ハプロ移植とは、造血幹細胞移植など一般的な移植を行っても治療が難しいとされる患者さんにのみ適応される、白血病の治療法です。
白血病は小児がんのなかで最も患者数の多いがんです。白血病の治療法は複数あり、その多くは化学療法で治癒できます。しかし、まれに化学療法が効かず、移植をしなければならない場合があります。その際に造血幹細胞移植などの一般的な移植のほかに新しい移植として注目されているものが、ハプロ移植です。今回はハプロ移植について、福島県立医科大学小児腫瘍内科教授の菊田敦先生におうかがいします。
小児がんで最も多いとされる白血病など、小児がんの治療の中心は化学療法です。白血病では、8割近くの患者さんが化学療法(抗がん剤)で治療できるといわれています。しかしながら、白血病が再発してしまう場合があります。白血病が再発した際に、造血幹細胞移植が適応となります。
造血幹細胞は骨髄のなかで血をつくり出す細胞です。造血幹細胞移植は、白血病などで体の造血機能(血をつくり出す機能)が低下した際、正常な造血幹細胞を移植することで造血機能を回復させることを目的に行われます。
造血幹細胞移植の適応条件は以下の2つを同時に満たす必要があります。
特に②のHLAの完全一致は難しく、なかなかドナーが見つかりにくい点が課題です。さらに造血幹細胞移植は、治療を受ければ必ず治るわけではなく、造血幹細胞移植を受けた方のうち2割は治療しても奏功しません。
そこで、今回紹介するハプロ移植は、造血幹細胞移植を実施しても奏功しないと思われる白血病患者さんを対象にした、いわば「白血病治療の最後の砦(とりで)」です。
ハプロ移植とは、正式には「ハプロアイデンティカル」といい、「HLAが半分だけ一致している」という意味です。通常の造血幹細胞移植では、HLAが完全に一致していることが最低条件ですが、完全にHLAが一致するドナーをみつけることは容易ではありません。
ところが、繰り返しになりますがハプロ移植ではHLAが半分一致していればドナーとなることができます。この条件であれば、父・母なら100%適合しますし、兄弟や叔父、叔母、いとこなども適合者になります。患者さんの周りにドナー候補がたくさんいるため、ドナーがみつかりやすく治療効果も高い治療法であることがハプロ移植のポイントです。
難治性白血病で他の治療法の可能性がない方のうち、リンパ性白血病の場合は2割、骨髄性白血病の場合は3割がハプロ移植の適応です。しかし、すべての患者さんがハプロ移植を受けるわけではなく、あくまで患者さんの意志決定に基づいて方針を決定します。たくさんある治療の選択肢のひとつとして、ハプロ移植という方法があるとお考えください。
福島県立医科大学では小児を対象にしたハプロ移植を行っています。しかし兵庫医科大学など、一部の施設では成人を対象にしたハプロ移植を実施しているところもあります。
ハプロ移植は、免疫療法の一種として実施することもあり、年齢を問わずできる治療法です。
実際、他の治療の可能性はなくとも、合併症のリスクからハプロ移植をしないと決めた方もいます。それは患者さんの意志に基づくものですから、私たちが何か意見することはありません。
ただ、一度造血幹細胞移植を受けた後に再発した患者さんの場合は再移植しか方法がないので、ハプロ移植を選ぶ確率が比較的高いと考えています。
免疫療法は、あらゆる方法で体内の免疫細胞のはたらきを活性化させて、がん細胞と闘う治療法です。端的にいうと体本来の防御力(免疫力)を高めてがん細胞を攻撃します。
ハプロ移植を用いた免疫療法では、ドナーのT細胞(免疫細胞の一種)が白血病のがん細胞を攻撃することで治療効果が期待できます。がん細胞にもHLAが発現していることがわかっており、ハプロ移植ではHLAが半分しか一致していないため、半分異なるHLAを標的としてがん細胞をみつけやすい点がメリットです。一方で、がん細胞以外の正常な細胞を攻撃してしまうことがある点が問題点といえます。
正常組織の攻撃を最小限に、かつがん細胞への攻撃を最大限にすることがハプロ移植の治療のポイントでしょう。
移植は実施のタイミングが肝要です、しかし、ドナーが見つかるまで少なくとも3か月程度かかることは一般的で、その間に病状が悪化して移植そのものができなくなることもめずらしくありません。その点、ハプロ移植はドナーが見つかりやすく、病状が悪化する前に移植を受けられる可能性が高まります。
先に述べた通り、造血幹細胞移植は白血病の再発後、寛解状態である必要があります。しかしなかには、寛解に至らない方もいらっしゃいます。寛解していない方に対して造血幹細胞移植をしても効果はなく、救命は不可能ですが、ハプロ移植の場合は患者さんが寛解の状態ではなくとも治ることがあります。
他の移植法では治らない方に有効な治療法としてハプロ移植を選択できるという点は、メリットの一つといえるでしょう。
ハプロ移植は通常の造血幹細胞移植と比べ、よりいっそう治療後の容態管理が重要です。元来、移植にはGVHD(移植変宿主病:移植されたドナーの組織を異物とみなして攻撃してしまう症状)という重い合併症リスクがあります。
かつてハプロ移植を行った患者さんのほとんどが、GVHDによって亡くなったといわれるほどです。
この合併症を起こさないような調整はとても慎重にしなければなりませんし、患者さんの状況に応じて調整していきます。
当院では、1990年代後半ごろからハプロ移植を開始しました。2017年まででおよそ100例の白血病の患者さんに実施し、治療の流れも徐々に確立されつつあります。
この20年で確実に合併症の発症リスクの予測や軽減、対策などができるようになりましたし、迅速な対応も可能になりました。
合併症を早期に発見するためには、3つの重要なポイントがあります。
GVHDは予防が原則であり、通常の移植では1つあるいは2つの薬剤(免疫抑制剤)を組み合わせて予防します。しかし私たちのハプロ移植では、一般的によく用いられている薬剤であるタクロリムス水和物とメトトレキサートに加え、プレドニゾロンと抗ヒト胸腺細胞ウサギ免疫グロブリン(ATG)の4剤を併用しGVHD予防を行っています。ATGの投与量も重要であり、これまで報告されている投与量では過剰と考えられ、感染症などの合併症の頻度が非常に高くなることが知られています。そこで私たちはATGの量を段階的に減量し、最適な量を見出し、感染症とGVHDの重症化を少なくし、白血病を攻撃する力を最大限に引き出すことができました。しかし、ときにGVHDが重症化することがあります。
GVHDの徴候が患者さんにみられた場合、迷うことなく早めに次の手を打つことにしています。
ウイルス再活性化とは、体内にあるウイルスが体の中で増えてくることを指します。特に問題なウイルスがEBウイルスというものです。
EBウイルスは健康な人であっても多くが感染しているウイルスですが、普段であれば体の免疫機能が正常にはたらき、悪さをすることはありません。しかしハプロ移植直後でウイルスへの抵抗力が落ちていると、EBウイルスが活性化して症状が現れることがあります。
そこでハプロ移植後の合併症対策として、EBウイルスのDNAをあらかじめ計測し、体内のEBウイルスが一定量を超えるとすぐに対策できる体制を整えています。具体的にはリツキシマブという薬剤を投与することで、多くの場合コントロールすることができます。
カビ感染にも注意が必要で、特にアスペルギルスというカビが問題です。アスペルギルス感染症は主に肺に現れ、息切れなどの呼吸器症状や発熱、胸の痛みなどが現れます。
感染を防ぐため、抗真菌薬であるボリコナゾールを患者さんに予防的に投与します。通常は感染の徴候が出てから処方を切り替えますが、ハプロ移植を受けた方に対しては特例で感染前からボリコナゾールを使用します。
ハプロ移植後、約2年間経過観察を行って異常がみられない場合は、まずその後の再発はないと考えています。その代わり、3か月の入院生活(合併症が重い場合はさらに入院期間が延びます)と、術後2年間のとても慎重な外来フォローが必要になることを知っておいてください。
2年間再発がなければ、安心していただいても問題ないでしょう。
ハプロ移植のノウハウはまだ全国的には広まっていません。私は今後、この治療に関するノウハウを全国に広げ、各地の拠点病院に患者さんを集約して多くの移植をできるようにしたいと考えており、現在、準備を進めています。
公的資金(AMED)での申請のもと、計画書を作成して予算をいただき、2017年現在は臨床試験として当院でもハプロ移植を実施しています。ただし、最終的な治療効果に関する結果が出る時期は3~5年後(2020年頃)になる見込みです。
時間はかかりますが、それほど時間をかけてでもこの方法を日本中に広げて多くの小児がんの患者さんを救い、やがては治療ガイドラインにもハプロ移植について記載したいと考えています。
福島県立医科大学周産期間葉系幹細胞研究講座 教授/小児腫瘍内科 特任教授/小児・AYAがん長期支援センター 特任教授
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