感染症や緊急手術などに伴い全身の状態が悪化すると、腎臓の機能が急激に低下する“急性腎障害(Acute Kidney Injury:AKI)”をきたすことがあります。急性腎障害は、迅速に対応しなければ命にかかわることも多く、体内の水分バランスを整え血液中の老廃物を取り除きながら原因となる病気の治療を進めていかなくてはなりません。
今回は、国立国際医療研究センター病院 腎臓内科 血液浄化療法室統括医 片桐 大輔先生に、急性腎障害の原因や特徴、そして重要な治療法の1つである急性血液浄化療法についてお話を伺いました。
腎臓は、生命の維持に不可欠なさまざまな機能をもつ臓器です。代表的な役割として、血液中の水分や老廃物・酸などをろ過し、尿として体外に排泄するというものがあります。また、腎臓の尿細管という部位には、必要な水分や物質を再吸収して体内へ戻すはたらきもあり、腎臓は一日中休むことなく不要な物質と必要な物質をふるい分けながら体の状態を一定に保っています。
一方で、腎臓は血液や骨をつくるために必要なホルモンや血圧を調節するホルモンを分泌するという重要な役割も担っています。つまり腎臓のはたらきを維持することは、人間が健康に生きるために不可欠といえるでしょう。
腎臓には、心臓などのほかの臓器と密接にかかわっているため、全身状態の影響を受けやすいという特徴があります。
たとえば、腎臓がはたらくためには十分な量の“酸素”が必要なのですが、なんらかの原因により心臓のはたらきが悪くなると酸素を運ぶ血液が腎臓に届きにくくなり、それに伴い腎臓のはたらきも低下してしまいます。また、体のどこかで肺炎などの炎症が起こった際には、そこでつくられた炎症性の物質が全身に広がり、腎臓の細胞にもダメージを与えて機能が低下することもあります。
急性腎障害は、“急激な腎機能の低下”として、尿が出なくなる、血液中のクレアチニン値が上昇する(腎臓のろ過機能が低下していることを示す)などの指標に基づいて診断されています。腎機能の急激な低下は腎臓そのものの異常だけでなく全身状態の影響を色濃く受けることから、近年、急性腎障害は腎臓・全身状態の悪化に伴って起こる“全身性の病気の一環”として捉えられるようになっています。
また、腎機能が低下すると体内の水分バランスの調節や老廃物の排泄ができなくなるため、全身状態がさらに悪化する、それがまた腎機能へ影響するといったように、悪循環に陥ってしまいます。海外からは、急性腎障害による死亡率は心筋梗塞よりも高いことが報告されており1)、急性腎障害の兆しをいち早くつかみ、早期から介入を行うことが、その後の腎機能の回復、生存率の向上に重要であるという考えが広く認識されています。
急性腎障害は、感染症から敗血症をきたした場合や、緊急の心臓手術の後など、集中治療室で治療を行うような重篤な患者さんに多く認められます。
また、CT や血管造影などの画像検査に用いられる造影剤や、痛み止めとして処方される非ステロイド性抗炎症薬(鎮痛薬の一種)などは、通常であれば問題なく使用することのできる薬剤ですが、患者さんの状態や薬剤の使い方によっては急性腎障害の原因となることがあります。
特に、高齢の方や、糖尿病・高血圧症などを合併し、もともと腎機能が低下傾向にある患者さん、鎮痛剤を連日・複数回服用しているような患者さんについては急性腎障害発症のリスクが高い傾向にあり、注意する必要があります。
残念ながら、現在のところ急性腎障害そのものを治療する特効薬はありません。急性腎障害の原因を特定し、適切な治療・対処を行うことが改善につながります。たとえば、敗血症が原因であれば感染症の治療、低血圧が原因であれば血圧のコントロール、造影剤や薬剤により引き起こされた場合には、それらの使用をやめる、などが挙げられるでしょう。
急性腎障害によって腎機能が低下してしまったとしても、早い段階で発見し原因を取り除くことができれば、機能の回復が期待できます。しかし、腎臓へのダメージが大きい場合、もともと慢性腎臓病がある場合、繰り返し腎臓に障害が起こる場合では、後述する腎代替療法が必要になることもあります。腎機能の急激な悪化は意識障害や心停止など、命の危機につながることもあるため、その危険性がある場合には“急性血液浄化療法”と呼ばれる透析装置を用いた治療が必要です。急性血液浄化療法は、一時的に腎機能の代わりをする治療法(腎代替療法)で、その間に全身状態を立て直し、腎機能の回復を待ちます。
急性血液浄化療法を必要とするのは、たとえば以下に示す状態にある患者さんです。
など
この条件に当てはまる患者さんの多くは、集中治療室(ICU)などで集中治療を受けることになります。そのため急性血液浄化療法の導入にあたっては、主治医と集中治療医、腎臓内科医、透析にかかわる臨床工学技士や看護師、そして患者さんを見守るご家族が連携しながら、必要時にタイミングを逃さず開始することが重要です。
急性腎障害に対して用いられる急性血液浄化療法には、いくつかの種類があります。中心的な役割を担うのは“持続的血液ろ過透析”と呼ばれる方法です。一般的な血液透析(1回あたり3~5時間、週3回行う)とは異なり、持続的血液ろ過透析は、24時間以上かけて非常にゆっくりとしたスピードで透析を行いながら、体の水分バランスを整え老廃物を取り除いていく、体への負担が比較的少ない方法です。持続的血液ろ過透析を用いれば、敗血症や心疾患などによって全身状態が悪化している患者さんであっても、体内の恒常性を保ちながら、除水・溶質除去が可能になります。
急性血液浄化療法の治療期間は、急性腎障害の原因となった病気や病状などにより異なります。治療により病状が改善し、腎機能が回復すれば急性血液浄化療法から離脱することができますが、もともと腎機能が悪い方などの場合や、腎機能の十分な回復が得られない場合には維持血液透析を導入しなければならないこともあります。
なお、急性血液浄化療法によって急性腎障害から一度は回復することができても、その影響は長期にわたって残る可能性が明らかになっています。そのため、治療が終わった後も定期的な経過観察を行い、腎機能に異常がないか確認することが大切です。
国立国際医療研究センター病院は、先進医療を提供する総合病院として、急性腎障害の原因となるさまざまな病気の治療を行ってきました。私たち腎臓内科では、緊急を要する急性腎障害に迅速に対応できるよう、5台の血液浄化装置を24時間、365日体制で使用できる環境を整えるとともに(2023年2月時点)、経験を積んだチーム(医師、臨床工学技士、看護師)が各診療科の医師と密なコミュニケーションを取りながら、腎臓だけでなく全身の状態を改善するためのお手伝いをしています。
また、当院は全国4か所に指定された“特定感染症指定医療機関”の1つです(2023年2月時点)。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においても、流行初期からCOVID-19感染患者さんに対する急性血液浄化療法にも速やかに対応してきました2)。今後、起こり得る新たな感染症に伴う急性腎障害に対しても適切な治療が行えるよう、日々研鑽を積みながら準備を進めています。
参考文献
国立国際医療研究センター病院 腎臓内科 血液浄化療法室統括医
国立国際医療研究センター病院 腎臓内科 血液浄化療法室統括医
日本内科学会 総合内科専門医日本腎臓学会 腎臓専門医・腎臓指導医・評議員・教育・専門医制度委員会 委員・CKD診療ガイド・ガイドライン改訂委員会 委員・JSN 5 カ年委員会 「人材育成・次世代への継承」項目 委員日本透析医学会 透析専門医・透析指導医日本アフェレシス学会 血漿交換療法専門医・評議員日本急性血液浄化学会 認定指導者日本高血圧学会 高血圧専門医・高血圧指導医日本透析医会 COVID-19関連論文紹介プロジェクト委員American Society of Nephrology(ASN) FellowAmerican College of Physicians(ACP) Fellow
国立国際医療研究センター病院初期研修医、内科チーフレジデントを経て東京大学腎臓・内分泌内科および血液浄化療法部に勤務。学位取得後に米国Vanderbilt大学腎臓高血圧内科にて3年間の基礎研究留学を経て、国際医療研究センター病院腎臓内科で勤務。専門分野は急性腎障害(バイオマーカー)、急性血液浄化・アフェレシス療法。内科系臨床研修プログラム責任者も併任しており、教育にも尽力している。
片桐 大輔 先生の所属医療機関
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