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戸塚区を中心にさまざまな医療サービスを展開する「横浜柏堤会」のあゆみと...
横浜市戸塚区を中心に、病院・クリニック・施設などさまざまな機能を持った医療を展開する医療法人横浜柏堤会。法人理事長である横川秀男先生は、これまで26年間にわたり、「この地域に必要な医療は何か」を...
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戸塚区を中心にさまざまな医療サービスを展開する「横浜柏堤会」のあゆみと横川秀男先生の想い

公開日 2019 年 03 月 15 日 | 更新日 2019 年 03 月 15 日

戸塚区を中心にさまざまな医療サービスを展開する「横浜柏堤会」のあゆみと横川秀男先生の想い
横川 秀男 先生

医療法人 横浜柏堤会 理事長  戸田中央医科グループ 副会長

横川 秀男 先生

目次

横浜市戸塚区を中心に、病院・クリニック・施設などさまざまな機能を持った医療を展開する医療法人横浜柏堤会。法人理事長である横川秀男先生は、これまで26年間にわたり、「この地域に必要な医療は何か」を追求しながら、医療サービスの展開に邁進してこられました。今回は、医療法人横浜柏堤会のこれまでのあゆみと今後の展望について、理事長の横川秀男先生にお話を伺いました。

戸塚共立病院の再建

経営破綻寸前だった戸塚共立病院

戸塚共立病院(現:戸塚共立第1病院)は、その昔、多くの患者さんで盛況しており、周辺地域では「病院」というと戸塚共立病院のことをいったほどだそうです。しかし、時が経つにつれ、高齢となった医師が引退していく一方で、若い医師が入ってくることはなく、次第に患者さんの数も減少していきました。さらに、収益の要であった産科も、ベビーブームが終わるにつれて収益を確保できなくなっていき、病院全体が赤字に追い込まれていきました。そのような中で、私は経営破綻寸前ともいえる状態だった戸塚共立病院の副院長に就任しました。

「共立」という名前を残して病院再建へ

病院の再建にあたり、それまでのイメージを一新するためにも戸塚共立病院の名前を変えるべきなのでは、という意見は多方面からありました。戸塚共立病院の由来は、もともと企業立病院だった病院を企業が手放した際、有志の医師数名が出資して「共に立てた」ことにあります。

「伝統ある戸塚共立病院の名前は変えたくない。それに、名前を変えないで患者さんがまた来るようになったら本物だ。」と、当時36歳と若かったこともあり、私は「共立」という名前を残して再建に乗り出すことにしました。

医療を必要としている方に医療を提供する、という当たり前をこの地に

初めて戸塚共立病院に来て感じたことは、「なんて人が多い活発な場所なんだろう」ということです。病院の前の商店街はたくさんの人が行き交い、大企業もあったため、駅やバスセンターも多くの人で溢れていました。その光景を見た私は、「こんなにもたくさんの人がいる地域なのだから、当たり前のことは当たり前にできる病院にしないといけない」と強く心に決めたのです。

再建にあたってまず始めたことは、「救急患者さんを絶対に断らないこと」です。どのような症例でも絶対に断らずに受け入れ、当院では処置困難と判断した場合には、私が救急車に同乗して近くの大学病院まで患者さんを搬送することもありました。

また当時は手術室の設備が不十分で、虫垂炎の手術すらきちんとできないような状態でした。そのため、病院再建に取りかかる際に手術室の改装工事を行い、改装後はできる手術も少しずつ増えていきました。

外来の機能分化とニーズに応じた医療サービスの展開

横川秀男先生

救急室がなかったことが、外来の機能分化の始まりだった

救急患者さんを断らないと決めて積極的に受け入れを始めたところ、最初は月に数台しか来なかった救急車が、1、2年後には月に300台ほども来るようになりました。外来患者さんの数も増えてきて、1日に1000人近くの患者さんがいらっしゃったこともあったほどです。真面目にやっていれば認めてもらえるんだな、ということを強く実感しました。

日々たくさんの救急車が来るにもかかわらず、当時は救急室がなく、外来に直接ストレッチャーが入ってくるような状況でした。しかし、救急室が作れるようなスペースは病院内にはありません。

そこで行ったことが、「外来の機能分化」です。建物の構造上、キャパシティに限界があったため、病院に絶対なくてはならない手術室や救急室は病院の中に、病院になくても患者さんの迷惑にならない一部の外来機能は病院の外へ出すことにしたのです。

そのようにして、耳鼻いんこう科・小児科・眼科・皮膚科を病院外に移し、病院附属のクリニックとして「さくらクリニック」を開院しました。外来移転によって空いたスペースには、救急室と内視鏡室を新設しました。

必要とされている医療は何か―街へ出向き、住民の声に耳を傾けた

さくらクリニックの開院を皮切りに、外来の機能分化を進めることにしました。それにあたって、「この地域が必要としている医療は何か」を知るために、医師会や町内会など地域の方々が集まる場所に積極的に顔を出し、地域の方々が医療に対して持っている要望を拾い上げました。

そのような活動をしていると、必然と地域の方々との親交も深まってきます。そしてあるとき、親交のあったサクラス戸塚ビルのオーナーさんが「うちのビルの2フロアで、何か医療をやってくれませんか?」と声をかけてくださったのです。駅からとても近いビルだったので、小さいお子さんを連れたお母さんが来やすいようになればと思い、さくらクリニックの耳鼻いんこう科と小児科を移転し、2009年に「戸塚共立おとキッズクリニック」を開院しました。

もう1フロアで何をやろうかを考えた結果、横浜市には乳腺外科に力を入れている病院が少なかったことから、同年に「戸塚共立第1病院附属 サクラス乳腺クリニック」を開院しました。2019年現在、女性医師や技師による乳がん検診や診断を行っており、毎月20例前後の乳がんを新たに診断しています。手術が必要な場合には、患者さんが希望する病院へご紹介しています。

翌年、2010年には人工透析クリニック「戸塚共立ステーションクリニック」を開院しました。こちらもサクラス戸塚ビルのオーナーさんから、新しくオープンした駅ビルのスペース活用に、声をかけていただいたためです。以前から外来透析ができれば、と思ってはいたものの戸塚共立第1病院にそのようなスペースはありませんでした。そこで実際に現地を見に行ってみると、外来透析を行うには十分すぎるほど広いスペースであるうえに、駅直結で透析患者さんも通いやすく、透析クリニックを始めるには最良の場所でした。こうして、透析クリニック開院の実現に至ったのです。

戸塚共立第2病院、戸塚共立リハビリテーション病院の開設

循環器疾患とスポーツ整形外科に強みを持つ、戸塚共立第2病院

2001年には、戸塚共立第2病院を新築移転・開設しています。そして、心臓血管外科医である私の念願だった心臓血管外科手術や、カテーテル検査・治療ができるように設備を整え、循環器疾患診療を本格的に開始しました。

2015年には2号館を開設し、スポーツ整形外科の開設や、駐車場の増設を行いました。このような整備が進められたおかげもあり、今では1日500人以上の外来患者さんが来てくれる病院となりました。

戸塚共立リハビリテーション病院の開設

2009年に開設したのが、「戸塚共立リハビリテーション病院」です。当時、戸塚共立病院で治療が終わった患者さんの受け皿となるような施設が不足していたことから、回復期リハビリテーションを提供できる病院を開設しようと考えたのです。

そこでまず、病院が建設できるだけの大きな土地が見つかりそうな駅の周りを、何度も行ったり来たりしました。そうして自分の足で探し回っているうちに、横浜泉郵便局の横に、活用されていないと思われる大きな農地があることに気づいたのです。

その土地を所有されていたのは、私が地域で長くお付き合いをしていた方のお知り合いで、病院を建設したいことを伝えると、協力して頂けることになったのです。またしても、人とのご縁から生まれた幸運でした。

そして回復期リハビリテーション病棟が50床、整形外科の一般病棟が50床の計100床の病院を開設し、地域の急性期病院の受け皿となっています。

医療介護複合施設「ONE FOR ALL 横浜」

地域の要望に応える形で開設した施設

2017年には、「ONE FOR ALL 横浜」という医療介護複合施設を、旧戸塚区役所跡地に開設しました。開設にあたり地域の方々へどのようなサービスが必要かというアンケートを実施したところ、「介護付き高齢者施設・子育て支援施設・医療施設」が上位であったことから、次の4つの施設を開設しました。

  • 戸塚共立レディースクリニック(産科・婦人科診療)
  • 戸塚共立透析クリニック(透析治療)
  • 戸塚共立ひかり病児保育室(病気のお子さんの一時お預かり)
  • 戸塚共立ゆかりの里(介護付き有料老人ホーム)

また、産婦人科クリニックの開設に関しては、「原点に立ち返る」という想いもありました。

先ほどお話ししたように、かつて戸塚共立病院は産科で隆盛していた病院でした。しかし、病院再建時、産科を立て直す時間的・人材的余裕を作ることができず、「いつか必ず再開します」と経営陣に約束し、一度産科を閉めることにしたのです。

この約束は常に心の中にあったものの、なかなか実現できずにいました。しかしONE FOR ALL 横浜の開設を機に、ようやくかつての約束を果たすことができました。

横川秀男先生が目指す、今後の展望

横川先生

戸塚共立第1病院の新築移転

横浜柏堤会では、地域の声に耳を傾けながら、戸塚区を中心に医療サービスを展開してきましたが、まだまだご要望に応えきれていないこともたくさんあります。

その1つが、戸塚共立第1病院の老朽化です。築40年ほどの建物のため、さまざまな面で患者さんにご不便をおかけしていることも多々あります。そこで次なる目標として、病院の新築移転を考えています。

2020年中に新築移転工事を着工させたいと考えており、すでに現在の病院から徒歩2分の場所に土地を用意しています。新築移転後は、増床許可が頂ければ、現在ある148床の急性期病棟に加えて、60床の回復期リハビリテーション病棟を増設する予定です。加えて、これまでなかなか強化できなかった脳神経外科にも力を入れたいと考えています。

患者さんにアメニティのよい綺麗な病院でゆったりと過ごしていただき、職員が働きやすい病院を作ることが、次なる大きな課題です。

さらにその後は、現在の病院を再利用して、今後よりニーズが高まるとされる在宅医療を拡大することが目標です。また健診センターである戸塚メディカルサテライトもたくさんの方に利用していただき手狭になってきたため、拡大できればと考えています。

機動力を生かし、誰もが住みやすい街を作りたい

これまでの26年間を振り返ると、私たちが戸塚区を中心にさまざまな医療サービスを展開できたのは、人とのつながりがあったからです。

人材確保の面では、大学時代所属していたラグビー部や、親交のあったほかの部活動の仲間達の力を借りてきました。26年間、大変なこともありましたが、学生時代の部活動が続いていたようで、とても面白かったです。そして、地域の方々のご協力がなくては、地域のニーズに合わせた医療サービスを提供することはできなかっただろうと思っています。

私たちは、大学病院などの大病院が提供するような高度な医療を全ての科で行えるわけではありません。しかし、機動力がある私たちだからこそ、できる医療が必ずあります。機動力を目一杯生かし、地域の方々とともに支え合いながら、誰もが住みやすい街を作っていきたいと思います。

医療の視点(横川 秀男 先生)の連載記事

昭和大学医学部を卒業後、心臓血管外科医としての技術を積む。1993年に36歳という若さで戸塚共立病院の副院長に就任し、病院再建に乗り出す。現在、横浜柏堤会の理事長として、地域に根ざした多様な医療サービスを展開する。