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インタビュー

不可能といわれた腎臓の再生医療の今-末期腎不全患者さんに新しい治療を届けたい

不可能といわれた腎臓の再生医療の今-末期腎不全患者さんに新しい治療を届けたい
横尾 隆 先生

東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 主任教授、東京慈恵会医科大学附属病院 診療部長

横尾 隆 先生

腎臓は、心臓などの他臓器に比べ複雑な構造をしており、長らく人の手で作り出すことは不可能だと考えられてきました。しかし今、iPS細胞を用いた腎臓の再生医療は、大きく前進しようとしています。

「末期腎不全の患者さんに新たな腎臓を届けたい。」

研修医時代から透析患者さんと向き合い続けてきた東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科教授の横尾隆先生は、このような思いから、約20年間にわたり腎臓を作るための研究を牽引し続けてきました。なぜ腎臓の再生は困難なのか、どのような手法を用いれば腎臓を作ることは可能になるのか、横尾先生にご解説いただきました。

機能が廃絶してしまった腎臓の修復を目指すのではなく、「新たに腎臓を作る」という観点に立ち治療開発を始めたのは、今から約20年頃前のことです。当時はまだ、再生医療という言葉さえも存在していませんでした。

末期腎不全により透析治療を受けている患者さんは、がんや心疾患のように何らかの画期的な治療が生まれなければ、すぐに亡くなってしまうというわけではありません。たとえ腎臓が全く機能していなくとも、透析治療や腎移植を行なうことで生命の維持は可能になります。また、当時は増える日本の医療費についても現在ほど問題視はされていませんでした。このような理由から、腎臓病の新規治療開発に乗り出そうという施設や企業は、決して多いとはいえない状況にありました。

透析

しかしながら、腎臓領域すべてを専門とし、研修医時代から腎臓病の患者さんをすぐ傍でみてきた私にとって、透析治療による患者さんの苦しみやQOL(生活の質)の低下は、決して見過ごせる問題ではありませんでした。突然命を落とすことはないとはいえ、患者さんは皆さん長期にわたり負担の大きな治療を受け続けており、真綿で首を締められているような思いをされていました。このような状況を改善せねばならないという強い思いに突き動かされ、ちょうど英国留学から帰国したばかりの1997年1月、私は今までにない腎不全の治療開発に取り組み始めたのです。

この20年の間に世界の医療技術も私自身の研究も伸展し、治療開発の切り口や手法も変化しました。しかし、「患者さんに直接役立つ治療を開発したい」という信条は、1997年から今日まで一寸たりとも変わっていません。

私の考える患者さんに直接役立つ治療とは、現実離れしていない治療のことを指します。

研究者として新規治療開発に力を注ぐ医師は、一歩進むごとに生じる疑問をすべて解明し、論文にまとめて世界的権威のある雑誌に投稿します。このような手法で確立された治療は、科学的に優れており高く評価されるべきものですが、医療の現場や実際の患者さんからは離れていってしまうという傾向があります。

最新研究と臨床現場の間に生じる溝に問題意識を感じていた私は、研究を行なう臨床医として、現場ですぐに使える治療開発をコンセプトに掲げました。現在行っている、腎臓創生のプログラムを「借りる」という手法は、研究を専門とされる方々にとっては手抜きをしているようにみえるかもしれません。しかし、遠回りすることなく患者さんに治療を届けることこそが、私の目標とするところなのです。

現在世界中で再生医療分野の治療開発が進められていることからもわかるように、研究には流行というものがあります。その時代の流行に則した研究には、人材も研究費も集まります。

「遺伝子治療」や「ゲノム医療」が脚光を浴びていた20年前、私たちは新規治療を作るという信念のもと、腎臓の遺伝子治療と銘打って研究を開始しました。

ただし、当時は既に他施設が腎臓の遺伝子治療をリードしていたため、私たちは異なる切り口から遺伝子治療の研究を行う必要がありました。そこで、患者さんから造血幹細胞を採取し、改変を加えることで、腎臓病になりにくい体質を作るという遺伝子治療をスタートさせたのです。この研究自体は成功には至りませんでしたが、幸運なことにちょうどその頃、幹細胞から人体のさまざまな組織が作れることが明らかになり、流行が遺伝子治療から再生医療へとシフトしていったのです。

周囲よりもひと足早く腎臓領域で幹細胞を使用していた私たちは、流行の移り変わりと共に意図せずしてスポットライトに照らされることとなりました。

はからずも時の利を得た私たちのもとには仲間や支援の手が集まり、腎臓の再生医療という切り口で研究を推し進めるための土壌を得るに至りました。

腎臓は、心臓などの臓器よりも複雑な構造を有しており、その再生は「不可能」だといわれ続けてきました。とりわけ難しいのは、尿をつくるという腎臓ならではの機能を構築することです。

たとえば、糖尿病治療のためにインスリンを分泌させる必要があるならば、β細胞の集合体を作ればよいでしょう。しかし、尿をつくるためには、全身の血液を集め濾過する機能を持った「構造体」を作る必要があり、複数の細胞を単純に組み合わせればよいというわけではないのです。

人間を含む哺乳類の尿細管は曲がりくねった形態をしており、これが再生へのハードルを何段も高いものにしています。

たとえば、重要な臓器のひとつである肝臓には、もともと再生能力が備わっています。そのため、一定の範囲を超えなければ、移植や治療のために切除することもできるのです。

一方、腎臓には再生能力はないため、切除してしまうとトカゲの尻尾のように元に戻ることはありません。しかし、これはあくまで哺乳類と鳥類に限った場合の話です。

魚類や両生類、爬虫類の腎臓は、仮に一部を切除したとしても、肝臓のように自ずと再生していきます。私たちは、ここに腎臓再生のためのヒントがあると考えました。

進化

今から約40億年前、海で単細胞の生命体が生まれました。つづいて多細胞生物が生まれ、約3億6千年前には口呼吸をする両生類が誕生しました。口呼吸が可能になったことで、生物は陸地に上がって生活することができるようになり、鳥類や哺乳類へと進化を遂げていきました。こうして、遂に陸地を二足歩行する人類が誕生したのです。

しかし、陸地に上がるという道を選んだために、生物は腎臓の再生能力を失ったという見方をすることもできます。

私たち人間の腎臓と魚類や両生類、爬虫類の腎臓の構造には、決定的な違いがあります。

魚類などの尿細管は、まっすぐ一本線を描くような構造をしているため、切除しても容易に再生します。これは、水分摂取に困ることがなく、摂取した水分の多くを尿として排出しても生命を維持できるという、生活環境上の特性を反映した構造なのでしょう。

一方、陸地に上がった鳥類や哺乳類は、いつでも水分を摂取できるわけではありません。そのため、摂取した水分を体に蓄えるべく、より濃く少ない量の尿を作り出す必要があります。

このような理由から、鳥類や哺乳類の尿細管はUターンを加えたような構造になっています。

尿は、糸球体と尿細管のユニットである「ネフロン」で生成されています。

ネフロン

ネフロンの始点は、血液濾過の役割を担う糸球体です。糸球体というフィルターを通過した老廃物や水分が尿細管へと運ばれます。原尿の大部分は、尿細管を通る過程で周囲の血管に再吸収され、一部の不要な物質のみが尿として膀胱に貯蔵され、体外へと排出されます。

ただし、先述したように鳥類と哺乳類の尿細管は一度半回転し、糸球体方向へと戻る構造をしています。このUターンにより、尿はますます濃縮され、原尿のうちわずか少量のみが体外へと排出されます。

お腹の中の胎児

このように複雑な構造をしたネフロンは、片方の腎臓に約100万個も存在しており、容易に人の手で作り出すことはできません。かつては「神の領域である」として、多くの施設や国までもが腎臓再生に諦めの姿勢を示していました。

しかし、私たちは皆、この緻密で精巧な腎臓を2つ持って生まれてきます。子宮のなかで受精卵から分裂を繰り返し成長する過程において、腎臓や脳、心臓などのさまざまな器官が作られていき、誰もが尿を作る機能を持った生き物として出生します。ただし、この世へと生まれ出た時点では、もう既に腎臓を作るという能力はなくなっています。

このことから、胎内にいる間に働いている精巧なプログラムを「借りる」ことができれば、腎臓を再生することは可能になるという発想に至りました。

どのようなプログラムにより、母胎内で腎臓という複雑な臓器が作られているのか、その詳細はわかりません。ただし、冒頭で述べた通り私たちの使命は「患者さんに直接役立つ治療」を作ることであり、腎臓創生のプログラムを解析することではありません。

腎機能が廃絶してしまった患者さんが求めているものは、正常に機能する新たな腎臓であり、医学雑誌に掲載できるような詳細なメカニズムの解明ではないでしょう。そのため、私たちは、人体に害をなさないよう遺伝子に操作を加えた動物を用い、プログラムと場を「借りる」ことによって、遠回りをすることなく腎臓を作るという研究を開始しました。

腎臓再生の手法については、記事2『腎臓の再生医療を実用化するために-10年以内に腎不全患者さんへの応用を』で詳しくご説明します。

 

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