嚥下障害とは、食べ物がうまく飲み込めない状態のことです。重度の嚥下障害に対して行われる誤嚥防止術は、誤嚥性肺炎を予防するとともに、痰の吐き出しが困難な方の喀痰吸引回数を減らしてQOL(生活の質)向上につなげることが期待できます。本記事では嚥下障害と誤嚥防止術について、熊本機能病院 耳鼻咽喉科の鮫島 靖浩先生にお話を伺いました。
“嚥下”とは、物を食べる一連の動作のなかで“飲み込む”動作のことを指します。嚥下障害では何らかの原因で、この飲み込むという動作が難しくなります。
嚥下障害になると、唾液や食べ物と一緒に誤って口や咽頭から気管へ細菌を吸引し、命に関わることのある肺炎を発症する恐れがあります(誤嚥性肺炎)。また、食事を取ることが困難になって低栄養、脱水などをきたす恐れもあり、改善を図ることが必要です。食べる楽しみが奪われて生活の質が低下することも、嚥下障害における重要な問題となります。
嚥下には舌や喉など複数の器官が関与しており、それらの器官が障害を受けることによって嚥下障害をきたします。そのため、嚥下障害が起こる原因は多岐にわたります。なかでも、脳梗塞や脳出血といった脳血管障害(脳卒中)は、原因疾患の6割を占めます。ほかにも、アルツハイマー病やパーキンソン病、加齢に伴う筋力低下、舌がんや咽頭がんなどの腫瘍、認知症などその原因はさまざまです。
嚥下障害では、飲み込みにくくなったという自覚症状(嚥下困難)や、食事の際にむせる(誤嚥)といった症状が現れます。患者さん本人から訴えがなくとも“食事に時間がかかる” 、“飲み込んだ後に咳込みやすい”といった特徴から判断することも可能です。特に誤嚥は、先述のように誤嚥性肺炎という肺炎につながることがあるため、注意が必要です。また、むせや咳がなくても誤嚥していることがあり(不顕性誤嚥)、肺炎を繰り返す場合には注意が必要です。
嚥下障害の検査には、主に次のような方法があります。
嚥下障害の状態や進行の状況(飲み込みにくさ、むせの有無、食事に要する時間、体重の変化など)、発熱や肺炎の有無、経口摂取に対する意欲の有無、既往歴・基礎疾患の有無、日常行動・生活様式(介護状況、寝たきりかどうか)などを確認します。
嚥下障害では、発症や重症度にさまざまな要因が影響するため、精神機能(意識レベル、認知機能)や身体機能(運動機能、呼吸機能)を確認する必要があります。
嚥下障害の原因や状態を知るために、一般的な耳鼻咽喉科で行われる診察を基本として、気管切開孔の有無と状態を調べることも重要です。
唾液を30秒間に何回嚥下できるかを確認する反復唾液飲みテストや、水を飲んで誤嚥の有無や嚥下運動を確認する水飲みテストなどが行われることがあります。
嚥下内視鏡検査は、細い管状の医療機器である内視鏡を咽頭に入れ、嚥下の様子を観察する検査です。咽頭や喉頭に異常がないかどうかや嚥下機能を詳しく調べることができます。
造影剤を混ぜた食物や液体を飲み込んでもらい、X線で嚥下の様子を観察します。いろいろな食形態や姿勢で詳しく調べることができます。
嚥下障害では、患者さんの状態によって次のような対応や治療を行います。
嚥下障害が軽度の場合は、水分にとろみをつけることで咽頭への流入速度を緩やかにするなど、食べ物の形態に工夫をして誤嚥を防ぎます。ある程度以上の障害がある場合、経口のみでは栄養摂取が不十分になるため、高カロリー輸液の静脈内投与や経管栄養(細い管を用いて胃や腸に直接栄養剤を注入する方法)を行うこともあります。
嚥下障害では食事の摂取による肺炎や窒息などのリスクに注意しながら、患者さんの食べる楽しみや家族の要望を十分考慮して、次のようなリハビリテーションに取り組みます。
専門的な口腔ケアは高齢者の誤嚥性肺炎の発生率を低下させることが報告されていることから、口内の清掃や衛生管理を行います。
患者さんの状態に合わせて、次のような嚥下訓練が行われます。
患者さんの嚥下障害の状況によっては、経管栄養による栄養管理を目的とした胃瘻造設術*や、気道管理を目的とした気管切開術が行われることがあります。ただし経管栄養でも唾液の誤嚥などは起こり得ることや、胃からの逆流物を誤嚥することがあること、気管切開は一般的に誤嚥症状を悪化させるといわれていることから、どちらの手術をした場合でも誤嚥性肺炎には継続して注意が必要です。
*胃瘻造設術:体の表面から胃の中に通じる穴(胃瘻)を開ける手術。
治療の基本となるリハビリテーションで改善が難しい場合、手術を検討することがあります。検査によって患者さんの状態を把握し、ご本人やご家族の希望を十分考慮したうえで、より適した方法を決定します。
嚥下障害に対する外科的治療には大きく分けて2つの方法があります。呼吸や発声機能などの喉頭機能を温存しつつ嚥下機能の改善を目指す“嚥下機能改善手術”と、発声機能は失い気管切開からの呼吸が必要になるが、誤嚥を確実に防ぐ目的で行われる“誤嚥防止術”です。
嚥下機能改善手術は、飲み込みやすくする手術ですが、誤嚥を防ぐ手術ではありません。そのため誤嚥しても自分で吐き出すことができる患者さんで、肺炎の頻度が低い方が対象です。代表的な術式には、輪状咽頭筋切断術や喉頭挙上術などがあり、障害の状態に応じて手術を組み合わせます。
嚥下機能改善手術は喉頭の機能を温存できる(発声できる、気管切開が不要)というメリットがある一方、舌による食べ物の送り込みといった口腔期障害は改善できません。また、飲み込みがよくなるためには手術後のリハビリテーションが必要です。
嚥下障害による誤嚥を防止するためには、呼吸の通る道(気道)と食べ物の通る道(食道)を分けることが必要です。その手段として、気道と食道を分離して誤嚥を止め、永久気管孔*を造設する誤嚥防止術があります。誤嚥防止術には“喉頭閉鎖術”、“喉頭摘出術”、“喉頭気管分離術”や“気管食道吻合術”などさまざまな術式が考案されており、障害の状態に応じて選択されます。
いずれの術式でも誤嚥防止の効果は変わりませんが、侵襲(体に対する負担)の点では喉頭閉鎖術がもっとも優れています。
喉頭摘出術は食物の通過がもっともよく、手術侵襲の少ない術式も考案されていますが、病気が進行して嚥下機能が喪失すると摂食不能になります。嚥下機能が少し残っていてできるだけ長く食べたい方にはよいかもしれません。
喉頭気管分離術や気管食道吻合術は、嚥下障害が改善した場合には元に戻せる点で優れた術式ですが、誤嚥防止術の適応となる状態では回復する可能性はありません。また、永久気管孔の狭窄や出血の危険性もあるため最近は選択されることが減ってきました。
*永久気管孔:呼吸できるようにするため首に気管を縫いつけて作る穴のこと。
誤嚥防止術は、誤嚥のリスクを完全に排除して肺炎や窒息を予防できる点が大きなメリットです。痰の吐き出しが困難な方では喀痰吸引回数を減らせたり、夜間もよく眠れるようになったりするため、患者さんおよび介護者の負担が軽減されます。生活の質の改善が期待できるとともに、在宅医療がより現実的になることから、重度の嚥下障害に対する治療の選択肢になります。また、嚥下機能がある程度残っていれば口から食べることも可能になります。
発声機能を失うことと永久気管孔が必要なことが誤嚥防止術のデメリットです。また、誤嚥防止術はあくまで誤嚥を防止するために行うもので、食べられるようにするための手術ではありません。嚥下機能がある程度残っていると経口摂取が可能となる場合もありますが、病気の進行により経管栄養などの代替栄養法が必要になることもあります。そのほか、誤嚥性肺炎は確実に予防できるものの、気道感染(呼吸器感染症)による肺炎は必ずしも防止できるわけではないことには注意が必要です。
なお、発声機能は失いますが、術前の構音機能(口唇、舌、口蓋、咽頭で言葉を作るはたらき)がよければ、すなわち、はっきりした言葉でしゃべることができるなら、術後に人工喉頭や気管食道シャントを用いて声で会話ができる人もいます。
誤嚥防止術は、次の場合に適応となります。
患者さんやご家族には、手術の目的が誤嚥防止であること、発声機能が喪失されること、必ずしも術後に口から食事を取れるわけではないことを十分説明したうえで、実施するかどうかを判断します。
熊本機能病院では、誤嚥防止術を含めさまざまな嚥下障害治療を行っています。嚥下障害について気になることやお悩みがあれば、遠慮なくご相談ください。
熊本機能病院 耳鼻咽喉科 部長
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