“腋の汗染みが気になって着たい服が着られない”、“腋汗の量が多いせいで常に人の目が気になってしまう”など、多量の汗による悩みをお持ちの方は多いようです。1日に何度も制汗剤を使ったり、汗が目立たない色の服を選んだりして、どうにかやり過ごしているという方もいらっしゃることでしょう。このように多量の汗にまつわる悩みを持つ方は原発性腋窩多汗症である可能性があり、最近では多量の汗を病院で治療できるようになってきていることをご存じでしょうか。
今回は、西宮渡辺脳卒中・心臓リハビリテーション病院 形成外科・美容医療センター センター長の皐月 玲子先生に原発性腋窩多汗症の治療についてお話を伺いました。
原発性腋窩多汗症とは、原因となる病気がないのに腋にのみ多量に汗をかく病気です。患者さんの数は全国で500万人を超えるといわれています。患者さんの中には病名を知らない方もおり、「汗で困っているからどうにかしたい」とおっしゃって診察・治療が始まるケースもあります。
上の図のように、多量の汗をかく病気のことを多汗症といい、原因となる病気がないのに起こる原発性多汗症と、何らかの原因となる病気があって汗が出る続発性多汗症があります。また、全身に汗をかく全身性多汗症のほか、腋、掌、足の裏など局所的に汗をかく局所多汗症があります。
さらに、局所多汗症の中で腋に汗をかくものを腋窩多汗症といい、局所多汗症の中で患者数がもっとも多いといわれています。
原発性腋窩多汗症の発症年齢は平均19.5歳で、腋窩を含む多汗症の発症のピークは25~34歳といわれています。活動性が高く働き盛りの年齢の方に多いため、多量の汗によって日常生活に支障をきたしたり仕事の生産性が下がったりするなどの問題を抱える方が少なくないようです。
また、原発性腋窩多汗症を発症する原因は明らかになっていませんが、家族内で同様に原発性腋窩多汗症を発症しているケースも報告されており、遺伝的背景が発症に関係しているのではないかともいわれています。当院では「私も困っていたから」と多量の汗に悩む娘さんとともに親子で来院された方もいらっしゃいました。
原発性腋窩多汗症の重症度は自覚症状によりHDSS(Hyperhidrosis disease severity scale:多汗症疾患重症度評価尺度)を用いて以下のように分類され、3や4のように重症であればあるほど日常生活で困る頻度が高いことを示しています。原発性腋窩多汗症は、暑さによって汗をかく温熱性発汗と、緊張するなどの心理的な要因で汗をかく精神性発汗が共存した状態であるとされ、汗が出るタイミングや生活の中で困る場面は人により異なります。
1 発汗は全く気にならず,日常生活に全く支障がない.
2 発汗は我慢できるが,日常生活に時々支障がある.
3 発汗はほとんど我慢できず,日常生活に頻繁に支障がある.
4 発汗は我慢できず,日常生活に常に支障がある.
3,4 を重症の指標とする.【原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版より引用】
原発性腋窩多汗症は男性の患者さんが多いとされていますが、実際に病院を受診されるのは女性のほうが多いようです。
女性の患者さんの場合、“グレーの服が着られない”、”制服など白い服に抵抗を感じる”など、汗によって着ることができる服の色が限られてしまう、ぴったりしたタイプの服だと汗染みが見えてしまうため、ゆったりとしたシルエットの服しか着られないといった悩みをお持ちのようです。
また、さらに詳しく患者さんのお話を聞いていると、“汗が出ているのではないか”、“汗染みができているのではないか”と常に気になってしまい、本来集中したいことに集中できないという問題もあるようです。このように“多汗にとらわれてしまっている”ことこそが大きな悩みの種なのではないかと感じています。
原発性腋窩多汗症の診断では、多量の腋汗で“どれだけ困っているか”が1つの診断基準になります。たとえば「○○mLの発汗で原発性腋窩多汗症と診断する」などの明確な数値基準があるわけではないため、腋汗が多量で困っている時点で受診していただくのがよいでしょう。
当院では4~6月にかけて暑い日が増えるにしたがい、本格的な夏のシーズンに入る前になんとかしたいという思いで受診する方が多くなりますが、冬にも一定数受診される方がいらっしゃいます。寒い季節でも受診されるということは、それだけ多汗で困っているといえるかもしれません。
原発性腋窩多汗症の診断には以下の6項目を使用します。
1)最初に症状がでるのが 25 歳以下であること
2)対称性に発汗がみられること
3)睡眠中は発汗が止まっていること
4)1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがあること
5)家族歴がみられること
6)それらによって日常生活に支障をきたすこと【原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版より引用】
6項目のうち2項目以上が当てはまる状況が6か月以上認められ、かつ原因となる病気がないときに原発性腋窩多汗症と診断されます。多汗に困って当院に来院された患者さんの多くは、これらの診断基準をもとに何らかの治療に進みます。
特に4)の“1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがある”、6)の“日常生活に支障をきたす”に当てはまる方が多いです。また、若い方が受診することが多く、1)の“最初に症状がでるのが 25 歳以下”にも当てはまります。
そして、長い間困っていて受診するという方が多いため、初診の時点でこれらの状況が6か月以上経過している場合がほとんどです。
診断時は、除外できるほかの病気がないか気を付けて診ることが必要です。
まず除外すべき症状に全身性発汗があります。腋汗で困っていると受診された方の中には、お話を聞いていくと全身性多汗症であることが判明した方もいらっしゃいました。
また、診断項目に照らし合わせて注意深く診ていくと、原発性ではなく原因となる病気がある続発性の多汗症であることが判明する場合があります。診断基準3)には“睡眠中は発汗が止まっていること”とあり、睡眠中に発汗している場合は更年期障害や内分泌疾患などを原因とする続発性多汗症が考えられます。また、診断基準2)“対称性に発汗がみられること”については、汗が対称に出ていない場合は脊髄や神経系の病気の可能性があるでしょう。そのような際には原因となる病気の治療が必要になります。
汗で悩んでいる方に対しては、汗の臭いと量のどちらでより困っているのかを聞き取り、治療方針を決めていくことが大切です。これは、汗の臭いで困る腋臭症*(わきが)と汗の量で困る多汗症とでは、治療の対象となる汗腺が異なるためです。腋には脂肪酸を含む汗を分泌することで腋臭症の原因となるアポクリン腺と、暑さや精神的な緊張などによって発汗し多汗の原因となるエクリン腺の2つの汗腺が存在します。
臭いで困っている患者さんにはアポクリン腺に対する治療が必要ですが、汗の量が多いために、いわゆる“汗臭さ”が伴っている場合はエクリン腺に対する治療を行い、汗の量を減らして汗臭さの改善を目指します。なお、原発性腋窩多汗症と腋臭症の両方にお困りの方に対しては、体への負担が小さい原発性腋窩多汗症の治療から行うことが多いです。
*腋臭症:アポクリン汗腺から分泌された汗が皮膚表面の細菌に分解されることにより、特有の強い臭いを放つ。
原発性腋窩多汗症は、2023年に原発性局所多汗症診療ガイドラインが改訂されたことにより治療の選択肢が広がりました。ここからは診療ガイドラインとはどのようなものなのか、また今回の改訂でどのような点が変更されたのかについてお話します。
診療ガイドラインとは、医療者が患者さんと共に治療法を考えていくために作成されている文書のことです。エビデンス(検査や治療法などが適切であるといえる医学的根拠)をもとに、現時点で推奨できる検査や治療法などが提示されており、治療法の選択や決定のための重要な判断材料になります。
エビデンスに基づいた治療法が複数ある場合には、患者さんに必要な治療法や順番をカスタマイズして治療を行うことができます。そのため、患者さんがより納得して治療を受けるためにも、ガイドラインにのっとった治療を行うことは重要といえます。
今回の原発性局所多汗症診療ガイドラインの改訂における大きなポイントは、原発性腋窩多汗症の診療アルゴリズムが変更されたことで、これまで保険適用外の治療薬しかなかった第一選択薬に保険適用の治療薬が選べるようになったことです。
今回第一選択薬に追加されたのは、日本では2020年に初めて登場した抗コリン外用薬(保険適用)です。従来の第一選択薬である塩化アルミニウムの薬剤と比べて取り入れやすいため、治療できる病院が増えて患者さんが治療を受けやすい環境になりました。また、保険適用で行える治療に安心感を抱く患者さんも多いため、保険適用の選択肢があることで精神的な面からも治療へのステップを踏みやすくなったといえるでしょう。
原発性腋窩多汗症の治療の目的は、多汗で困っている状況を改善することです。多汗で困っている時点で治療の対象になりますから、症状を改善することで困っていることを減らすのが治療の目的であるともいえるでしょう。
主な治療法の特徴については以下のとおりです。
先述のとおり、抗コリン外用薬は2020年に新たに登場した保険適用の塗り薬です。抗コリン薬には交感神経からの信号をブロックし発汗を抑えるはたらきがあります。メリットとして、副作用が少ないとされることや、腋に薬を塗るだけなので治療を続けやすいことが挙げられるでしょう。費用は1か月で3,000円程度(保険適用、3割負担)です。
万が一薬品が手に付いた場合は、必ずすぐに洗い流す必要があります。また、まれに皮膚炎やかゆみなどの副作用が起こることがあります。
なお、閉塞隅角緑内障や前立腺肥大による排尿障害がある方は、症状を悪化させることがあるため使用できません。
汗を出す指令を伝える交感神経からの信号を出さないようにし、発汗を抑えるはたらきをする注射薬です。完治が見込める治療ではありませんが、4~6か月効果が持続するため受診頻度が少なくて済む、QOL(生活の質)が改善された状態を維持できるなどのメリットがあります。1回の治療で効果が持続する期間が長く、症状の程度により1年のうち夏前に1回だけ受診される方もいらっしゃれば、年に2回ほど受診される方もいらっしゃいます。
重症の原発性腋窩多汗症であると診断された場合は保険診療で治療を受けることができ、費用は3割負担で2万2,000円ほどです。
注意すべき点として、片方の腋に20か所ほど注射を打つため痛みを伴うことが挙げられます。また、この治療を続けていくうちに体内にA型ボツリヌス菌毒に対する抗体が作られ、発汗を抑える効果が減弱する可能性があります。
なお、症状が軽度の場合は保険適用外となるため医師に相談してください。当院で自由診療の治療を行う場合は、症状の程度によって治療に用いる薬剤の単位数を変えており、費用は両腋に対し55,000円または99,000円(どちらも自費診療・全額自己負担)となります。
患部に塗ることで汗の出口をふさぐはたらきをする塩化アルミニウム溶液は、腋窩多汗症のほか、掌蹠多汗症(手のひらと足の裏の多汗症)や頭部顔面の多汗などに使用でき、まとめて治療できるというメリットがあります。
刺激性接触皮膚炎などの副作用に注意が必要で、効果が出るまでに時間がかかるため継続して使用することが推奨されます。なお、塩化アルミニウム溶液による治療は当院では行っていませんが、保険適用外であるため自費診療となり、1回の診療にかかる費用は病院によって異なります。
抗コリン薬の飲み薬は腋窩多汗症のみに対して処方されることは少なく、ほかの治療で効果がみられない場合に処方されることがあります。当院では保険適用のもと処方しています。腋窩多汗症のほか掌蹠多汗症や頭部顔面の多汗にも使用でき、これらの病気をまとめて治療できるというメリットがあります。なお、副作用として口の渇きや眠気が生じることがあります。
上記の治療を行っても効果がみられない場合には、医師と相談のうえ、電磁波の1つであるマイクロ波や超音波、レーザーなどを照射する機器を使用した治療や、ETS(交感神経遮断術)が行われることがあります。
機器を使用した治療は保険適用外で、当院では行っていませんが、マイクロ波や超音波などを照射することによって汗腺を変性させ、発汗の抑制を目指す治療です。
また、ETSは胸腔鏡を用いて胸部にある交感神経を切除したり焼き切ったりして発汗を抑える効果が期待できる治療法です。保険適用で行える治療ですが、こちらも当院では行っていません。全身麻酔が必要なため身体的に負担が大きいことが特徴ですので、ETSによる治療は最終手段という認識がよいでしょう。また、代償性発汗*が合併症として起こることがあるため、十分なカウンセリングを行い、以下の条件の下で治療が行われます。
先ほどもお伝えしたとおり、原発性腋窩多汗症の治療の幅は広がっています。だからこそ、治療法を選択する際には、患者さんにとって効果を感じやすいことや生活に取り入れやすいことに加え、なるべく身体的・経済的負担の少ないものから段階的に進めていくことを心がけています。
*代償性発汗:治療対象の発汗が抑えられる代わりに、他の部位からの発汗が増加すること。原発性腋窩多汗症の治療により代償性発汗が起こる場合には、胸や背中などから異常に多くの汗が出るといわれている。
抗コリン外用薬を使用すると皮膚炎やかゆみを引き起こす可能性があるため、様子を見ながら治療していくことが望ましいと考えており、当院では処方されてからまず2週間後に一度受診していただくことをおすすめしています。問題がなければ1か月分の処方が可能ですので、その後は1か月に1回の受診となります。
また、A型ボツリヌス菌毒素製剤の局所注射による治療をしている患者さんは約4~6か月で効果が切れてきますので、そのタイミングで再注射するかどうかを状況に合わせて検討します。
抗コリン外用薬や塩化アルミニウム溶液による治療を行う場合、毎日1回塗ることが推奨されているため、シャワーや入浴の後に塗布するなど生活習慣の1つとして取り入れられるようにお伝えしています。
抗コリン外用薬の場合、塗るタイミングは朝でも夜でも問題ありませんので、塗るのを忘れないよう患者さんの生活サイクルの中に入れやすいタイミングで使用していただくのがよいでしょう。
原発性局所多汗症診療ガイドラインは2010年に初めて作成され、2015年の改訂を経て、2023年版で原発性腋窩多汗症に対する新たな治療薬が追加されました。原発性腋窩多汗症の治療の歴史は浅く、原発性腋窩多汗症が病気であるという認識はまだまだ低いのが現実ですので、まずは“多汗が病院で治療できる”という事実が患者さんにも医療者側にももっと認知されるとよいと思っています。
新たな治療薬の登場によって、これまでは“腋の汗=我慢するしかないもの”とされていた考えが、たとえばニキビ治療と同じように“病院で治療してもらえるもの”という認識に変化していくのではないでしょうか。そのような意味でも、原発性腋窩多汗症の治療は新たなスタートラインに立ったといえるでしょう。
また、原発性腋窩多汗症の診断には必ずしも検査が必要ではないので、いずれ、より多くの病院で治療薬を処方してもらえるようになり、困っている人が少しでも減るとよいと思っています。
多量の腋汗で困っているのであれば、悩みを1人で抱え込まずにまずは病院に受診していただきたいと思います。
この病気は汗の量が治療のスタートではなく、汗が多くても困っていないなら治療の対象にはならないという点が、診療していて特徴的だと感じています。逆に、多量の汗に困っていて何とかしたいと思う方であれば、誰もが治療を受けられる可能性があるということでもあります。自分の症状は治療の対象になるのだろうかと1人で悩むよりも、まず受診していただくことで解決の糸口が見つかることを皆さんに知っていただきたいです。
当院の患者さんの中には、腋汗が治療できることを知って思わず泣き出してしまった方もいらっしゃいました。つまり、それだけ困っている方がいる病気ということだと思います。また、院内のスタッフから「そんな薬があるなんて知らなかった」との声が上がったこともあるほど、治療への認知度がまだまだ低いのが現状です。多量の汗は治療が可能であること、治療の選択肢が増えていること、そしてその効果も期待できることについて、1人でも多くの方に知っていただきたいです。
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