるなどの症状がみられることもあります。また、末梢循環障害によって褥瘡(いわゆる床ずれ)が起こる場合もあります。
検査・診断
家族性アミロイドポリニューロパチーの多くは遺伝によって生じ、多彩な症状を認めるため、家族歴や症状からこの病気を疑います。
診断の確定にはアミロイド沈着や遺伝子変異を証明することが必要です。そのために生検や遺伝子検査が行われ、生検ではアミロイド沈着が想定される神経や臓器の一部を採取して顕微鏡で観察し、遺伝子検査では血液を採取するなどして遺伝子変異を調べます。
障害の程度を評価するために、心電図や心臓超音波検査、心筋シンチグラフィー、神経伝導検査などが行われることもあります。
治療
従来はそれぞれの症状における対症療法が治療の中心でしたが、近年では特に治療効果が高い“疾患修飾療法”が多く開発され、いくつかの薬はすでに一般的に使用できるようになっています。特に先進的な核酸医薬やタンパク質安定化薬は、早期に使用することで病気の予後を改善する高い治療効果が見込めます。
しかし、これらの新しい治療法でも進行した症状を改善することは難しい場合が多いです。さらに、次世代の核酸医薬、ゲノム編集治療、抗体治療などの研究も進んでおり、将来的にはさらに高い効果を持つ多くの新規治療法が選択できることが期待されています。
また、それぞれの病態に応じた“対症療法”も併せて実施されます。
肝移植療法
薬物療法(疾患修飾療法)の発展により、現在新しく肝移植療法が行われることはなくなりました。以前は、トランスサイレチンは主に肝臓で作られることから、肝臓を移植することで血液中の異常なトランスサイレチン濃度が速やかに減少し、進行を抑える効果が期待されるため、若年で発症早期の患者さんを対象に肝移植療法が実施されてきました。病初期に肝移植を受けられた患者さんは長期間症状の進行が抑制されていますが、目の症状は移植後も進行すること、一部の患者さんでは心症状も進行することが問題となっています。
タンパク質安定化剤(疾患修飾療法)
トランスサイレチンは、体内で4つが一塊となり四量体を形成していますが、アミロイドとなる前にこの四量体が1つ1つバラバラとなってしまうことが知られています。そのため、薬でこのトランスサイレチン四量体を安定化しバラバラにならないようにする“タンパク質安定化剤(トランスサイレチン四量体安定化剤)”が開発されました。1日1回の内服薬による治療法です。病初期により高い効果が期待できますので、早期診断、早期治療が極めて重要です。心臓の病態に対する効果も近年確認されました。
遺伝子サイレンシング療法(疾患修飾療法)
遺伝子サイレイシング療法(siRNA核酸治療薬)とは、もともと生物に備わっているRNA干渉(RNAi)を利用し、人工的にトランスサイレチン遺伝子の産生を抑えるsiRNA薬による先進的な核酸医薬による治療法です。2019年に日本で使用可能となりました。この治療法により、肝臓でのトランスサイレチンが産生されにくくなるため、強いアミロイド抑制効果と症状の進行抑制が期待できます。現在は3週間に1回点滴治療を継続する必要がありますが、次世代の核酸医薬では治療を受ける期間を延ばす効果も期待されています。この治療法でも進行した病気の症状に対する効果は限られていますので、早期診断、早期治療がとても重要です。
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