多汗症とは、日常生活に支障をきたすほど大量の汗をかく病気です。全身に大量の汗をかくものを“全身性多汗症”、手のひら・足の裏・腋など一部に大量の汗をかくものを“局所性多汗症”といいます。何らかの病気が原因に生じる続発性の多汗症では、まず原因となる病気の治療が検討されることが一般的です。一方、原因の分からない原発性の局所多汗症は、第一に薬物などの保存的治療を行い、それでも効果が不十分であった場合に手術治療が検討されます。
本記事では、多汗症に対する手術治療の概要や保険適用の有無、費用などについて解説します。
胸腔鏡下胸部交感神経節切除術(ETS)とは、胸部内部を観察しながら交感神経節を切除する治療法です。多汗症は胸部の交感神経節の活動が発作的に活発になることで、発汗の命令が交感神経を通じて手や顔・腋の下など特定の部位に届けられ、多汗となる病気です。そのため、この活動力が高まる病的な交感神経節を切除することで、多汗症の治癒が期待できるとされています。
近年では細径胸腔鏡を用いることで、1か所3~4mm程度の皮膚切開から実施可能です。手術は全身麻酔下で行われ、治療時間は胸部の片側で20〜40分程度です。患者の状況にもよりますが、通常は日帰り手術となります。
一般的にはまず片側だけ手術を行い、その効果を確認してからもう片方の胸部の手術を行うかどうか検討します。この理由は、手術後に体幹の汗が増加する代償性発汗(後述)という副作用が生じる可能性を踏まえ、まず片側の手術後の経過を観察することにより、予防策などを検討することができるといわれているためです。
多汗症の症状や悩みは人によって異なるため、手術の適応に絶対的な基準はありません。しかし、一般的には2015年に日本皮膚科学会によって作成された診療ガイドラインに基づいて手術が検討されます。
具体的には、推奨されている手術以外の治療法を行っても改善しなかった場合に検討され、患者の希望に応じて行われます。医師の判断で手術が必要と判断された場合、保険適用の治療として行われることが一般的です。
多汗症の手術治療は、手のひらを中心に有効性が高いといわれています。一方で、注意すべき合併症として“代償性発汗”があるということです。
病的に活動の活発な交感神経節が全て切除されなかったことが原因で、別の部位から大量の汗が生じることをいいます。主に胸や背中、お尻などから汗をかくようになることが一般的です。
近年では代償性発汗をもたらす交感神経節の特定が可能となり、手術するべき適切な交感神経節の選別ができるようになっています。また、すでに代償性発汗になった場合にも改善・治癒が期待できます。
そのほか、手術の合併症としては出血や傷の感染、気胸(肺に穴が開いて空気が漏れている状態)などが挙げられます。手術を受ける際は事前に注意点についてもよく理解したうえで検討しましょう。
多汗症の手術にかかる費用は、患者の状態や治療内容によっても異なります。保険適用の場合で、手術と入院を合わせて1回15〜20万円程度であることが一般的です。詳しくは受診する医療機関に確認しましょう。
多汗症には、手術治療以外にもさまざまな治療法があり、一般的には手術治療を行う前にこれらの治療法が検討されます。以下では、手術治療以外の主な治療法についてご紹介します。
塩化アルミニウム液を患部に塗ることで、塩化アルミニウム液が汗を出す管内で結合し、管を塞ぐ効果が期待できます。重症の方の場合、塩化アルミニウム液を塗った上からゴム手袋やラップなどで密閉する“密封療法”が検討されることもあります。この治療法は、手のひらや足の裏、腋、頭部、顔面などさまざまな多汗症に検討されます。就眠前に外用し、翌日に効果が期待できることもあります。なお、発汗の前に使用する必要があります。
ソフピロニウム臭化物を患部に塗ることで、発汗を促すと考えられているアセチルコリンのはたらきを抑える効果が期待できます。2020年11月に腋窩多汗症に対して保険適用となった外用薬です。手および顔の多汗症には保険適用はありませんが、塩化アルミニウム液の外用とは異なり、すでに発汗が始まった状態でも効果が期待できる点に、有用性があると考えられています。
イオントフォレーシスとは水を入れた容器の中に患部を浸し、電流を流す治療です。電流を流すことで水素イオンが生じ、汗の出口を障害して汗を出しにくくすると考えられています。
1回30分の治療を8〜12回程度行うことで、汗の量が減少するといわれています。主に手のひらや足の裏の多汗症に検討されます。
患部にA型ボツリヌス菌毒素を注射する治療方法です。塩化アルミニウム液やイオントフォレーシスの治療で効果が不十分だった場合に検討されることが一般的です。
腋に対するA型ボツリヌス菌毒素の局所注射療法は保険適用ですが、それ以外の部位に行う場合は保険適用とならず、自由診療の治療として行われます。一般的に手のひらへの注射は有効性に乏しく、握力低下など副作用の頻度が高く推奨されていません。注意点や費用などをよく確認したうえで検討しましょう。
多汗症には、保険適用の治療から自由診療の治療までさまざまな治療方法があります。治療を受ける際は、自身の病気の状況や治療の選択肢について担当医師からよく説明を受けて治療方針を決定しましょう。
また、手術治療を検討する際は有効性と注意点の両方を理解しておくことが大切です。代償性発汗などの合併症についてもよく理解したうえで治療を検討しましょう。
山本英博クリニック 院長
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