子どもは、居場所が大人と比べて少なく、居場所が学校と家だけなどということもめずらしくありません。すると、少ない居場所でつらい思いをすると、大人が思うより容易に思い詰めてしまうことがあります。
もし、子どもにつらい気持ちを打ち明けられた場合、親や教員など、大人はどのように関わればよいのでしょうか。また、子どもが追い詰められる前に大人ができることはあるのでしょうか。国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦先生にお話を伺いました。
―― 子どもから死を考えるほどにつらいと相談された場合、どのように関わればよいのでしょうか。
松本先生:子どもが何か悩みを相談してきたときは、問題の解決につながらないことは言うべきではありません。たとえば「意思を強く持て」とか「根性で乗り越えろ」とか「やられたらやり返せ」などです。
そのような言葉を投げかけると、子どもは「勇気を出して大人に助けを求めても無駄なんだ」と絶望してしまいます。子どもの言葉や行動の裏側に潜む悩みについて話せそうであれば、その話によく耳を傾けてあげてください。
しかし、子どもが精神的に追い詰められる前に大人がすべきことがあります。子どもが死を考えるほどのつらさを感じる前に、日頃から子どもたちに「どうしようもなく手が負えない状況になったら大人に相談してね」と伝えることです。
―― 子どもが自傷をしている場合、どのように接すればよいのでしょうか。やめさせたほうがよいのでしょうか。
松本先生:自傷を無理やりやめさせることは、おすすめできません。自傷は、子どもたちが死を考えるくらいつらいときに、誰にも助けを求めずに痛みをもってその場を一時的にやり過ごしているだけなんです。
ゴールは自傷をしなくなることではなくて、つらいときに人に助けを求められるようになること。あるいは、助けを求められるような人が近くにいるような新しい関係性を作ることなんです。そのゴールを目指すために、どうやって自傷と付き合うかが問題になってきます。
松本先生:自傷をしている子どもたちの多くは、その痛みでつらい思いをやり過ごすことが習慣になっているので、すぐに自傷をやめることは難しいです。その状況で「必ず自傷をやめなさい」といったら、その子は追い詰められてしまいます。
人に助けを求めることもできず、かえって自傷をやめることもできなくなって、どうにもならなくなってしまうのです。
ですから、直ちに自傷をやめさせるのではなく、なかなか自傷行為を止められないことを安心して話し合えるつながりを作るということが大事です。
「また自傷しちゃったんですよ」と子どもに打ち明けられたら「何かあった?話せそう?」という風に聞いてみてください。
問題解決までの苦労はあるかもしれませんが、何回か話していくうちに、だんだんとよい方向に向かっていくことが多いです。
―― 子どもが大人に相談できる状態ならまだよいのですが、1人で抱え込んでしまうこともあると思います。そのような場合にはどうすればよいのでしょうか。
松本先生:子どもにスマホを持たせるのは1つの手だと思います。いくつかの自治体では、子ども向けのLINE相談サービスを始めています。
また、スマホがあればSNSやブログ、ニュースサイトなどからいろんな人の生き方などさまざまな情報を得たり、SNSで誰にも言えない気持ちや悩みを吐き出したりできます。
――スマホさえあれば多くの情報を得られますもんね。「この悩みを抱えているのは私だけじゃなかったんだ」と知ることもできますし。しかし、子どもにスマホを持たせることはまだ早いというご家庭もあるかと思います。
松本先生:もちろん、子どもにスマホを持たせるか否かは各家庭の自由です。しかし、子どもであってもスマホはいずれ使うものなので、可能であれば持たせてあげたほうがよいと思います。先ほども伝えたように、子どもがつらさを抱えているときなどに有効に使えるケースもあるからです。
死にたくなったとき、誰にも言えない悩みを抱えたとき、スマホでインターネットにアクセスすることで同じような経験をしている仲間やそれを乗り越えた大人の存在を知れば、自殺抑止につながるかもしれません。
また、リアルで相談相手がいなくとも、ネット上で相談相手がみつかることで最悪な事態を避けられるかもしれませんよね。
親御さんや学校の先生には、できれば子どもからスマホを取り上げないでほしいです。
――スマホの話に限らずですが、ピンチのときにどうすればよいのかを子どもに教えることは本当に重要なことだと思います。実際にあまり役に立たないことを教えられるより、家に居場所がなくなったときや精神的につらくなったときなど具体的な対処法などを大人に教えてもらいたかったです。
松本先生:最近では、学校の授業でSOSの出し方について教育しているところもありますよね。しかし少し前まで、学校では命の大切さや尊さのような、実際にはあまり役に立たないと考えられる道徳教育に時間を費やしていたように思います。
そのような教育をするのであれば、たとえば実際に保健師に学校に来てもらって、保健師の役割やその地域の保健所の場所を教えてもらったりと、リアルに役立つ社会資源の紹介をするべきなんだけども……。
※市町村の保健所や保健センターに行けば、保健師が相談にのってくれる
―― 子どもたちの大半がトラブルを抱えたときの対処法を知っている状態を作るには、やはり学校での教育が大切なんですね。
松本先生:これから徐々に、教育が変わってくれればと思います。保健体育の学習指導要領*にはメンタルヘルス教育が再導入されたことで、少し期待しています。
子どもにメンタルヘルスについて教えることは非常に大事です。10代の子どもたちはさまざまなメンタルヘルスの問題を抱えますが、精神科の病名がつくような子どもはむしろ少ないのです。
子どもたちがメンタルヘルスに問題を抱える理由は、精神科の病名がつく手前にある「生きづらさ」を感じているからなんですよね。
「生きづらさ」を抱えている子どもは、親がメンタルヘルスの問題を抱えている場合も多い傾向にあります。
その点でも、子どもたちが自分の家庭を客観的に考えるためにも学校でメンタルヘルスのことを伝えるのはすごく大事だと思います。
学習指導要領…文部科学省が定める各学校(小学校〜高等学校など)が教育課程を決める際の基準
子どもが深く悩んでいる場合、どのように関わればよいのか悩む親御さんや先生方がいらっしゃると思います。
決して子どもを責めたり怒ったりせず、まずは話を聞いてあげましょう。そうすれば、解決の糸口がみつかるかもしれません。