多系統萎縮症(MSA)は、脊髄小脳変性症*と呼ばれる病気のひとつです。日本では、最初に現れる主な症状から、線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群の3つの病型に分類されます。
このうちシャイ・ドレーガー症候群では、最初に自律神経障害*が現れます。今回は、国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科診療部長の髙橋 祐二先生に、多系統萎縮症のひとつであるシャイ・ドレーガー症候群の特徴や治療についてお話しいただきました。
脊髄小脳変性症:脳の一部が障害されるために歩行時のふらつきなどの症状が現れる神経の病気の総称
自律神経障害:自律神経が障害されることによって、立ちくらみや失神、尿失禁や残尿などが起こること
多系統萎縮症は、脊髄小脳変性症のひとつです。脊髄小脳変性症とは、脳の一部、特に小脳や脊髄と呼ばれる場所が進行性に障害されることによって、歩行時のふらつきなどさまざまな症状が現れる神経の病気の総称です。
多系統萎縮症は、最初に現れる主な症状から以下の3つの病型に分類されます。
どの病型であっても、病気の進行とともに徐々に他の病型を合併していきます。そのため、発症初期の主症状は異なりますが、最終的には程度の差こそあれすべての病型の症状が現れる点が特徴です。
お話しした3つの分類とは別に、多系統萎縮症では、Gilman分類と呼ばれる国際的な診断基準(その病気の診断方法や治療方法を定めた指針)が定められています。Gilman分類では、以下のように病気が分けられています。
そのため、多系統萎縮症の診療では、「MSA-C」や「MSA-P」という言葉が使われることがあります。ご紹介した3つの病型にあてはめると、MSA-Cがオリーブ橋小脳萎縮症、MSA-Pが線条体黒質変性症に該当します。2018年5月現在、国際的な診断基準では、シャイ・ドレーガー症候群に該当する分類はありません。これは自律神経症状は多系統萎縮症の診断に必須の症状として、MSA-P・MSA-Cの診断基準に含まれているからです。
シャイ・ドレーガー症候群は、お話ししたように多系統萎縮症の病型のひとつです。日本では、多系統萎縮症の約16%を占めるといわれています。
シャイ・ドレーガー症候群では、最初に自律神経障害が現れる点が特徴です。特に、起立性低血圧*による立ちくらみや失神が起こったり、尿失禁や残尿、排尿困難が現れたりすることが多いです。
起立性低血圧:立ち上がったり起き上がったりしたときに、過度に血圧の低下が起こる症状
シャイ・ドレーガー症候群は、40歳代以降の発症が多いです。特に、50歳代に発症しやすいと考えられます。発症における男女比は、3対1の割合で男性の発症が多いといわれています。
シャイ・ドレーガー症候群の発症初期の主な症状は、自律神経障害による症状です。自律神経障害では、さまざまな症状が現れます。
特に、この病気では起立性低血圧のために立ちくらみや、失神が起こることが多いです。起立性低血圧では、横になった状態や座った状態から立ち上がったときに、急激に血圧が低下します。急激な血圧の低下に伴い、立ったときにふらついてしまったり、意識を失ってしまったりすることがあるのです。
また、尿失禁や排尿困難、残尿などの排尿障害が現れることも多いといわれています。他にも、汗をかきにくいなどの発汗障害が現れることがあります。男性であれば、インポテンツも認められます。
お話しした自律神経障害による症状に加えて、病気の進行とともに徐々に他の病型の症状が現れるようになります。
パーキンソン症状を合併すると、表情が乏しくなったり、筋肉が硬くなり歩行や動作が遅くなったりなどの症状が現れるようになります。小脳症状を合併すると、話すときに呂律が回らなくなったり、起立や歩行時にふらついてしまったりなどの症状が現れるようになります。
どの症状をいつ合併するかは、患者さんによって異なります。
多系統萎縮症では、自律神経障害の程度が強く現れる場合に、重症化しやすいことがわかっています。そのため、早期から自律神経障害が強く現れるシャイ・ドレーガー症候群は、他の病型と比べて重症化しやすい傾向があります。
多系統萎縮症の診断のための診療では、症状を確認していきます。シャイ・ドレーガー症候群の場合には、起立性低血圧や排尿障害があれば、診断のための重要な情報になります。
しかし、他の病型と比べて、シャイ・ドレーガー症候群は、症状から病気を疑うことが非常に難しいといわれています。それは、起立性低血圧や排尿症害など自律神経障害が現れる病気は他にもたくさんあるからです。また、起立性低血圧自体は循環血液量減少など自律神経障害以外の要因によって起こることもあります。
しかし、起立性低血圧に関しては、特徴的な所見があります。通常、起立性低血圧は、立ち上がったときに血圧が下がります。そのとき、反射性頻脈と呼ばれる脈が速くなる症状が現れます。しかし、シャイ・ドレーガー症候群の方は、血圧が下がっても脈が速くなりにくいです。これは、循環血液量減少による起立性低血圧と、シャイ・ドレーガー症候群による起立性低血圧を鑑別するための重要なポイントのひとつです。
症状の確認に加えて、MRI(磁気を使い、体の断面を写す検査)によって特徴的な画像所見を確認します。この画像所見は、病気が少し進行したときに現れるという特徴があります。そのため、発症して間もない段階では、現れないことが多いです。
また、自律神経機能を測る検査や残尿を測る検査、脳SPECT*などを行い、診断の参考にすることもあります。
脳SPECT:脳の血流の状態を調べる検査
お話ししたように、自律神経障害が現れる病気は他にもたくさんあります。そのため、発症して間もない段階では、この病気と診断されないことも多いです。経過を観察し、最初の診療から数年後に、診断されるケースもあります。
多系統萎縮症のうちシャイ・ドレーガー症候群の患者さんは、発症から5〜8年程度で歩くことができなくなることが多いです。ただ、進行の速度は患者さんごとに異なります。
さらに進行すると、発症から約9年で嚥下障害による窒息や、気道閉塞による無呼吸で亡くなることが多いといわれています。このような場合に、気管切開・人工呼吸器によって呼吸管理を行うケースもあります。
しかし、これらの原因とは別に、原因がわからず突然亡くなることもあります。多系統萎縮症には、このような原因不明の突然死のリスクがあることが報告されています。
2018年5月現在、病気を根本から治す治療方法はみつかっていません。現状では、以下のように、症状を和らげる治療を行います。
起立性低血圧の治療では、血圧を上げる効果のある薬によって治療を行います。他にも、低血圧を防ぐために、塩分摂取をすすめたり脱水にならないよう指導を行ったりすることもあります。また、低血圧に効果のある弾性ストッキングの着用も推奨されています。
起立性低血圧の治療では、注意すべき点があります。それは、横になっているときに高血圧にならないようにすることです。
起立性低血圧では、立ち上がったときだけ急激に血圧が下がります。しかし、立ち上がったときだけ血圧を上げるような治療法はありません。そのため、血圧を上げる治療のために、横になっているときや座っているときに高血圧になってしまわないよう、薬の調整が大切になるでしょう。
また、食後、入浴後、排尿・排便後には、起立性低血圧が起こりやすいことがわかっています。医師の指導のもと、このように起立性低血圧が起こりやすい状況では安静にしていただくことで、立ちくらみや失神を防ぐことができると思います。
排尿障害も薬によって治療を行います。ただし、排尿障害に効果のある薬のなかには、起立性低血圧を悪化させる可能性のあるものもあります。そのため、薬の選択や量の調整が大切です。
排尿障害によって排尿が困難になると、カテーテルの管を入れて人工的に尿をだすケースもあります。特に、失禁をしてしまったり、残尿があったりするような状態では、感染症のリスクが高くなってしまいます。そのため、カテーテルによって排尿を管理するケースもあります。
病気が進行すると、食物や水分を飲み込むことが難しくなる嚥下障害を起こすことが多いです。嚥下障害のために食事をとることが難しくなると、飲み込みやすい嚥下食を取り入れることがあります。また、胃ろう(胃に穴をあけチューブから栄養をとりいれること)を導入することもあります。
嚥下障害が起こると、誤嚥性肺炎(食べものや唾液などと一緒に、誤って細菌が気管に吸引されることで生じる肺炎)を生じるリスクが高くなります。誤嚥性肺炎を予防するためには、口腔内の清潔が保たれていることが大切です。口腔内のケアを行うことが予防につながるでしょう。
2018年5月現在、多系統萎縮症の新たな治療法確立に向けた臨床試験(新しい薬や治療法を開発するために、人で効果や安全性を調べる試験)が始まっています。今後は、病気を根本から治す治療が確立される可能性もあります。
また、2018年5月には「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018」が刊行されました。病気の説明から症状・検査・診断・治療・リハビリまで網羅された充実した内容になっています。
シャイ・ドレーガー症候群は、早期から日常生活が困難になりやすい症状が現れる点が特徴です。立ち上がったときのふらつきや失神、排尿障害などによって通常通りの生活を送ることが難しくなるケースも少なくありません。
そのため、治療を続けるためには、主治医だけではなくケースワーカーなど地域のサポート体制が欠かせません。病院と家族、地域全体で患者さんをサポートしていく体制が大切になると考えています。周囲のサポート体制を上手に活用しながら治療を続けてほしいと思います。
国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科診療部長
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