再生医療とは、失った組織や臓器を再生する医療であり、近年さまざまな医療分野で研究されています。それは耳鼻科領域も例外ではありません。内耳の細胞を再生させたり、細胞を培養し、シート状にしたものを中耳に移植するといった治療法も研究されています。
今回は、再生医療に必要な要素から、耳鼻科領域で行われている再生医療の研究について、東京慈恵会医科大学附属病院 耳鼻咽喉科診療部長の小島博己先生にお話しをうかがいました。
再生医療とは、疾患や事故により失った組織や臓器といったものを再生させる治療法です。2017年現在注目を浴びている医療分野でもあり、研究は世界中で盛んに行われています。
再生医療には、細胞、足場、調節因子の3つの要素が必要になります。たとえば、手を擦りむいたとします。一次的に皮膚はダメージを受けますが、時間が経過すると自然と新しい皮膚が再生されます。
なぜ再生されるかというと、皮膚の細胞が体に残っており、その細胞が生着できる血液の通っている足場があるからです。そして、足場の血液のなかには、細胞の増殖や分化に関係するサイトカインといったさまざまな調節因子が存在しているのです。この3要素があるため、自動的に皮膚は再生されるのです。
そのため、この3つの要素を用意し、適切な環境を作ることが、組織や臓器を人工的に再生させるための条件です。
細胞や足場といった再生医療に必要な要素は、近年非常に進歩してきています。進歩の1は、さまざまな種類の細胞ソースが発見され、使用できるようになったことです。今までの細胞ソースは、もともと自分の体内にある細胞が細胞ソースとして使われていました。しかし、ES細胞*やiPS細胞*といった人の手によってつくられる細胞の研究が進み、このような細胞を細胞ソースとして分化させ、目的となる組織や臓器を再生することが可能となったのです。
また、細胞を生着させるための足場も、工学部を中心に改良が進んでいます。組織が再生すると共に、体内に吸収されるような素材で足場をつくるといったことがされています。
ES細胞…胚性幹細胞のことであり、人間の受精卵を利用してつくられる。どんな身体の組織や臓器にも分化することのできる細胞といわれている。
iPS細胞…人工多能性幹細胞のことであり、人間の皮膚細胞などを利用してつくられる。ES細胞と同様、どんな身体の組織や臓器にも分化することのできる細胞といわれている。
上記のような進歩のなかでも飛躍的に再生医療の研究を盛んにしたものは、細胞シートの誕生です。
培養した細胞を患者さんに移植する場合、患者さんご自身の細胞、またはES細胞やiPS細胞といった人工的につくった細胞を、培養皿の上で温度管理をしながら栄養を与え、増殖させてから患者さんに移植します。
従来の移植方法はまず、培養皿の上で増殖させお皿に付着した細胞に、蛋白分解酵素というものを入れ、バラバラに分解させて回収します。そして、回収した細胞を注射器などで患者さんに移植します。しかし、この方法の場合、生着させたい場所に効率よく細胞が着かないという問題がありました。
そこで開発されたのが細胞シートです。細胞シートとは、細胞がシート状になっているものです。つくり方は、まず、培養皿の表面に特殊な液を付着させ、その上で細胞を培養させます。そして、細胞が増殖した段階で温度を下げると、培養皿から細胞がまとまってシート状にはがれ、細胞シートとなります。
この細胞シートを再生させたい場所に貼ることで、効率よく細胞を生着させることができるようになりました。たとえば、iPS細胞を心臓の細胞に分化させ、細胞シートにしたものを心臓に貼ることで、心臓の組織の再生が可能になったのです。
耳鼻科領域で研究されている再生医療の一部には以下のようなものがあります。
耳は、音が発生すると耳の穴を通って鼓膜が振動し、中耳という部分で骨(耳小骨)が動きます。そして、内耳という場所で電気信号へと変換され、神経を伝って脳まで届く仕組みになっています。しかし、高齢になるにつれて、内耳のなかにある音を脳へ伝える感覚細胞の機能が低下し、音が聞こえにくくなるのです。
そのような患者さんに対して、内耳のなかに新たな細胞と調節因子を入れ、細胞を復活させる、または、新しい細胞に入れ替えるという再生医療の研究が盛んに行われています。しかし、実用化という段階までは進んでいません。
また、そのほかにも気管の管を再生するといった研究なども行われています。
東京慈恵会医科大学では、中耳粘膜の再生医療である「培養鼻腔粘膜上皮細胞シート移植による中耳粘膜再生治療」の研究を行っています。この治療法は、本来中耳部分にあるはずの粘膜が欠損している患者さんに対して、鼻の粘膜細胞を培養し、シート状にしたものを移植します。そして、粘膜を再生させるという治療法です。
培養鼻腔粘膜上皮細胞シート移植による中耳粘膜再生治療の対象疾患は、真珠腫と癒着性中耳炎です。あまり聞いたことのない疾患かもしれませんが、真珠腫の場合、年間約3000人の方が手術治療の対象者となっています。東京慈恵会医科大学でも年間100例ほどの真珠腫の手術を行っています。
真珠腫と癒着性中耳炎とはどのような疾患なのでしょうか。以下では、真珠腫と癒着性中耳炎について説明します。
真珠腫とは、鼓膜の一部の上皮が袋状にへこんでしまい、そこに耳垢が溜まり次第に奥へと広がっていく疾患です。真珠腫が悪化すると、骨を溶かしたり顔の表情を動かす神経が麻痺するといった危険性があります。また、脳が近くにあるため髄膜炎を起こしたり、細菌により脳腫瘍を起こすこともあります。そして、血管が詰まった場合は、血栓を発生させることもり、非常に危険な疾患です。
癒着性中耳炎とは、乳突蜂巣の圧力の関係で、鼓膜が鼓室に癒着してしまう疾患です。鼓膜が振動しないため、聴力が低下します。
耳の後ろには乳突蜂巣(にゅうとつほうそう)という部分があります。乳突蜂巣はハチの巣状で発達するにつれて、粘膜がはられ空気が入っていきます。乳突蜂巣に粘膜と空気があることで、ガス交換ができ鼓膜がへこまないように調節しているのです。
正常な乳突蜂巣の場合、耳のCTを撮影すると乳突蜂巣部分は空気が入っているため、黒く映ります。
しかし、中耳炎*を繰り返し発症している方などは、乳突蜂巣が上手く発育できず粘膜や空気が入っていないことがあります。そのような問題があると、真珠腫や癒着性中耳炎などの疾患を引き起こすのです。
中耳炎…中耳に菌が侵入し炎症を起こす疾患。
真珠腫と癒着性中耳炎の治療法は、どちらも鼓室形成術という手術療法です。真珠腫の場合は、真珠腫を除去します。そして、癒着性中耳炎は、癒着した鼓膜をはがします。
しかし、鼓室形成術を行ったとしても、乳突蜂巣は異常なままであり、根本的な原因を治したことにはなりません。そのため、手術後も多くの患者さんが再発をしてしまい、予後がよい治療法とはいえませんでした。しかし、「培養鼻腔粘膜上皮細胞シート移植による中耳粘膜再生治療」によって、疾患の再発が防止できる可能性が高まったのです。
記事2『培養鼻腔粘膜上皮細胞シート移植による中耳粘膜再生治療とは 治療の流れや安全性、今後の展望について詳しく解説』では、東京慈恵会医科大学で行われている「培養鼻腔粘膜上皮細胞シート移植による中耳粘膜再生治療」の研究について、詳しい方法や今後の展望についてご説明します。
東京慈恵会医科大学附属病院 病院長
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