インタビュー

なぜ脊髄性筋萎縮症(SMA)ではリハビリテーション治療が重要なの? 治療の現状と今後の展望

なぜ脊髄性筋萎縮症(SMA)ではリハビリテーション治療が重要なの? 治療の現状と今後の展望
長谷川 三希子 先生

獨協医科大学埼玉医療センター リハビリテーション科 理学療法士主任

長谷川 三希子 先生

目次
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脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう)(spinal muscular atrophy:SMA)は、脊髄にある神経細胞が変化して消失することにより、徐々に筋肉量や筋力が低下していく病気です。赤ちゃんから大人まで発症する可能性がありますが、多くは2歳未満に発症します。

近年、治療薬が登場したことで予後が大きく改善されましたが、リハビリテーション治療は今後よりいっそう重要になるといわれています。それはなぜなのでしょうか。今回は、理学療法士として多くのSMA患者さんのリハビリテーション治療に携わってこられた獨協医科大学埼玉医療センター リハビリテーション科の長谷川 三希子(はせがわ みきこ)先生に、SMAにおけるリハビリテーション治療の重要性や、治療薬の登場による経過・課題の変化、そして今後の展望などについてお話を伺いました。

SMAでは、薬による治療に加えて、リハビリテーション治療が重要な役割を果たします。以前は有効な治療法がありませんでしたが、近年治療薬が登場したことで患者さんの新たな運動機能の獲得や、運動機能の向上が期待できるようになりました。しかし、発症後に薬物治療を行っても、健常な方と同じような運動能力を獲得することは難しいのが現状です(2023年4月時点)。そのため、理学療法士*が一人ひとりの患者さんの運動機能を評価したうえで、運動機能やゴールに見合ったリハビリテーション治療を提案・実施することが大切になるのです。

また、有効な治療薬が登場したことで、今後患者さんの予後は改善していくと予想され、リハビリテーション治療の役割は今まで以上に大きくなるでしょう。SMAの患者さんにとって、リハビリテーション治療は身体機能や筋力の向上、体力の維持、ほかの病気の予防などに寄与することが期待できます。また、不安やうつ状態を抑えるためにも有効といわれているのです。リハビリテーション治療は、筋力低下などによって障害を生じるSMAの患者さんが、可能な限り健康な状態を維持し、充実した生活を送るために重要といえるでしょう。

*理学療法士:病気やけがなどで体に障害がある人、もしくは障害が予測される人に対して、運動療法などを用いて自立した生活を送れるよう支援する専門家。

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SMAのリハビリテーション治療の目的や方法は、患者さんの成長段階によって変わります。乳幼児期(0〜5歳の期間)のリハビリテーション治療は、発達を促すことが一番の目的です。患者さん本人がリハビリテーション治療のことを十分に理解できない年代なので、一番身近な存在であるご家族の指導が特に重要といえるでしょう。そのため、生活や遊びの中で子どもの発達を促す運動要素や、子どもの運動機能が発達していく順序をご家族に理解してもらう必要があります。

学童期(6〜12歳の期間)は、患者さん本人がいかに自立して日常生活を送れるかが重要になります。自立した生活のために(電動)車椅子やICT(Information and communication technology)なども積極的に取り入れています。加えて、今ある運動機能を最大限に発揮して自宅や学校で生活できるように、日常生活の中で反復練習を試みてもらうこともあります。たとえば“トイレへ移動する”“洗面所で顔を洗う”“自分で着替える”といった毎日の行動が練習になるのです。練習の際には、各動作で使う筋肉を意識できるように指導を行います。同時に、成長期は変形が進行する時期なので姿勢を管理するよう注意を促します。

青年期は、社会の中でいかに自立して生活を送ることができるかが大切です。大学生活や仕事で忙しくなる傾向にあるため、日々の生活で自分の体を維持していく方法を考える必要があります。SMAの患者さんは、加齢による筋力の衰えが健常な方よりも早めに出るため、限られた時間の中で必要なストレッチや筋力トレーニングを継続することも重要です。

SMAの治療薬が登場したことで、近年は患者さんの運動能力を引き出すようなリハビリテーション治療がより重視されるようになりました。乳児期の発症またはI型*で、本来首が座らない患者さんが座ったり立ちあがったりすることが期待できるようになり、歩行ができないII型**の患者さんが歩行を目指せるようになったのです。

しかし現状の課題として、治療後の患者さんにいつ、どのような変化が起こるのか十分なデータがそろっていないことが挙げられます。個人差が大きく、また治療の時期によっても予後が大きく変わるのです。経過の予測を立てていても、1年くらい運動機能に変化がなかった患者さんがその後、新しい運動機能を獲得する場合もあります。

2歳未満で薬物治療を始めた患者さんの例をご紹介すると、その方は座れるようになった後しばらく大きな変化がなく、運動機能の評価でもその点数に変化がありませんでした。「これ以上の変化は難しいのかもしれない」とご両親も感じておられたころ、自分で座ったり、うつ伏せで頭を上げたりすることができるようになったのです。ほかの患者さんでは、歩行器の使用を試みることをおすすめしたことがあります。その方のお母さんは「歩くのはあきらめています」とおっしゃり歩行器の使用に前向きではありませんでした。しかし、患者さん本人は最初少し嫌がっていたものの、自分の足で動けることが分かった途端一人で上手に歩いて移動し始めて、驚かされたこともあります。

ただし、ご紹介したようにできることは増えても、筋力の弱さを持っているために側弯(うねるように背骨が曲がること)や股関節(こかんせつ)脱臼、下肢の変形などが現れるケースも少なくありません。

*Ⅰ型:生後6か月頃までに発症する病型のことで、通常支えなしでは座ることができないという特徴がある。

**Ⅱ型:生後1歳6か月までに発症する病型のことで、支えなしに立ち上がったり歩行したりすることができないという特徴がある。

理学療法士が患者さんの体の変化を把握し、より効果的なリハビリテーション治療を行うために、ご家族や患者さんには主に次のようなことを大切にしてほしいと考えています。

リハビリテーション治療を行う際には、“攻めの治療”と“守りの治療”を大切にしてほしいと思っています。リハビリテーション治療には、疲れるくらいにしっかりと体を動かして筋肉を作っていくような攻めの治療と、運動機能の低下につながる変形や側弯を防ぐような守りの治療があるのです。このような2つの方針の治療を併用することが大切だと考えています。

リハビリテーション治療は、小さなころからコツコツと続けることが大切です。朝顔を洗ったり歯磨きをしたりするのと同じように、生活の中で運動することを習慣にしてほしいと思っています。

患者さんには、日常生活で困っていることや、自分の希望を伝えられるように育ってほしいと思っています。たとえば、“学校に行くと右のお尻が痛くなる”“体がいつも同じ方向に傾いてしまい戻せない”など自身(お子さん)の症状を伝えてもらうことで課題が明らかになれば、改善すべき症状の優先順位も明確になるでしょう。その結果、より効果的なリハビリテーション治療を行うことが可能になります。

自宅で行っているリハビリテーション治療の方法については、正しくできているか、こまめにチェックを受けることが大切です。病院での指導が正しく伝わっていなかったり、体の状態が変わった結果、当初は適切だったやり方が負担になってしまったりするケースもあるからです。

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理学療法士には、お話ししたような“攻め”と“守り”のリハビリテーション治療のバランスを決める役割があります。私は、体を動かすことの楽しさを幼いころから教えたいと思っています。体を動かすことを好きになってもらい、継続的にリハビリテーション治療に取り組んでもらえるよう努めています。

障害があると、日常生活の中で「できない」と感じる経験が多くなってしまいます。だからこそ、リハビリテーション治療においては「できた」という成功体験を積めるようなプログラムを提供するようにしているのです。リハビリテーション治療を通じて、患者さんには自信をつけてほしいと思っています。

また、患者さんに運動機能の向上を実感してもらうために、立ち上がるまでにかかった時間や歩いた距離などを測り、具体的な数値を示して変化を伝えるようにしています。どの数値であれば成果が出しやすそうか患者さんごとに見極めることも大切です。成果が出せそうなものを自宅でのリハビリテーション治療のプログラムに組み込むことで、少しでも患者さんやご家族の励みになるよう心がけています。治療により“できるようになること”が増えていく患者さんを見守れることに、理学療法士としてのやりがいを感じています。

医療従事者とは情報を共有し必要に応じて意見を交換しながら、共に治療を進めていくことが大切だと考えています。リハビリテーション治療の内容や患者さんができるようになったことなどは主治医の先生へ報告するよう心がけています。

今後、より効果的なリハビリテーション治療を実施するために、現状の課題と今後の展望について私の考えをお話しします。

乳幼児期のリハビリテーション治療では、専門家である理学療法士ができるだけ頻回に関わることが理想的だと考えています。しかし、SMAは希少疾患であり、全ての地域で専門的なリハビリテーション治療を受けられる環境が十分に整っていないのが現状です。今後、乳幼児期では、たとえば発達センターなどの近隣の施設を利用してリハビリテーション治療を頻回に受けながら、定期的に専門的な病院を受診するのも1つの方法だと思います。病院を受診することで、リハビリテーション治療による変化を定期的に評価されたり、評価結果に応じたプログラムを作成してもらったりすることができるでしょう。

学童期の課題としては、学校の設備や人員などが十分に整備されていないことで、学校生活において患者さんの時間的な余裕がなくなっていることが挙げられます。たとえば日本の学校では、バリアフリーのトイレが十分に整備されておらず、休み時間にトイレを済ませるだけで時間がかかってしまうのが現状です。また、介助者の不足により、患者さんが周囲に頼れずに無理をしてしまうケースもあるでしょう。

海外ではスクールセラピストと呼ばれる理学療法士により、学校でリハビリテーション治療を受けられる体制が整っているところもあります。日本でもそういった体制が整備されれば必ずしも学校を休んで病院に行く必要がなくなり、時間的な余裕につながるのではないかと考えています。

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青年期では、青年期に適したリハビリテーション治療を提供する病院が減ってしまうことが課題です。また、患者さん本人が大学や仕事などで忙しく、病院に通いにくくなってしまうケースもあります。だからこそ、患者さんが自身の体と向き合う機会を増やせるような支援体制が必要です。運動機能に障害のある方でも手軽に体を動かせる、スポーツジムのような施設ができるとよいと思っています。

SMAでは、発症前の患者さんにも薬物治療を行うことがあります*。発症前に薬物治療を始められた場合、ご家族としては順調に運動機能が発達しているか常に気になるのではないでしょうか。今後私たち理学療法士が発症前に治療した患者さんと接する際には、経過を定期的に評価して、順調に発達しているかどうかをフィードバックすることが大切だと考えています。定期的な評価は、気になる兆候への早期対応にもつながります。

発症後の患者さんでは、薬物治療による効果が、病気の進行状況と治療時期などで大きく異なります。お話ししたように、薬物治療後の経過には予測できない部分が多々あるのが現状です。今後は、希少疾患であるからこそ、一人ひとりの患者さんの状態を示すデータを集め、薬物治療後のリハビリテーション治療の目標と方法を構築できたらと思っています。

*治療薬によっては、出生前診断や新生児スクリーニング によって発見された無症状の患者さんに対する治療が認められている。

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しちの ひろゆき
七野先生の医療記事

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