心身への負担も大きい透析治療を受けている患者さんのなかには、先天的な腎臓病を持つお子さんもおられます。このような小児患者さんは、移植を受けるか新たな治療が開発されない限り、生涯にわたり透析治療を受け続けなければなりません。また、世界には経済的な理由から透析治療を受けられず、命を落としてしまう腎不全の患者さんが毎年200万人以上もいます。世界に先駆けて腎臓再生のための研究を行い、治療確立への道筋を築いてきた東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科教授の横尾隆先生は、10年以内に患者さんへの応用を開始したいとおっしゃいます。腎臓の再生医療は現在どこまで進んでいるのか、実用化のためには何が必要なのか、横尾先生にお伺いしました。
本記事では、まず腎臓を再生するために行なう3段階の工程について、簡単にご解説します。過去には別の手法が用いられていましたが、京都大学の山中伸弥教授によるiPS細胞の樹立後、腎臓領域の再生医療でもヒトiPS細胞が用いられるようになりました。
患者さんの体細胞(血液など)からiPS細胞を作製し、ネフロン前駆細胞へと誘導分化させます。
遺伝子改変した異種動物の胎児の特定の部位に、患者さん由来のネフロン前駆細胞を打ち込み、培養します。動物の胎児にもともと備わっているプログラムと場所(ニッチ)を「借りる」ことで、患者さん由来の細胞から再生腎臓の芽(原基)を作ります。
ステップ2で作った再生腎臓の芽を患者さんの体へと戻し成熟した腎臓にします。生成された尿を体外へと排出するために、マイクロサージャリー技術を用いて、動物(ラット)由来の膀胱付腎原基(クロアカ)と、患者さんの尿管・膀胱を吻合し、尿排泄路を構築します。
iPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導分化させ、増殖させる技術については、既に日本の研究グループにより確立されています。
私たちの研究グループも患者さん由来のiPS細胞からネフロン前駆細胞を作る検証を行い、この研究に再現性があることを確認しています。
次に成功したのはステップ3です。再生臓器で尿が生成されたとしても、出口がなければ尿は体内に溜まってしまい、ラットの場合4週間ほどで腎機能は廃絶してしまいます。これを水腎症といいます。
水腎症を防ぐため、尿排泄路を構築するまでには、約10年という長い歳月を要しました。
当初は尿管の代替として人工のチューブを用い、さまざまな工夫を加えましたが、尿の排泄には至りませんでした。失敗の原因は、尿管の蠕動運動をうまく再現できなかったことにあります。尿管は単純な管とは異なり、腎臓で作られた尿を膀胱へと掻き出すための蠕動運動を行っています。
2015年、膀胱と腎臓のもとになる組織を一緒に作り(膀胱付腎原基)、マイクロサージャリー技術を用いてレシピエントの体内に残っている尿管と吻合することで、尿を体外へと排泄させることに成功しました。
尿の移動時、尿管に蠕動運動が起きていることは、造影CT検査など種々の検査からも確認されています。
(参考:http://www.jikei.ac.jp/news/pdf/press%20release20150924.pdf)
再生腎臓で生成された尿中には、健康な尿の3分の1程度の毒素が含まれていました。
人間の場合、たとえ腎機能が低下していても、本来の10分の1の機能さえ残っていれば、透析治療を免れることができます。そのため、末期腎不全の患者さんであっても、再生腎臓の移植により上述した量の毒素を含んだ尿を排泄できるようになれば、理論上は透析治療をやめることが可能になるといえます。ステップ3成功の報告は、海外のメディアでも大きく取り上げられました。
私たちの研究チームでは、ネフロン前駆細胞から再生腎臓を作り、尿を生成する実験にも成功しており、いよいよ3ステップの研究すべてが完成を迎えようとしています。そのため、対象を動物から患者さん(ヒト)へとシフトするにあたり、必要な工程についても考えていかなければなりません。
たとえば、ステップ1と2をつなげるためには、私たちのチームと他施設のチームが連携して研究を行なう必要があります。具体的には、私たちのチームで行っているステップ2以降の手法に合うようなネフロン前駆細胞を作製してもらう必要があります。細胞にはさまざまな特性があるため、相性のよいiPS細胞由来のネフロン前駆細胞が開発されなければ、ステップ2以降へとつなげていくことはできません。腎臓再生の実現のためには、互いが研究データをみせ合えるよう、強固な信頼関係を築き、密に連携することが不可欠です。
また、患者さんを対象とした臨床試験には、莫大なコストがかかります。特別な施設も必要になるため、その費用は億単位のものとなるかもしれません。
たとえば、一時的に動物のプログラムとニッチを借りて培養した腎臓を患者さんの体内に戻したとき、感染などが起こるリスクを回避するためには、一般的な動物とは全く異なる清潔な動物を用いなければなりません。そのためには、養豚場のようなごくふつうの飼育施設ではなく、新たに無菌状態の育成施設を建てなければならないでしょう。
経済的な専門知識を持つ方々のサポートも不可欠です。腎臓の再生医療を実際の患者さんに届けるという一大プロジェクトは、私たちだけの力で成し遂げられるものではありません。今後は、志を同じくする多職種のエキスパートを集め、協働して動いていくことが重要になると考えています。
再生腎臓は100%患者さんのiPS細胞由来の自己の臓器です。そのため、患者さんの体内に戻しても、「異物」を攻撃しようとして起こる拒絶反応のリスクはありません。動物から借りるものは、あくまで腎臓創生のプログラムと腎臓を育てる場所だけです。患者さん自身の体細胞から作った腎臓を得られるという点は、この治療法の大きなメリットといえるでしょう。
ただし、今後人間を対象とした臨床試験を行ってはじめて明らかになるリスクや、改良すべき点も生じるものと考えられます。
また、移植した再生腎臓が廃絶あるいは機能しなかった場合、再度移植を行えるところも、この治療法のメリットです。
ご存知の通り腎臓は背中側に位置していますが、再生腎臓を同じ部位に移植する必要はありません。腹腔内の特定の部位に移植すれば、再生腎臓は正常に機能するため、生まれ持った腎臓の機能が失われていても、基本的に取り除く必要はないのです。
移植できる部位は、腹腔内に複数箇所あるため、期待した効果が得られなかった場合や、年数が経ち機能が廃絶された場合、再び治療を行うことができます。
なお、移植した腎臓がどのくらいの期間機能を維持できるのかという数値については、臨床試験を行なわなければ知り得ることはできません。しかしながら、これまで透析患者さんの診療を行い続けてきた経験から、再生腎臓の移植により1年や2年といった短期でも透析治療をやめられるのであれば、患者さんのQOL(生活の質)や心の状態は非常によくなるものと確信しています。
今回ご紹介した治療の適応となるのは、両腎の機能が廃絶してしまっている末期腎不全の患者さんです。逆にいえば、本来の10分の1でもご自身の腎機能が残っているようであれば、治療対象とはなりません。
透析治療により大変辛い思いをされ、「戻れるのであれば健康な状態に戻りたい」と言葉にされる末期腎不全の患者さんは非常に多くいらっしゃいます。
とりわけ、先天的な疾患により透析治療を生涯受け続けなければならないお子さんと接すると、一刻も早く腎臓の再生医療を確立したいという強い使命感に駆られます。
また、日本は透析治療を保険診療で受けられますが、国民皆保険制度のない国々には、経済的な理由から治療を受けることができず、腎不全で亡くなられる方が何百万人もいます。このような国では、貧富の差が生死までも決定してしまっているのです。
そのため、まずは治療に辿り着けず生命の危機に瀕している海外の患者さんを対象に治療をはじめたいと構想しています。その過程で治療にも改良を加え、逆輸入する形で日本の患者さんにも再生腎臓を用いた治療を届けることが私の理想です。
「腎臓病の全く新しい治療法を作ろう」と一念発起した20年前、私は自分自身が努力する姿や、研究が少しずつ前進している様をおみせすることができれば、それが患者さんにとって生きる希望になるのではないかと考えていました。たとえトンネルは長くとも、その先に小さな光がみえていれば、前向きに生きる力が湧くのではないかと思っていたのです。
しかし、今みえているものは、もはや小さな光ではありません。腎臓再生を実現するための3ステップを提示することができ、現在はトンネルの出口がみえる段階にまで来ているといえます。
ここまで来たからには、さまざまなご批判を受けることも覚悟のうえで、治療を待つ世界の患者さんへと、再生腎臓を用いた治療を届けるべく踏み出したいと考えています。10年以内、可能であればそれよりも前倒しで、実際の患者さんに対する応用をスタートさせたいと考えています。
東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 主任教授、東京慈恵会医科大学附属病院 診療部長
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