インタビュー

多量の腋汗(わきあせ)による生活への影響——原発性局所多汗症の1つ、原発性腋窩多汗症の症状とは?

多量の腋汗(わきあせ)による生活への影響——原発性局所多汗症の1つ、原発性腋窩多汗症の症状とは?
横関 博雄 先生

東京医科歯科大学 名誉教授

横関 博雄 先生

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原発性局所多汗症(げんぱつせいきょくしょたかんしょう)は、特に原因がないのに手や足の裏、(わき)などから多量の汗が出る病気です。その中でも腋に過剰な汗をかく原発性腋窩多汗症(げんぱつせいえきかたかんしょう)は、腋に大きな汗染みができて1日に何度も着替えなければならなかったり、人目が気になったりして、日常生活に支障をきたしてしまうことが特徴です。無治療のまま放置している方が多いといわれていますが、近年では新しい治療薬が登場しているため、腋の汗のことで悩んだら皮膚科などを受診することが大切です。

今回は、原発性局所多汗症の症状や生活に与える影響、腋の多汗症の新しい治療薬について、東京医科歯科大学皮膚科主任教授の横関(よこぜき) 博雄(ひろお)先生に伺いました。

多量の汗をかくことで生活に支障をきたす“多汗症”という病気があります。その中でも、過去6か月間にわたって手、足、腋、頭や顔という局所に過剰な発汗が認められ、明らかな原因がなく(原発性)、次の6項目のうち2項目を満たす場合、原発性局所多汗症と診断されます。

1)最初に症状がでるのが 25 歳以下であること

2)対称性に発汗がみられること

3)睡眠中は発汗が止まっていること

4)1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがあること

5)家族歴がみられること

6)それらによって日常生活に支障をきたすこと

原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版より引用】

原発性局所多汗症は単なる“汗っかき”とは違い、学業や仕事などが難しくなり生活の質(QOL)が著しく低下する病気です。日常・社会生活に支障をきたし、心理的にも悪影響を引き起こすことがあります。患者さんからは次のような訴えをよく聞きます。

  • 足裏に汗をかき、裸足で床を歩いたりサンダルを履いたりすると滑る
  • 授業中や試験中に手汗が止まらず、試験用紙などが破れるためタオルが手放せない
  • 仕事中に汗をかいて業務に差し支える
  • 握手したり手をつないだりすることが苦手、子どもに嫌がられてしまう
  • 携帯電話やパソコンなどの電子機器が壊れるほど多量の汗が出る
  • 多汗が原因で登校や進学ができなくなったり、うつ病を発症したりする

汗が多くて悩んでいる方は、実は決して珍しくありません。

私たち東京医科歯科大学のグループが2013年に発表した、原発性局所多汗症の疫学調査1)の結果を紹介します。日本でアンケート調査を行ったところ、“日常起きているときに汗のため生活に支障を来たすことがありますか?”という質問に対して5,807人中810人が“ある”と答えました。つまり、多汗症と診断されていない方も含めて、汗で困っている方は7人に1人はいることが分かります。

その中でも、基礎疾患のない原発性局所多汗症の患者さんの有病率は、手の多汗症で5.3%、足の多汗症で2.7%、腋の多汗症で5.7%でした。また、思春期に発症のピークがあり、発症平均年齢は手の多汗症で13.8 歳、足の多汗症で15.9 歳、腋の多汗症で19.5 歳でした。手足の多汗症よりも腋の多汗症のほうが、より年齢の高い方に多い傾向があるといえます。

なお、多汗症の中でも原因となる病気がある場合には“続発性”と分類されます。汗をかく原因には、薬剤の影響、循環器の病気、感染症、悪性腫瘍(あくせいしゅよう)がん)、甲状腺機能亢進症、神経の病気、Frey症候群(味覚性多汗症)などがあります。続発性の場合、患者さんも自分で原因が分かっていることが多く、多汗症と診断される方の大部分は原発性の患者さんです。

原発性局所多汗症では仕事や勉強に集中することが難しくなり、労働や勉学の生産性が低下するという点が非常に重要だと考えています。大阪大学のグループの報告2)によれば、“健常人のパフォーマンスを100%としたときの多汗症患者のパフォーマンス”は労働生産性で約52.1%、勉学生産性で約54.3%となっています。多汗症による経済損失試算は全国で1,832億円/月とされており、大きな労働的損失といえます。この調査から、いわゆる“汗っかき”ではなく患者さんにとって非常につらい病気だということが分かるのではないでしょうか。

原発性局所多汗症の中でも、患者さんが特に腋汗で困っている場合には原発性腋窩多汗症と分類されます。

原発性腋窩多汗症では、暑いときや、人前で発表をする場面などで緊張したとき、過剰な腋汗をかきます。汗で濡れたシャツや下着などを1日に何回も替えなければならなかったり、染みができて黄ばんでしまったりするため、着るものの選択肢が限られるなど衣類に関して困ることが多いようです。重症だと、腋汗パッドを使っていても染み出してくるほどの汗が出ます。

腋に多量の汗をかくことにより、腋の湿疹、真菌症などの感染症が合併することもあります。また、多くの場合で手足の多汗症を伴います。

原発性腋窩多汗症は、腋臭とは別の病気です。原発性腋窩多汗症の場合、ほぼ全身に分布する汗腺であるエクリン腺から分泌される汗が多くなります。腋臭のある方の場合、腋や外陰部に分布するアポクリン腺から分泌される汗が原因と考えられています。このように発症のしくみが異なりますが、原発性腋窩多汗症でも汗臭くなることはあります。

原発性腋窩多汗症を含む原発性局所多汗症の診断においては、まずは原因がない“原発性”だと明らかにすることが重要です。さらに、局所に発汗が認められる場合、原発性局所多汗症と診断されます。

重症度の基準となるのは、HDSS(Hyperhidrosis diseaseseverity scale)という分類です。発汗がまったく気にならない・日常生活に支障がない方は1で正常、我慢できる程度の方は2、ほとんど我慢できず日常生活に頻繁に支障をきたす方は3、我慢できず常に支障をきたす方は4というふうに重症度を分け、このうち3と4を重症と診断します。汗の量を測定する方法としては、発汗試験が専門機関でのみ実施されており、この試験においては平均発汗量が2mg/cm3/min以上の場合に重症と診断されます。

原発性局所多汗症の発症のメカニズムはまだ明らかになっていませんが、脳の前頭葉や大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)の異常によるものではないかといわれています。緊張したときに汗をかく精神性発汗は、前頭葉や大脳辺縁系が指令を出し、脳の視床下部、脳幹、脊髄(せきずい)の交感神経を通って、汗腺に伝わっていくという経路で起こるためです。このことから、次のような治療が行われています。

  • 向精神薬の服用:中枢神経にはたらきかけて脳の異常を抑える
  • 交感神経遮断術:手術により交感神経の節前線維という部分を遮断する
  • ボツリヌス毒素局所注射療法:ボツリヌス毒素を注射して交感神経の節後線維からアセチルコリン(神経伝達因子)の分泌をブロックする
  • 抗コリン薬の内服:抗コリン薬を内服して交感神経の節後線維から分泌されるアセチルコリンが汗腺に結合するのをブロックする
  • イオントフォレーシス:局所に電流を流す方法により汗の出口(汗孔)をブロックする
  • 塩化アルミニウム外用療法:局所に薬を塗る方法により汗の出口をブロックする

原発性腋窩多汗症の治療では、軽症の場合は外用療法(塗り薬)、重症の場合はボツリヌス毒素局所注射療法や交感神経遮断術などが選択肢となります。基本的には、外用療法の効果が不十分であればボツリヌス毒素局所注射療法、それでも効果が感じられなければ外用療法とボツリヌス毒素局所注射療法を行っていきます。

治療の選択肢について、さらに詳しく説明します。

皮膚の最外層にある角層という皮膚のバリア機能を果たすところの汗の出口となる穴(汗孔)に、汗の成分と凝固物をつくる作用を持つアルミニウムイオンを含む塩化アルミニウム外用液を塗ることで、穴が詰まり汗が出にくくなる効果が期待できます(塩化アルミニウム外用療法)。

塩化アルミニウム外用療法のポイントとしては、薬を日中に塗ると汗で流れて効果が落ちてしまいやすいため、汗が止まる就寝前に塗っておくことが挙げられます。また、ガーゼに塩化アルミニウム外用液を塗って腋に挟み、ラップフィルムなどで巻いて密封する“密封療法”が効果的です。なお、刺激皮膚炎を引き起こす恐れがあるため、起床時には腋をよく洗い、しっかりとスキンケアを行う必要があります。

塩化アルミニウム外用液は、市販品を含め、アルコールを含みスーッとするタイプなどいくつかの種類が販売されています。外用療法に用いる薬としては塩化アルミニウム外用液以外にも、原発性腋窩多汗症に対する新しい外用薬である抗コリン外用薬が2020年11月に登場しています(詳しくは後述)。

体から汗が出るときは、神経線維の末端からアセチルコリンという物質が放出され、汗腺にあるアセチルコリン受容体という部分に付くことによって発汗します。ボツリヌス毒素は、アセチルコリンの放出に関わるSNAP-25というたんぱく質にはたらきかけて、アセチルコリンの放出を抑制する効果があります。

重症の原発性腋窩多汗症では、ボツリヌス毒素局所注射療法が保険適用となります。デメリットとしては注射による局所の痛みがあるため、局所麻酔薬を使用してから行います。

抗コリン薬のプロパンテリン臭化物や、ベンゾジアゼピン系の自律神経調整剤を服用する内服療法を行うことがあります。原発性腋窩多汗症における内服療法は十分な科学的根拠がないため、『原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版』では推奨度C1(行うことを考慮してもよい)とされています。

交感神経節を遮断する手術である交感神経遮断術は、副作用が多い治療方法です。手術により局所から汗が出なくなっても、ほかの部分から代わりに汗が出てしまう代償性発汗という合併症をきたすことがあります。特に原発性腋窩多汗症では、より重い代償性発汗が引き起こされる恐れがあります。

患者さんがよく使っているデオドラント剤の中には、塩化アルミニウムが少量含まれており汗をブロックできるといわれている商品もありますが、制汗作用のないデオドラント剤は抗菌作用により臭いを抑えるもので、多汗症にはほとんど効果がありません。医師に相談して、外用薬などを用いた治療を始めることをおすすめします。

2020年11月に抗コリン薬の外用薬が発売されます。保険適用される日本初の原発性腋窩多汗症に対する外用薬で、今後は原発性腋窩多汗症の治療の第一選択肢になると考えています。

この抗コリン外用薬の特徴は、刺激皮膚炎などの副作用ができるだけ抑えられることです。薬の容器から塗布器(アプリケーター)を取り外し、そこへ抗コリン薬を落とすように乗せてから腋に塗り広げれば、腋以外の皮膚に薬が付くことを予防できます。抗コリン薬は、目に付くと散瞳(瞳孔が拡大し眩しくなる)する恐れがあるため、手で触れないことが非常に重要です。なお、閉塞隅角緑内障前立腺肥大症の患者さんには投与しないこと(禁忌)となっています。

近年登場した、マイクロ波と呼ばれる電磁波を用いて局所を焼き切る治療法(マイクロ波メス)も、原発性腋窩多汗症に対して有効です。長期間にわたって効果が持続する点と、体への負担ができるだけ抑えられる点でメリットがあります。電子レンジの原理と同じしくみで、局所に麻酔薬と水分を注入して電磁波を当てると、水分が高温を発して汗腺が焼き切れ、汗を抑える効果が期待できます。多くは美容医療の領域で行われている自由診療の治療法で、費用は全て患者さんの自己負担となりますが、将来的に保険適用されれば一般の皮膚科でも使われるようになるかもしれません。

原発性腋窩多汗症は、ある程度長く付き合っていかなければならない病気の1つですが、40歳や50歳になると全身の汗の量が徐々に減ってくるものです。社会活動や学生生活など、人と接する機会が多い若いときのほうが悩んでいる方は多いと思います。汗について気になったときこそ、治療を始めることをおすすめします。

近年では、抗コリン外用薬という保険適用の薬など新しい治療が登場し、うまく利用すればある程度は症状をコントロールできるようになってきています。皮膚科などを受診して、治療を始めることを検討してみてはいかがでしょうか。医師と相談し、制汗剤や腋汗パッドなどのグッズも使いながら、日常生活の中で上手に付き合っていきましょう。

  1. Tomoko FUJIMOTO, Kazuo KAWAHARA, Hiroo YOKOZEKI. Epidemiological study and considerations of primary focal hyperhidrosis in Japan: From questionnaire analysis. The Journal of Dermatology. 2013.
  2. 片山一朗, 室田浩之, 金田眞理, 田中智子, 横関博雄, 玉田康彦. 特発性多汗症患者における労働生産性、学習生産性の障害に関する準備研究. 平成21年度分担研究報告書. 2010.
  • 東京科学大学 名誉教授

    横関 博雄 先生

    皮膚科の医師として、診療や研究に尽力。主に免疫アレルギー、膠原病、発汗異常症を専門としている。2005年には、東京医科歯科大学医学部皮膚科の教授に就任。日本発汗学会理事長を務めている。

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