インタビュー

患者さんの意思を大切に――脊髄性筋萎縮症(SMA)の学童期・青年期におけるリハビリテーション治療の特徴

患者さんの意思を大切に――脊髄性筋萎縮症(SMA)の学童期・青年期におけるリハビリテーション治療の特徴
原 貴敏 先生

国立精神・神経医療研究センター病院 身体リハビリテーション部 部長

原 貴敏 先生

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脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう)SMA)は、脊髄の神経細胞が変化・消失することで、筋肉量と筋力が低下していく生まれつきの病気です。発症時期や経過によってI型からIV型に分類されますが、いずれの場合も時間がたつにつれて症状が進行していくという特徴があります。かつてはSMAに対する有効な治療法はありませんでしたが、近年は効果が期待できる治療薬が開発され予後が改善されつつあります。

リハビリテーション科医である国立精神・神経医療研究センター病院の原 貴敏(はら たかとし)先生は、「リハビリテーション治療では、患者さんご本人の意思が大切」とおっしゃいます。原先生に、主に学童期・青年期のSMA患者さんに対するリハビリテーション治療の現状や取り組み、そして今後の展望についてお話を伺いました。

SMAの学童期・青年期の患者さんに対するリハビリテーション治療の主な目的は、歩行などの運動機能を維持することです。特にSMAの学童期・青年期には、成長の過程で獲得した運動機能が病気の進行に伴い低下する可能性があります。そのため、歩くことや立つことができなくなったり、呼吸をすることが難しくなったりする例があります。できる限り運動機能を維持するために、継続的なリハビリテーション治療が大切になるのです。

私は患者さんに、“筋肉はゴムのようなもの”とお話しすることがあります。筋肉はゴムに似て、動かさなければどんどん硬くなってしまう性質があり、適度に伸ばすことが大切と伝えるようにしているのです。リハビリテーション治療では、関節の可動域(動かせる範囲)を広げるストレッチや、筋力を保つための運動を定期的に行っていただきます。より具体的な内容の一例を挙げると、足の筋肉をしっかりと伸ばすために足で蹴るような動きを繰り返し行ってもらうことがあり、これによって立つ姿勢を維持する効果が期待できます。

また、多くのSMA患者さんが直面するのが“やりたい動きができない”という思いです。このような状態をできる限り解消し、さらに患者さんの社会参加につなげていくために、歩行を補助する下肢の装具や、車いす、座った姿勢を保持するための装置などの作成・改良も大切なリハビリテーション治療の1つといえるでしょう。

学童期以降のSMA患者さんでは、リハビリテーション治療において“ご本人の意思”が大切だと考えています。私は、患者さんご本人の「こういうことができるようになりたい」という意思を尊重したうえで、リハビリテーション治療ではそれをかなえる手段を提供するよう努めています。

よりよいリハビリテーション治療を行うために、患者さんやご家族には、ご本人の意思を大切にしながら特に以下のようなことを心がけてほしいと思います。

患者さんやご家族には、当院のようにSMAのリハビリテーション治療を専門的に行っている医療機関に、定期的に通院していただきたいと考えています。

学童期・青年期には、成長とともに病状や環境が変わることで新たな困り事や悩みがどうしても出てきます。たとえば、患者さんからは「痛い場所があるので、どうにかならないか」、「将来的に転んでしまうようになったらどうしたらよいか」、「外出したときにこのようなことで困った」といった相談を受けることがあります。これらのような困り事や悩みに対して、解決策を一緒に考えるためにも定期的な受診をお願いしたいです。

定期的に受診してくださる患者さんが増えれば、困っていることやその対処法に関する情報が集まり、SMAのリハビリテーション治療そのものの改善につながり得るというメリットもあります。自分のためにもほかの患者さんのためにも、定期的な受診を続けてほしいと思います。

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診療の様子

リハビリテーション治療というと、病院で行うものを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、必ずしもそうではありません。私たちリハビリテーション科医としても、安全にできるものであれば自宅で継続することを推奨しています。

近年は、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、通院してリハビリテーション治療を行うことが難しくなってしまった時期がありました。当院では、SMAと似た症状が現れる筋ジストロフィーの患者さんに向けた自主トレーニングの動画をYouTubeで紹介し、自宅でリハビリテーション治療を継続してもらう取り組みも行ってきました。このトレーニングはSMAの患者さんが行っても、効果が期待できるものになります。リハビリテーション科医や理学療法士などと相談しながら、このような動画も活用して自宅でのリハビリテーション治療にも積極的に取り組んでいただきたいと思います。

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国立精神・神経医療研究センター病院の取り組み

ただし、自宅でのリハビリテーション治療を続けていると、どうしても我流になってしまうことがあります。体の状態に適した対応ができているかチェックや指導を受ける意味でも、定期的な通院は続けるようにしてください。

SMAの治療では、チーム医療が欠かせません。ここでは、私が所属する国立精神・神経医療研究センター病院を例に、SMAのリハビリテーション治療に対する医療機関の取り組みをご紹介します。

当院の特徴の1つとして、診療科同士の垣根が非常に低く、しっかりと協力しながら患者さんの治療にあたれる点が挙げられます。このような風土の中で、年齢や状態の異なる多様なSMA患者さんに細やかに対応するために、医師だけではなく理学療法士などの多職種で連携したチーム医療に努めています。

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原 貴敏先生(左から2番目)と国立精神・神経医療研究センター病院のスタッフの皆さん

今後当院では、SMA患者さんのリハビリテーション治療において主に以下の2つに、より力を入れていきたいと考えています。

1つ目は、院内だけでなく患者さんのご自宅近くの施設との連携です。リハビリテーション治療の意義を理解していても、遠方の患者さんにとっては、SMAのリハビリテーション治療を専門的に行う医療機関への通院そのものが負担になってしまう例もあります。そこで、ご自宅の近くの施設と連携することで、リハビリテーション治療を継続しやすくなればと考えています。

2つ目は、SMAの呼吸器リハビリテーション治療のエビデンスをまとめることです。SMAは時間の経過とともに進行する病気であるため、特に青年期以降の患者さんは、呼吸に関わる筋力が低下することで呼吸が難しくなるケースがあります。今後は、呼吸に関するリハビリテーション治療のデータ収集や有効なエビデンスの確立にも取り組んでいきたいと考えています。

近年は、SMAの進行を抑える治療薬が登場し喜ばしい限りですが、同時に新たな課題も生まれました。現在のリハビリテーション治療の方法は、治療薬が登場する前に開発されたものであるため、治療薬の導入がリハビリテーション治療にどのような影響を与えるか、その全容がいまだ明らかになっていないのです。今後は、治療薬とリハビリテーション治療の併用が患者さんにどのような変化をもたらすか、データを集めていくことが大切になると考えています。

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データ解析の様子

また、患者さんの体の状態を評価する方法に対して、さらに十分なエビデンスを取得していく必要があるでしょう。たとえば現状では、SMA患者さんの体の状態を確認するために、一般的に6分間歩行試験*が使用されていますが、そもそも歩行が困難もしくは不可能な患者さんに対しては使用できません。そのため、重症の患者さんや症状が進行してしまった患者さんに対しては、別の評価方法を検討していく必要があります。有効な評価方法を確立するために、当院ではSMAの患者さんの情報を集め、データベース化する取り組みも始めています。

*6分間歩行試験:6MWTとも呼ばれるSMAの患者さんの運動機能を評価する方法の1つ。平坦な25mのコースをできるだけ速く折り返しながら歩いてもらい、6分間でどれくらいの距離を歩けるか測定する。

SMAに関する最近の話題として、SMAが新生児マススクリーニングの対象に追加されるという動きがあります。新生児マススクリーニングとは、生後すぐに行われる検査の1つです。基本的に全ての新生児を対象に、治療せずにいると障害が現れるような生まれつきの一部の病気を発見し、早期に治療することを目的に行われています。

現在は20種類程度の病気を対象に検査が行われていますが、さらに政府は、今回紹介したSMAと重症複合免疫不全症(SCID)の2つの病気を、新生児マススクリーニングの対象に追加する方針であることが分かっています(2023年11月時点)。今後さらに早期に病気が発見されるようになれば、早期治療に合わせた新しい形のリハビリテーション治療の方法を確立できるかもしれないと期待しています。

SMAの治療は近年大きく進歩しています。リハビリテーション治療に関しても少しずつできることが増えてきており、これからもさまざまな工夫や取り組みを行っていきたいと思っています。

学童期・青年期のSMA患者さんに対するリハビリテーション治療においては、本人の意思が大切だということは間違いありません。しかし、意思決定に必要な情報をわれわれ医療者が過不足なく提供することも同じように重要だと感じています。

SMAの患者さんには、病気や日常生活、リハビリテーション治療などのさまざまな困り事があると思いますので、まずは相談していただきたいです。リハビリテーション科医としての経験や知識を生かして、少しでも患者さんやご家族の悩みを解決する力になれればうれしく思います。

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