原発性腋窩多汗症とは、ホルモンや神経の異常などの原因がないにもかかわらず腋の下に多量の汗をかく病気です。この病気は、皮膚疾患を合併したり精神的不安・経済的負担を伴ったりすることがあるといいます。具体的にどのような皮膚疾患を起こす可能性があるのでしょうか。また、精神的不安や経済的負担につながるのはなぜなのでしょうか。
今回は原発性腋窩多汗症が日常生活に与える影響、そして対策と治療法について長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 皮膚病態学 教授 室田 浩之先生にお話を伺いました。
多汗症とは、全身もしくは体の一部に汗を多量にかく状態のことをいいます。私は、患者さんには「汗をかく量が多すぎて困るような状態であれば、それは多汗症です」とお伝えしています。たとえば、場所や気温、精神的な負荷など汗をかきやすい状況に置かれているかどうかに関係なく、生活に支障が出るほどの多量の汗が出る場合は多汗症となります。
今回お話しする原発性腋窩多汗症とは腋窩(腋の下)に多量の汗をかく病気であり、その中でもホルモンや神経の異常といった多汗の原因が明らかでないものを指します。腋に汗染みができて人目が気になるという方や、流れ落ちる汗による不快感、汗が冷えることで感じる寒気などを訴える患者さんが多いです。「今は汗をかきたくない」と思うと逆に多量の汗が出てしまう、ということに悩む方も少なくありません。
原発性腋窩多汗症の平均発症年齢は19.5歳とされており、20歳以降の方に多いと考えられます。発症のしやすさに男女差は認められておらず、男女ともに発症する可能性がある病気といえるでしょう。
過去に行われた約6千人の方を対象とした調査では、原発性腋窩多汗症の患者さんが約6%いることが明らかとなっており、腋窩の多汗に悩む方たちが一定の割合でいることが考えられます。
原発性腋窩多汗症は、患者さんの日常生活にさまざまな影響を与えることが分かっています。まずは、原発性腋窩多汗症に合併しやすい皮膚疾患と精神的不安についてご紹介します。
一般的な多汗症に合併しやすい皮膚疾患として、もっとも有名なものは汗疹です。一般的には “あせも”と呼ばれる炎症を伴う発疹のことで、多量の汗をかくことで汗の出口が詰まり正常な排泄が妨げられることによって起こります。また、汗疱が発生することもあります。汗疱とは、多量の汗によって汗の出口が詰まり、汗がたまってしまうことで生じる水疱を指します。
特に腋窩多汗症で生じやすいのが間擦疹といって、皮膚同士がこすれ合うことで皮膚の損傷を生じることもあるでしょう。多量の発汗により皮膚がカリクレイン(古い角質を剥がすはたらきのある酵素)に長時間さらされると、摩擦などの刺激で角質の過剰な剥離が進みます。腋はこすれやすいので、古い角質が剥がれていき角質がほとんどなくなった状態になると赤くなってしまうのです。股ずれのようなものをイメージしていただくとよいかもしれません。
いずれの皮膚疾患もかゆみやヒリヒリとした痛みを伴うことがあります。また、汗がたまった部位に細菌感染が起こるケースもあるでしょう。
これらの皮膚疾患は、汗で皮膚がふやけた状態が維持されることによって起こるので、ハンドタオルなどで小まめに汗を拭き取ることが発症予防につながるでしょう。おしぼりを使うと皮膚は冷やされるので、汗を抑えるのにも有効だと思います。
いずれの皮膚疾患も炎症を伴う場合には、炎症を抑える外用薬(ステロイドなど)を用いて治療を行います。感染症を起こしている場合には、抗菌薬による治療を実施するケースもあります。汗疹(あせも)であれば、2~3日程と比較的短期間の治療で改善することがほとんどです。症状を悪化させないためには、かゆみや痛みが現れた場合はなるべく早く受診することが大切になるでしょう。
原発性腋窩多汗症と精神疾患との関連については、これまでにさまざまな調査が行われてきましたが、いまだにはっきりとした結論は出ていません。現状では、一概にうつ病などの精神疾患との関連があるとは言い切れません。
ひとつ確かなことは、多汗症の患者さんは日常生活の中で不安を感じる気持ちが強いということです。患者さんは多量の汗によって、日常生活のさまざまな場面で制限を感じています。たとえばファッションでは、汗染みが目立つような服が着られない、汗ですべるためにサンダルを避けてしまうというケースがあるようです。食事では、たとえば「辛いものを食べたら汗が出てしまうのではないか」などの不安から、特定の食べ物をとらないよう制限しているという方もいらっしゃいます。
ほかには本や携帯電話、ドアノブ、何かの蓋など、物を持つという動作ひとつとっても、汗で濡らさないかと不安を抱くケースが多いようです。社会生活では、恋人との関係や他人の視線・反応に不安を覚えることが多いといわれています。
また、多汗症は仕事の能率、職業選択にも影響すると考えられています。たとえば、多汗を理由に本来の能力を十分に発揮することができなかったり、仕事を変更したりすることがあるといわれています。
お話ししたようなことを背景に、多汗からくる後ろめたさや恥ずかしさ、他人の反応への恐怖を繰り返し感じることで、不安な気持ちが増強していくことが考えられます。
お話ししたような不安な気持ち、精神的な苦痛を和らげるために大切なことは、1人で悩まないことだと思います。多汗によって生活に支障が出る状況が続くと、社会活動や対人関係に悪影響が及ぶことも考えられます。そこで大切になるのは、患者会などで同じ症状を持つ方たちと情報を共有することです。最近は多汗症の患者会も設立されていますので、そういう場に参加して相談や共有を行うとよいでしょう。
また、後ほど詳しくお話ししますが、現在は保険診療で処方可能な塗り薬も登場しています。クリニックや病院で相談や治療を行うことが、症状を抑え精神的不安を和らげる第一歩になる可能性もあるので、検討してほしいと思います。
医療従事者も多汗症が患者さんの精神的負担につながることを理解することが大切だと捉えており、今後は医療従事者への啓蒙にも力を入れていく必要があると考えています。
お話ししたような原発性腋窩多汗症や合併症、患者さんが抱える精神的不安がどのようにQOL(生活の質)に影響を与えるのか、一例として腋窩多汗症に対する経済的負担の調査結果をご紹介します。
経済的負担の評価方法はいくつかありますが、この調査では、患者さんが多汗症の対策として購入する腋汗用のパッドや制汗剤などの衛生用品にかかる“直接的な費用負担”と、多汗症によって損なわれてしまった患者さんのパフォーマンスという“間接的な費用負担”の2種類に分けて評価を行っています。
まず直接的な費用負担として、腋窩多汗症の対策のためにかかる衛生用品の費用は、重症の患者さんで男性1人あたり年間約1万円、女性1人あたり年間約9千円と報告されています。全ての患者さんを合計すると、1年間で245億円にも上ると考えられるのです。
一方、多汗による間接的な費用負担、つまり直接患者さんが支払ったわけではなくとも損なわれてしまっていると考えられる労働生産性(仕事の能率)についても評価しています。その結果、多汗症によって仕事の能率が約30%程度低下し、それを金銭に当てはめると月に約12万円の損失になると試算されているのです。さらに、患者さんの中には多汗を理由に職業選択の変更を検討される方もおり、こうした損失を合計していくと全国で月額3千億円を超えると推計されています。
腋窩多汗症による精神的・経済的負担を軽減しQOL低下を防ぐためには、治療を受けて症状を抑えることが大切です。原発性腋窩多汗症の治療の目的は、日常生活を支障なく送れるようにすることです。現在は保険診療で受けられる治療も登場しているので、医療機関への受診も検討して欲しいと思います。
なお、治療を開始するかどうかは、汗が日常生活を送るうえでどの程度支障を及ぼしているかで判断されます。
塩化アルミニウムが汗の出口に蓋をすることで、発汗量を減らす効果を期待できる治療法です。ただし保険適用はなく、病院の倫理委員会の承認や患者さんの同意が必要となるケースがあります。
外用薬であるため比較的手軽に使用することができますが、効果が出るまでに少し時間を要する点が特徴です。なお、副作用として刺激性皮膚炎などを生じる可能性があります。
ボツリヌス毒素局所注射は、ボツリヌス毒素を腋窩に注射することで汗を抑える治療法であり、重症者に対して保険適用となっています。注射の効果持続時間は半年程といわれていますので定期的に治療を受ける必要があります。注意点としては、注射の際、少なからず痛みを感じます。
外用抗コリン薬による治療は、2021年に保険診療による処方が可能になりました。現在広く行われている治療法です。塗り薬であるため使用しやすく、比較的短期間で効果が期待できる点が特徴です。治療開始後1か月〜1か月半程で効果を実感するケースもあります。患者さんによって効果には差があると考えられますが、症状の改善とともに徐々に薬を塗る回数を減らしていくことも可能ではないかと期待しています。
ただし、緑内障や前立腺肥大症など抗コリン薬の併用が禁忌となる病気をお持ちの方は使用できません。霧視(かすんで見えること)や口渇(口が渇くこと)などの抗コリン剤による副作用にも注意が必要で、薬を触った手で目をこすらないよう注意しないといけません。
イオントフォレーシスは汗の多い部位を水道水の入った容器に浸して、直流電流を流す方法です。現状、医療機関では原発性腋窩多汗症に対する治療として行っていませんが、腋にパッドをはさんで使用できる機械が市販されています。
マイクロ波メスは、腋窩にマイクロウェーブを当てることで汗を分泌する汗腺だけを破壊する治療法です。自由診療となるため1回の施術で数十万円と高額の医療費がかかり、患者さんによっては治療を受けるハードルが高い場合もあるでしょう。なお、こちらの治療は当院では実施しておりません。
多汗で生活に支障をきたしている方たちへお伝えしたいのは、1人で悩まないで欲しいということです。原発性腋窩多汗症を治療している医師にご自分の悩みを相談することが大切です。多汗症の患者会(NPO法人多汗症サポートグループ)で、同じ悩みを持つみなさんと意見交換したり情報取得されたりするのもよいと思います。
お話ししてきたように、最近では、外用抗コリン薬という保険診療で処方可能な塗り薬も登場しています。これら治療薬を積極的に取り入れていただき、汗の悩みを軽減・解消することで生活の質の向上につながることを切に願っています。
長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 皮膚病態学 教授
日本皮膚科学会 理事・認定皮膚科専門医日本皮膚免疫アレルギー学会 副理事長日本研究皮膚科学会 理事日本発汗学会 副理事長日本白斑学会 理事日本皮膚科心身医学会 理事日本アレルギー学会 代議員・アレルギー専門医・アレルギー指導医International Forum for the Study of Itch(IFSI) Board member
1995年に長崎大学医学部を卒業。2004年に大阪大学皮膚科へ赴任し、2018年には長崎大学皮膚病態学分野教授に就任。アレルギー疾患、膠原病、無汗症や多汗症(発汗異常症)の診療に力を注ぐとともに、かゆみのメカニズムや発汗異常症の基礎・臨床研究に携わり、『原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版』『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018』などの作成委員も務める。
室田 浩之 先生の所属医療機関
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