インタビュー

ウェルドニッヒ・ホフマン病(I型SMA)の治療——2017年7月、新薬が製造販売承認を取得!

ウェルドニッヒ・ホフマン病(I型SMA)の治療——2017年7月、新薬が製造販売承認を取得!
齋藤 加代子 先生

東京女子医科大学 附属 遺伝子医療センター 所長・特任教授

齋藤 加代子 先生

この記事の最終更新は2017年10月04日です。

今から10年ほど前には、気管切開や人工呼吸器を必要とするウェルドニッヒ・ホフマン病の患者さんは、年単位での入院を必要としていました。しかし、現在では小児に対する治療の大原則が「早期に退院し、お子さんにとって最も自然な状態で生活を送ること」に変わり、ご家庭で使える小型の人工呼吸器も普及し始めています。さらに今年2017年7月には、ウェルドニッヒ・ホフマン病のなかでも重症に分類される赤ちゃんに対する治療薬が製造販売承認を取得しました。

ウェルドニッヒ・ホフマン病やその他の脊髄性筋萎縮症に対する治療と、生活の質を向上させる医療機器、患者家族の支え合いの場について、東京女子医科大学附属遺伝子医療センター所長の齋藤加代子先生にお話しいただきました。

今年2017年7月、乳児型脊髄性筋萎縮症の治療薬ヌシネルセンナトリウムが諸外国に続き、日本においても製造販売承認を取得しました。

これまでウェルドニッヒ・ホフマン病の根本的な治療は確立されておらず、世界中で治療薬の研究と開発が進められていました。今回ヌシネルセンナトリウムが製造販売承認を得るに至ったのは、15か国35施設が参加した国際共同治験において、脊髄性筋萎縮症(ウェルドニッヒ・ホフマン病)1型のうち特に重症度の高い乳児の患者さんに対する一定の効果が証明されたためです。

記事1『ウェルドニッヒ・ホフマン病(I型SMA)とは?赤ちゃんに生じる症状と遺伝する確率や形式について』に記したように、ウェルドニッヒ・ホフマン病を定義する症状のひとつには、「おすわりができない」というものがあります。日本からも複数名の患者さんが参加した国際共同治験では、ヌシネルセンナトリウム投与群の運動機能が有意に上昇し、出生から1年以上経ってはいたものの、一部の患者さんがおすわりをできるようになったという結果も得られました。また、重い呼吸障害が起こらず、人工呼吸器の使用を回避できた患者さんもいらっしゃいました。

ヌシネルセンナトリウムとは、患者さんの髄腔内に直接注射することで、脊髄内にある前角細胞の消失を防ぐ薬です。脊髄性筋萎縮症とは、脊髄前角細胞が壊れてしまうことで筋力低下が引き起こされる病気ですので、これは根本的な治療ということができます。

今回治療対象として認められたのは、1型のなかでも重症度が高い1aの乳児脊髄性筋萎縮症の患者さんのみです。まずは、これまで生命に危険が及ぶリスクもあった重症の患者さんやその保護者の方たちの希望となって欲しいと願っています。

ただし、ヌシネルセンナトリウムは製造販売承認を取得したばかりの段階ですので、実際に販売され臨床の現場で用いられるのは少し先の話になります。また、今後はヌシネルセンナトリウムによる効果の個人差の有無なども検証していかなければなりません。

現在も一部の治験は継続して行われていますので、これから明らかになる効果もあるものと期待しています。

将来、ヌシネルセンナトリウムが臨床の現場で用いられるようになったとしても、これまでと同様に授乳や嚥下が困難な場合は、経管栄養などの治療を続ける必要があります。運動ができるようになったウェルドニッヒ・ホフマン病の患者さんであっても、「飲み込みの力」を取り戻すことが可能かは、まだわかりません。

嚥下や呼吸に関わる筋力の低下は、命に関わる症状なので慎重に経過を診る必要があると感じています。

家で生活している赤ちゃん

チューブや胃ろうを介した経管栄養は、長期の入院を要するものというイメージを抱かれてしまう傾向があります。しかし、ウェルドニッヒ・ホフマン病に対するこれらの治療は、患者さんの苦痛を和らげ、生活の質を向上させるために行なうものです。

子どもの病気に対する治療の基本は、「なるべく早く、病院でなく家で、子どもにとって自然な生活を送ってもらうこと」です。入院が必要になる気管切開などを行った場合でも可能な限り早期に退院していただき、その後は自宅でのケアと定期的な通院が中心となります。2型、3型の脊髄性筋萎縮症の場合は、生涯入院を必要としないケースが大半です。

私たち小児の疾患をみる医療者は、患者さんが学校などへ行き教育を受けること、友人たちと関わりながら社会生活を受けることを重視しながら治療を進めています。

鼻マスク人交換気法呼吸や嚥下機能が低下しているウェルドニッヒ・ホフマン病の患者さんは、肺炎などの感染症に罹患しやすいという特徴があります。痰を出しにくいため、健康な子どもと同じように風邪を引いたとき、数日で治ることなく肺炎などにつながってしまいやすいのです。

このような呼吸の筋力の低下をもつ方に有効とされている治療が、鼻マスク人工換気法(NIPPV)です。NIPPVとは、気管切開などを行うことなく、外部からの陽圧により呼吸をサポートする治療です。これを非侵襲的陽圧呼吸といいます。

ご自身の筋力が弱く少量の空気しか取り込めないという場合でも、鼻マスクをつけることで陽圧がかかり肺に多くの空気が入るようになります。深い呼吸が可能になることで痰などの排出もよくなり、風邪や肺炎のリスクが減るだけでなく、食欲が増え、全身状態がよくなったお子さんや、筋力が改善したお子さんも実際にいらっしゃいます。

患者さんのなかには夜間就寝中だけ鼻マスクを装着している方も、日中も使用されている方もいらっしゃいます。また、生後6か月頃から使用できる赤ちゃんを対象とした小さな鼻マスクも製造されています。

SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会』では、鼻マスクの使い方や「鼻マスクは怖くないよ」といったメッセージをお子さんにわかりやすく伝えるための資料を配布しています。絵や簡単な文章を通して鼻マスクは怖くないものだとわかると、小さな患者さんでも嫌がることなく装着されるようになります。

『SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会』のWEBサイトには、受けられる医療費助成や就学に関する情報なども掲載されていますので、保護者の方にはぜひ一度ご覧いただきたいと感じています。

(SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会:https://www.sma-kazoku.net/

※外部サイトへ移動します。)

医療や介護の世界では、薬などにより病気を治療することを「キュア(Cure)」といい、患者さんの生活を介助することや、看護、リハビリテーションを行なうことを「ケア(Care)」といいます。ウェルドニッヒ・ホフマン病の患者さんを支えるためには、キュアだけでなくケアが大きな役割を占めます。

この10年間で在宅医療のレベルは格段に向上し、先にも述べたように治療の大原則は小さな患者さんをできるだけ早い段階で帰宅させることに変わりました。

10年ほど前には、自発呼吸が難しい患者さんは数年間にわたる入院管理が必要とされていましたが、現在ではご家庭で痰を吸引し、呼吸をサポートするためのデバイスも普及しました。また、訪問看護や在宅リハビリテーションなども充実し、関節が固まることを防ぐためのリハビリもご自宅で行なうことができるようになりました。こうした医療の進歩や制度の拡充に伴い、ウェルドニッヒ・ホフマン病の患者さんの生活の質(QOL)は、格段によいものに変わったと感じています。

子どもたちの笑顔

先述した鼻マスク(NIPPV)や電動車いすなど、生活の質(QOL)を上げるためのデバイスも積極的に活用していただきたいと感じています。電動車いすの使用開始年齢にはさまざまな意見がありますが、私自身の見解としては、小さな頃から自立を促すことは患者さんにとってよい影響をもたらすと考えています。たとえば、電動車いすを早期に使い始めることで、他のお子さんと同じように「自分の力で動く」という体験を積むことができ、子どもの自発性を引き出すことにもつながります。また、車椅子や人工呼吸器を使いながら社会参画することは、一緒に遊ぶ周囲の子どもたちの心の育成や視野を広げることにもつながっていくと思われます。

大人になられた患者さんは半年に一度程度、定期検診を受けつつ、ご自分の才能を活かせる場で活躍されています。知的で感性豊かな方が多く、絵や文章を書くクリエイターとして羽ばたいている方もおられます。

ぜひ本記事でご紹介した支え合いの場や医療制度、QOLを向上させるためのデバイスを有効活用し、充実した社会生活を送ってほしいと願っています。

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  • 東京女子医科大学 附属 遺伝子医療センター 所長・特任教授

    齋藤 加代子 先生

    東京女子医科大学附属遺伝子医療センターの所長を務める。遺伝疾患や小児神経疾患を専門とし、新生児から成人まで、患者さんの人生に寄り添った治療を行なう。保護者の方の不安を解消する丁寧なカウンセリングや、ご家庭での患者さんのケアに関する指導にも力を注いでいる。

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