インタビュー

脊髄性筋萎縮症とは——乳幼児期に過度の体の柔らかさが見られたら小児神経科受診の検討を

脊髄性筋萎縮症とは——乳幼児期に過度の体の柔らかさが見られたら小児神経科受診の検討を
山形 崇倫 先生

独立行政法人 栃木県立リハビリテーションセンター 理事兼医療局長、自治医科大学 客員教授

山形 崇倫 先生

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脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう)は、運動神経細胞(運動ニューロン)の変性によって筋力が低下していく病気です。進行すると、徐々に体が思うように動かせなくなっていきます。この病気は発症時期によって4つのタイプに分けられ、特に生後6か月までに発症するI型は重症型といわれます。しかし、近年治療薬の開発が進んだことにより、早期発見・早期治療による経過の改善が期待されているのです。今回は、脊髄性筋萎縮症の概要から早期発見の手がかりとなり得る症状、早期発見の重要性について、自治医科大学小児学教授の山形(やまがた) 崇倫(たかのり)先生にお話を伺いました。

人間は体を動かす際、筋肉(骨格筋)を動かすために脳から指令を出します。その指令は初めに脊髄(せきずい)に到達した後、運動神経細胞を経由して筋肉に届きます。

脊髄性筋萎縮症は、この運動神経細胞が変性する(弱る)ことによって脳からの指令が筋肉まで伝わらなくなってしまう病気です。指令が伝わらず使用されない筋肉は徐々に萎縮(いしゅく)していくため結果的に筋力も低下し、進行すると思うように体が動かせなくなっていきます。筋肉の萎縮や筋力低下は、呼吸に関わる筋肉や腹筋、背筋といった体幹の筋肉、体幹に近い部位(太ももや肩、二の腕など)の筋肉から始まります。

脳からの指令の伝達イメージ
脳からの指令の伝達イメージ

脊髄性筋萎縮症が起こる原因は遺伝子の変化であることが分かっており、そのほとんどがSMN1と呼ばれる遺伝子が変化することによって起こります。SMNはSurvival Motor Neuron、つまり“運動神経細胞(運動ニューロン)の生存”を表しています。このSMN1遺伝子が変化することで、運動神経細胞が正常にはたらくために必要な量の“SMNたんぱく質”を作ることができなくなります。これにより、運動神経細胞が変性していくのです。

この病気は常染色体劣性遺伝(常染色体潜性遺伝)*といわれる遺伝形式を取ります。人間は皆、同じ遺伝子が2本ずつあり、一方の遺伝子に変化がある場合は脊髄性筋萎縮症を発症することはありませんが、“保因者”となります。両親がどちらも保因者だった場合には、子どもは4分の1の確率でそれぞれから変化した遺伝子を受け継ぎ、脊髄性筋萎縮症を発症します。

常染色体劣性遺伝のしくみ(両親が保因者の場合)
常染色体劣性遺伝のしくみ(両親が保因者の場合)

*常染色体劣性遺伝(常染色体潜性遺伝):両親から遺伝子を1つずつもらうことで一対となる遺伝子のうち、両方に変化がある場合に病気を発症する遺伝のしかた

また、人間はSMN2という遺伝子をもっています。これはSMN1遺伝子と同じようなはたらきをする、いわばバックアップのような遺伝子です。そのため、SMN1遺伝子に変化がありSMNたんぱく質を作り出せない場合には、SMN2遺伝子から作られたSMNたんぱく質がはたらきます。しかし、SMN2遺伝子はSMN1遺伝子の10%以下のSMNたんぱく質しか作ることができず、いずれにせよ少量のSMNたんぱく質では運動神経細胞が弱ってしまいます。

SMN2遺伝子の数は人によって異なり、SMN2遺伝子の数が多いほど重症度が低くなる傾向があるとされています。ただし、症状は人によってさまざまであるため、SMN2遺伝子の数で一概に重症度を予測することはできません。

脊髄性筋萎縮症は、その発症年齢と症状によってI~IV型に分けられます。

  • I型

生まれてすぐから生後6か月までに発症するもので、重症型といわれます。運動能力の発達が停止し、生後数週間あるいは数か月でだんだん筋力が低下していくため、体の柔らかさが強くなっていきます。

全身、上肢全体、下肢全体が床に着いていて持ち上げる力が弱い、首がすわらずにぐらぐらする、支えなしに座ることができないといった症状が特徴的です。進行すると食べ物や飲み物を飲み込む力(嚥下(えんげ)機能)や呼吸機能も衰えていくため、食事を取れなくなり、人工呼吸器が必要となります。治療法がなかった頃には、早くて生後2~3か月、多くが2歳までには亡くなってしまうといわれていました。

また、近年はI型の中でも発症が早く、急速に進行するIa型と、生後3~4か月程度で発症するIb型に分けて考えようという話もあります。

  • II型

6か月から1歳6か月までに発症するものがII型です。生後半年以降から症状が目立ち始め、自力で座ることはできるようになるものの、自力で立ったり歩いたりということができるようになるのは難しいケースが多いです。

  • III型

1歳6か月から20歳までの間に発症するタイプです。立ったり歩いたりできていたにもかかわらず、転びやすい、歩けない、立ち上がりづらいという症状が徐々に現れます。

  • IV型

20歳以降に発症するタイプで、徐々に筋力が低下していく点は他のタイプと変わりませんが、発症年齢が遅いほど進行もゆっくりだといわれています。歩行などは可能ですが、他の方と比較して力が弱いということから症状に気が付くことが多いです。

脊髄性筋萎縮症は筋力低下にともなってさまざまな症状が見られます。特に異変に気が付くきっかけとなりやすいのは、以下のような症状です。

  • 首がすわらないもしくはすわってはいるものの、ぐらついて安定しない
  • 抱っこをしたときに体がぐにゃぐにゃとしてしっかりしない
  • 舌(特に舌の横側)が常に細かくぴくぴくと動いている
  • 仰向けで寝かせたときに、腕や脚全体が床に着いていて、床から上げない
  • 息を吸った際にお腹が膨らみ、胸が凹む

こうした症状が見られた場合、乳幼児健診を待たずに早期受診を検討してください。その際は近所の小児神経科を探していただくか、もしくはかかりつけ医に相談し小児神経科に紹介をしてもらうとよいと思います。

乳幼児は自身で体の異変に気が付くことや異変を訴えることができません。そのため、周囲の方々がしっかりと気付いてあげることが大切です。特に初めての育児の場合、別の乳幼児との発達スピードの違いが分からないこともあるかと思います。2020年現在、新型コロナウイルス感染症の流行により難しい部分もありますが、同年代のお子さんが集まる場に出向くことも、早期発見の役に立つのではないでしょうか。

脊髄性筋萎縮症は5年前までは根本的な治療法がなかったものの、2017年、2020年と立て続けに治療薬が登場しました。この病気は徐々に進行するため、治療薬が登場した今、次の課題はいかに早期発見し体の機能が低下する前に治療を開始するかという点にあります。特にI型やII型など比較的症状が重いタイプの場合には、早期治療をできるか否かによって、人工呼吸器が必要となるかどうか、歩けるようになるかどうか、といったその後の経過に大きく影響します。

この病気は、原因となる遺伝子が判明しているため、疑わしい症状が見られた場合に遺伝子検査を実施することで診断をつけます。また、遺伝子の変化は生まれもったものであり、発症前であっても検知することができます。現在、脊髄性筋萎縮症は新生児マススクリーニング検査*の対象疾患となっていません。しかし、今後はマススクリーニング検査によって発症前に診断をつけ早期治療を行うことで、最大の治療効果が得られるような流れになってほしいと考えています。

*新生児マススクリーニング検査:生後4~6日のすべての子どもを対象とし、生まれつきの病気がないかどうかを確かめるための検査。出生からすぐに検査を行うことで、早期発見・治療へとつなげることを目的としている。

脊髄性筋萎縮症に限らず、十数年前と比較すると治療法が確立されてきている病気も多くありますが、どんな病気であってもまずは診断をつけないことには治療にたどり着きません。お子さんの異変を感じているにもかかわらず「わざわざ専門病院に行って、ただの気のせいだったらどうしよう」と心配で行きづらいという方もいらっしゃるかと思います。しかし、脊髄性筋萎縮症をはじめ、早期発見と早期治療開始がその後の経過の鍵を握る病気も多々あります。

受診の結果、問題がないということが分かればご家族も安心できますし、それは医師にとっても嬉しいことです。「気のせいだったらどうしよう」という心配は不要ですから、あまりに体が柔らかすぎる、首がすわらないなど、少しでもお子さんの様子に異変を感じたら、ぜひ専門医療機関の受診を検討してみてください。

なお、お近くの小児神経科専門医を探す際には小児神経学会のwebサイト(https://www.childneuro.jp/modules/senmoni/)も活用してみてください。また、脊髄性筋萎縮症について相談可能な病院を検索できるサービス(https://www.qlifeweb.jp/sma/)などもあります。

この病気は長らく治療法がありませんでしたが、この数年で治療が登場し大きく状況が変わりました。本来、脊髄性筋萎縮症はどんどんと運動神経細胞が弱ってしまう病気です。運動神経細胞が弱った状態では筋肉を鍛えることは難しいですが、治療薬によって運動神経細胞が維持されるようになりました。そのため、治療後のリハビリテーションも非常に重要です。筋肉を鍛えることで筋力の維持、向上が期待できます。

また、進行してしまった場合でもこの病気は知能に影響はありません。そのため、体を動かしたり言葉を発したりすることで意思表示ができない場合でも、患者さんとコミュニケーションをとる手段を考えてあげることも必要です。

乳幼児健診は、脊髄性筋萎縮症に気が付くために非常に重要な場であると考えています。初めての子育てで、比較対象がない方などでは気が付きにくい異変も、数多くの乳幼児を診ている方々であれば発見できることもあるかと思います。一方で、特に症状が出始めたばかりのタイミングなどでは、小児神経科医であっても正常な発達の範囲内か脊髄性筋萎縮症などの病気かと判断に迷うこともありますから、「専門医に紹介して特に問題がなかったらどうしよう」と心配する必要はありません。

特に、異常な筋肉の柔らかさや、寝ている状態から腕を持って引き起こしても頭がついてこずにだらんとしている(引き起こし反射)など、筋緊張低下(フロッピーインファント)の所見が少しでも見られる場合には、ためらわず、すぐに専門医に紹介してください。

この病気は特に乳幼児期に発症すると進行が速く、いかに迅速に診断をつけて治療を開始するかという点が非常に重要です。ぜひ小児科医の方々には、脊髄性筋萎縮症だけではなく、このように急を要する病気を知っておいていただきたいと思います。また、少しでも子どもの様子に異変を感じることがあれば、早めに専門医への紹介を検討してください。

また、繰り返しにはなりますが、脊髄性筋萎縮症は早期発見が非常に重要であると同時に、遺伝子検査によって発症前でも検知が可能です。そのため、この病気がマススクリーニング検査の対象となっている地域も出てきています。今後、このような動きが拡大されることに期待しましょう。

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