インタビュー

“腋(わき)に汗が出すぎて困る”原発性腋窩多汗症に悩んだら治療を受けて

“腋(わき)に汗が出すぎて困る”原発性腋窩多汗症に悩んだら治療を受けて
藤本 智子 先生

医療法人社団 紬心会 池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 院長

藤本 智子 先生

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緊張したときや体温が上がっているときなどで、(わき)にたくさんの汗をかいた経験がある人は多いでしょう。発汗は本来誰もが持っている機能ですが、“過剰に腋から汗をかくことで日常生活に支障がある”場合は、原発性腋窩多汗症(げんぱつせいえきかたかんしょう)という病気かもしれません。原発性腋窩多汗症とはどのような病気で、どういった治療を行うのでしょうか。池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 院長の藤本(ふじもと) 智子(ともこ)先生にお話を伺いました。

“明確な原因がないにもかかわらず過剰な量の汗が出てしまい、日常生活に支障が生じている”状態を原発性多汗症といいます。原発性多汗症のなかでも腋窩(えきか)(わきの下)に大量の発汗が生じるケースが“原発性腋窩多汗症”と呼ばれます。では、治療の適応は汗の量がどの程度になってから行うのかというと、明確な定義はありません(2020年11月現在)。原発性腋窩多汗症の治療が必要か否かの区別は、あくまで本人が「汗が多い」と感じているために日々の生活で困っているかどうかで決まります。

原発性腋窩多汗症の場合、症状の再現性*がとれないことが特徴で、汗の量はそのとき置かれている環境によって変動します。たとえば夏と冬では、気温が低い冬のほうが汗の量は少なくなります。また、人前に出て発表などをする際は緊張して汗の量が増えますし、自宅でリラックスしているときは汗の量が減ります。このため常に汗が出ているケースは少なく、特定の状況下になると汗が過剰に出ます。

*再現性:同条件下で同じ結果が得られること。

原発性腋窩多汗症のメカニズムをお話しするにあたり、まずは発汗のメカニズムを解説します。

発汗は、体温上昇に関係して起こる“温熱性発汗”と、情動の変化などに関係して起こる“精神性発汗”の2つに大きく分けられます。

温熱性発汗(体温上昇に関係して発汗するケース)

外気温の上昇や発熱などによって体温が上がると、脳の視床下部が「体温が高いので汗をかいて熱を下げなさい」という命令を出します。最終的にその命令は汗腺(かんせん)にはたらきかけて汗を放出します。自分の意思とは関係なく汗が出ることが特徴です。

精神性発汗(情動の変化などに関係して発汗するケース)

体温調節とは関係なく、精神的な緊張や情動の変化などの影響を受けて発汗するケースもあります。温熱性発汗と異なり、精神的な気持ちの変化に大きく関連して汗が出ることが特徴です。

つまり、“汗腺から汗を出す”という結果は同じでも、命令の出所は2種類あるということになります。

そして、腋窩では、この両者の発汗様式で発汗しています。ただし、原発性腋窩多汗症の方と正常な方ではなぜ汗の出方に差が生じるのかという厳密なメカニズムは分かっていません(2020年11月現在)。

個々の汗腺の発達速度によって異なりますが、一般的に原発性腋窩多汗症は第二次性徴が始まる思春期前後で発症することが多いと考えられています。過去の調査によると、日本における原発性腋窩多汗症の有病率は5.75%、平均発症年齢19.5歳とされています1)。また、男女比においては男性のほうが若干多いと考えられていますが、実際に医療機関を受診する方は女性が多い結果となっています。この理由は、女性は男性よりも汗の症状に敏感であり、積極的に治療を希望して行動を起こす傾向にあるためだと思われます。

原発性腋窩多汗症は先述のとおり自覚症状の程度が大きく関わる病気であるため、問診で患者さんの症状の強さや現れ方、日常生活への支障の程度を詳細に伺うことが重要になります。現在の診断基準では、特定の原因がないまま6か月以上にわたって症状が継続し『原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版』に記載されている6つのチェック項目のうち2項目以上が当てはまる場合に、原発性腋窩多汗症と診断します。以下の6項目の中でも私が特に重要な要素と考えているのは6番目で、汗症状によって日常生活に支障をきたしているかどうかが診断、それに続く治療についての大きな決め手となります。

局所多汗症の診断基準として Hornberger ら30)は局所的に過剰な発汗が明らかな原因がないまま 6 カ月以上認められ,以下の 6 症状のうち 2 項目以上あてはまる場合を多汗症と診断している.

1)最初に症状がでるのが 25 歳以下であること

2)対称性に発汗がみられること

3)睡眠中は発汗が止まっていること

4)1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがあること

5)家族歴がみられること

6)それらによって日常生活に支障をきたすこと

原発性局所多汗症診療ガイドライン 2015 年改訂版より引用】

汗を定量的に測定する方法なども存在しますが、通常の診療では問診のみで、発汗量を定量することは行っていません。この理由として、発汗検査は保険適用外であることが第一に挙げられます。また、上述したとおり、原発性腋窩多汗症の症状は常に一定ではないので、仮に同じ患者さんの汗量を複数回連続で採取しても、まったく違う数字が出てしまうことがあります。汗の量から診断を確定することはかなり難しいため、定量的検査は原発性腋窩多汗症診断の必須事項とは定められていません。

重症度判定には、日常生活にどの程度の支障があるかを4段階に分類したHyperhidrosis disease severity scale(HDSS)が世界的に使われています。この重症度判定は通常の診療で行います。

(1)発汗は全く気にならず,日常生活に全く支障がない.

(2)発汗は我慢できるが,日常生活に時々支障がある.

(3)発汗はほとんど我慢できず,日常生活に頻繁に支障がある.

(4)発汗は我慢できず,日常生活に常に支障がある.

原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版より引用】

重症の原発性腋窩多汗症で日常生活に支障が生じている方には治療を検討します。ただし、汗をかくこと自体は自然なことですから、完治させるのではなく、症状をコントロールすることでご自身の生活を向上させることが治療の目標となります。

塩化アルミニウム外用療法

塩化アルミニウムには皮膚の角層と結合して汗の出口を塞ぐ作用があるため、腋窩に塗布することで腋の発汗量を減らす効果が期待できます。年齢にかかわらず誰でも使える薬剤ですが、刺激性を伴うため、副作用で塗布した部位がかぶれたり、ヒリヒリとした痛みを感じたりすることがあります。また、現在、塩化アルミニウムは保険適用下で使える外用薬がなく、薬品代は患者さんの自己負担となります(2020年11月時点)。さらに、各医療施設が院内製剤で処方する必要があるため、全国全ての医療施設の中で塩化アルミニウムを処方できる施設は限られます。

当院では、原発性腋窩多汗症をはじめ、手のひらや足の裏など多汗症の部位や重症度にあわせてさまざまなタイプの塩化アルミニウムを処方しています。

塩化アルミニウムローション100mlを使用する場合、患者さんの自己負担額は1,000円です。また、30%濃度塩化アルミニウムクリームの場合は1,200円、50%濃度塩化アルミニウムクリームの場合は1,500円となります。

※多汗症の診療は保険診療にて行います。

※表示価格は全て税抜き価格です。

※自由診療のため施設によって費用は異なります。

A型ボツリヌス菌毒素製剤の局所療法

塩化アルミニウム外用療法を行っても症状の改善が見られない場合は、A型ボツリヌス毒素菌の注射による局所療法を検討します。注射後は通常半年ほど効果が持続するため、年に1~2回の頻度で継続的に治療を受けることで、症状をコントロールできます。なお、A型ボツリヌス毒素菌局所療法は、重症の原発性腋窩多汗症と診断された患者さんに限り保険下で実施可能な治療法です。

従来、原発性腋窩多汗症の治療は塩化アルミニウム外用療法が第一選択でした。しかしこの治療法は保険適用外で、なおかつ処方できる施設は限られるなどの課題があり、患者さんの治療選択肢も広いとは言えない状況でした。そのような中で2020年11月に、保険適用で使える原発性腋窩多汗症の外用薬が登場しました。

抗コリン薬には、脳からの命令を伝達するアセチルコリンと、エクリン汗腺の受容体の結合をブロックする作用があるため、発汗を抑制できると考えられています。

薬の成分が全身に回る内服の抗コリン薬は、唾液分泌量の減少による口渇や便秘など、全身のさまざまな部位に副作用が出ることが課題でした。これに対して外用タイプの抗コリン薬は腋窩に塗るので全身の副作用が出にくくなっています。なおかつ、塩化アルミニウムのように刺激性がないため、皮膚がかぶれる心配もありません。さらに、保険適用で簡便に治療を開始できることも、大きなメリットになると思います。

皮膚や全身への副作用が少なく、かつ容易に塗布が可能な外用タイプの抗コリン薬が登場したことにより、原発性腋窩多汗症の患者さんの治療選択肢が広がったといえます。

抗コリン薬には眼圧上昇や尿閉(尿を出せなくなること)を誘発する作用があるので、閉塞性緑内障や前立腺肥大症に伴う排尿障害の患者さんは服用できません。

また、目に抗コリン薬が入ると目がかすむ・瞳孔が開くなどの副作用が生じる恐れがあるため、薬を手で触った後に目をこすったり顔の周りに触れたりしないように注意してください。万が一目に薬が入った場合は、すぐに水で洗い流しましょう。

私が原発性腋窩多汗症の患者さんを診ている中で感じるのは、まず、皆さんが衣類に関する悩みを持っていることです。特に制服の場合、素材によっては汗の吸収が悪く、学生さんや職業上制服を着用している方の中には汗染みを隠すことに苦労している方もいらっしゃいます。また、プライベートで着用する衣類も汗染みが目立たない色や素材のものしか着られなかったり、汗染みのためにすぐに洋服を交換しなければならなかったりと、着るものについて悩んでいる患者さんはやはり多い印象を受けます。

画像提供:PIXTA
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そのほか、大勢の前での発表やプレゼンテーションなどで緊張したときに汗がたくさん出て、汗染みやにおいが気になってしまい自分の力を発揮できなかったという悩みを持つ患者さんも多くいらっしゃいます。

画像提供:PIXTA
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前項のような悩みが出たときにもっとも問題となるのは、隠したいもの、すなわち汗が自分の意思ではどうにもならないことだと思います。そのような悩みを抱えている方にお伝えしたいのは、原発性腋窩多汗症の症状は、適切な治療をすれば自分でコントロールすることが可能だということです。医師と相談しながらその時々に必要な治療を選び、日常生活に支障が出ないよう上手く症状をコントロールしていきましょう。

ただし、常に腋の汗が出ない状態を目指そうとすると治療がつらく感じられてしまうかもしれませんから、日常生活の中のどのような場面で汗が出ると困るのかを想定し、生活スタイルに応じて治療を使い分けることも大切です。たとえば、基本的には外用薬による治療をベースに、結婚式などの大事なイベントが控えているときにはA型ボツリヌス菌毒素製剤による治療を行うという選択肢もあります。

そのほか、衣類は汗染みのできにくい素材を選ぶ、下着は腋の下にパッドがついているタイプのものを選ぶなどの工夫も重要です。

原発性腋窩多汗症は、患者さんの精神的状態にも強く影響し、「恥ずかしい」「人に不快感を与えていないかが心配」などの不安を伴う場合が多くみられます。このことから、症状をコントロールせずに放置していると精神的なダメージが強くなり、不安な精神状態や抑うつ状態を招くリスクが高まる可能性はあるかもしれません。

一方で、きちんと治療を受けて症状をコントロールすることにより、多汗症に伴う抑うつ状態や不安な状態などが改善した例は多数報告されています。

多汗に悩む患者さんの中には、「どこで診てもらえばいいのか分からない」とためらっている方や、「恥を忍んで一度病院に行ったが『病気ではない』と言われた」と諦めている方もいるかもしれません。確かに、原発性腋窩多汗症を含めた多汗症全般は命に関わる病気ではないため、かつて“病気”とは考えられていませんでした。しかし2000年代に入ってから、命に関わる病気ではなくても過剰な汗によって生活の質が下がったり、対人関係に支障をきたしたり、労働生産性が低下したりといった障害が生じているということが分かってきました。

そしてさまざまな研究が重ねられた結果、最近では外用タイプの薬が新しく登場するなど、徐々に原発性腋窩多汗症の治療選択肢は広がってきています。一人ひとりのライフスタイルに応じた治療を考えることも可能になりつつありますから、腋の汗で悩んでいる方は、自分自身の生活の質を向上させるために治療を受けることをおすすめします。

1)出典:日本皮膚科学会『原発性局所多汗症診療ガイドライン 2015 年改訂版』

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