「腋にたくさん汗をかいてしまって恥ずかしい」「腋汗が服に染みているのを他人に見られたくない」など、腋汗に悩んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
日常生活に支障が出るほどの多量の腋汗は、“原発性腋窩多汗症”という病気の可能性があります。この病気は思春期に発症することが多く、腋汗を気にして学校での生活や人間関係に支障をきたすケースもあります。また、病院で治療できる病気であるにもかかわらず、日本での受診率は5%弱と非常に低いことが報告されています。
今回は、原発性腋窩多汗症によって中高生が抱える日常生活における問題や悩み、そして解決の一歩となる治療法について、神奈川県立こども医療センター 皮膚科 部長の馬場 直子先生に話を伺いました。
原発性腋窩多汗症とは、原因となる病気がなく、腋に多量の汗をかく病気です。
私たちの体は汗をかくことによって体温調節や皮膚の保湿、免疫作用など体の機能を保っています。しかし、原発性腋窩多汗症のように多量に汗をかくと生活に不便が生じることがあります。
多汗症とは、多量の汗をかくことで日常生活において支障をきたす病気の総称です。
多汗症には、特に原因となる病気がない原発性多汗症と、感染症や糖尿病などほかに原因が明らかで、その影響を受けて起こる続発性多汗症があります。
また、汗をかく場所によっても全身性と局所性に分かれます。体中に汗をかくものが全身性多汗症、一方、腋や手足だけ、顔や頭だけといった限られた場所だけ汗をかくものが局所性多汗症です。
原発性腋窩多汗症の場合は、“特に原因となる病気がなく、腋にのみ多量の汗をかく病気”と言い換えることができます。
統計によると、日本人の約10%が多汗症であり、さらにその中の60%近くが原発性腋窩多汗症であるといわれています。つまり、原発性腋窩多汗症の患者さんは100人中6人くらいの割合で存在するということです。
原発性局所多汗症は20歳代~30歳代の若い人に多くみられ、原発性腋窩多汗症では10歳代の思春期くらいから症状を自覚することが多いようです。
思春期は人の目が気になりやすい時期でもありますので、発症のタイミングと重なって自覚しやすい状態になる、とも考えられます。また、一部の方には“親やきょうだいで同じ症状がみられる”という家族歴が関係しているといった報告もあります。
原発性腋窩多汗症の主な症状は、日常生活に支障が出るほど多量の汗をかくことです。
私も共同研究者として携わった『中高生の腋窩多汗症に対する認識調査:中高生患者と母親を対象としたインターネットアンケート調査』(以下、認識調査)1)によると、腋汗が多いことについて「かなり悩んでいる」「悩んでいる」と回答した中高生の割合は90%以上でした。一方、保護者に対して、子どもが腋汗について悩んでいる程度を質問したところ「かなり悩んでいると思う」「悩んでいると思う」と回答した割合は65.6%と、中高生の回答に対し3分の1ほど少ない結果となりました。
この研究では、多量の腋汗によって引き起こされる悩みに対して、保護者と子どもの考えにギャップがあることが明らかになったのです。
腋に汗をたくさんかくことで、「洋服にできてしまった汗じみを人に見られたくない」「汗のにおいがしてしまったらどうしよう」などと気にして、人と話すことや出かけることを控えるなど、対人関係に影響することもあります。また、場合によっては「学校に行きたくない」と思ってしまう方もいるようです。
対人関係のほか、患者さんをみていると、緊張によって試験のときに汗をかきやすい、汗を気にして勉強や部活に集中できない、といった問題も起こっています。
さらに認識調査では、腋の汗が多いことで「自分に自信が持てない」「気持ちが落ち込む」などの回答もあり、精神的にも影響があることが分かりました。
保護者に言えずにいるけれど実は腋の汗をとても気にしている、といったケースは非常に多いようです。しかし、保護者の方の中には、お子さんが汗で悩んでいるかどうか判断に悩む方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そのような場合、まずはお子さんの行動を見てあげてください。帰宅した時に腋にたくさん汗をかいているかどうかを見て実際の汗をかく程度や、机の上や持ち物に制汗剤をはじめとする汗を対処するための衛生用品があるかを見てみると、お子さんが汗に悩んでいるかどうかが分かりやすいでしょう。
先ほどもお伝えしましたが、腋の汗が多いことで学校生活の中で勉強に集中できなかったり、「自分に自信が持てない」といった悩みから人間関係にも影響が出たりする可能性があります。それを防ぐためにも、汗に悩んでいる方には治療に向けてなるべく早い段階で受診していただきたいです。
受診に悩む方は、汗を気にして制汗剤を買っていることを1つの目安として、受診を検討いただくとよいでしょう。受診を遠慮して制汗剤を買い続けるよりも、薬を処方してもらったほうが費用対効果を見込めると思います。まずは“原発性腋窩多汗症”という病気の存在を知っていただき、汗による悩みや困り事を抱えている場合は、きちんと治療することが大切です。
当院の場合は、お子さんが友人同士の会話で治療について話題になったことや、保護者間のネットワークで“多量の腋汗は治療できる”という情報を知ったことをきっかけに受診する方が最近は多いようです。また、中には病名を知らずに「とにかくたくさん汗をかいてしまう」と受診される方もいらっしゃいます。
保護者の方に受診を促していただくことで、お子さんも治療への一歩を踏み出しやすいと思いますので、お子さんの身の回りに制汗剤があるのを見かけたタイミングで「汗をたくさんかく状態は病院で治療できると聞いたのだけど……」などと、機会を見て保護者の方から、お子さんが汗で困っていないか聞いていただくとよいと思います。
診断を付けるには以下のとおりの基準がありますが、当院の場合は診察を受けた時点で診断がつくことがほとんどで、診断をつけるまでに経過観察になるケースはほとんどありません。
診断基準としては、これら6項目のうち2項目以上にあてはまる状況が半年以上認められ、かつ原因となる病気がないときに原発性腋窩多汗症であると診断がつきますが、腋の多汗に悩む患者さんの中には、ほとんどの項目に当てはまる方もいらっしゃいます。
1)最初に症状がでるのが 25 歳以下であること
2)対称性に発汗がみられること
3)睡眠中は発汗が止まっていること
4)1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがあること
5)家族歴がみられること
6)それらによって日常生活に支障をきたすこと
【原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版より引用】
冒頭でもお伝えしたとおり、日本での受診率は5%弱と非常に低く、多汗で悩んでいる方の多くが病院を受診したことがないといわれています。
さらに認識調査では、原発性腋窩多汗症の治療に関しても親子間の認識にギャップがあることが明らかになりました。腋の多汗を皮膚科で治療できると知っていた人の割合は保護者よりも子どものほうが多く、保護者が8.8%、子どもが28.7%という結果だったのです。
治療に関する親子間の認識のギャップはそれだけではありません。
上の図は、認識調査で医療機関を受診しない理由・させない理由をまとめた結果です。
46.8%の子どもが医療機関を受診しない理由として「お金がかかるので、親に言い出しにくいから/お金がかかるから」と回答した一方で、28.9%の保護者が子どもに医療機関を受診させない理由として「ワキ汗で医療機関に行くのは大げさだと思うから」と回答していました。この結果から、病院で治療を受けたいと思っている子どもとは対照に、保護者は病院で治療を受けるほどではないと考えていることが明らかになりました。
多汗のために病院を受診するのは決して大げさなことではありません。中高生のお子さんの、お金のことを気にして言い出せないという心理も考慮して、保護者の方から受診を促していただけるとよいと思います。
病院を受診することで、保険診療で効果を期待できる薬も処方してもらえますし、皮膚科を専門とする医師に相談したりアドバイスを貰ったりすることもできます。お子さんの対人関係への影響や、勉強や部活への集中力の低下といった困り事を解決できる可能性がありますので、病院で治療を受けることをおすすめします。
原発性腋窩多汗症に対する治療の主な目的は、多量の汗によって生活に支障をきたしている状態や状況を改善することです。ここでは、主に中高生の患者さんに対してどのような治療が行われるかを解説します。
当院で中高生に対する治療を行う場合、保険適用となる抗コリン外用薬を第一選択としています。抗コリン外用薬とは、交感神経から出る“汗をかきなさい”という指令をブロックすることで発汗を抑える塗り薬です。汗をかくはたらき自体に作用し、汗の量を減らす効果が期待できます。
抗コリン外用薬は2020年11月に発売され、治療を続けることで発汗量が減るなどの有効性が報告されています。この薬が登場するまで、原発性腋窩多汗症の治療では自由診療による治療がもっとも推奨されていましたが、保険適用で処方できる抗コリン外用薬が登場し、治療の幅が広がりました。
抗コリン外用薬は原発性腋窩多汗症だと診断されれば処方することができます。1日1回腋に薬を塗る必要がありますが、塗ることを習慣づければ、汗をかかない状態を維持しやすくなるので生活の質は非常に向上すると思います。
抗コリン薬には目に入ると瞳孔を開く(散瞳)効果もあるため、薬を触った場合は目をこすらないようにし、手に付いたらすぐに手を洗うようにしましょう。お風呂あがりや寝る前に塗ると腋を触ることが少ないと思いますので、そのようなタイミングで薬を塗る習慣をつけることをおすすめしています。
まれに皮膚炎や紅斑(血管が広がり皮膚が赤くなること)、かゆみなどの副作用が起こる可能性がありますので、治療を開始して気になることがあればすぐに医師に相談しましょう。
実際に使用し始めて、皮膚炎や湿疹などの副作用が出ていないことを確認できれば、3か月に1回程度、年4回ほど受診してもらうように当院では提案しています。
夏は薄着になるので人目が気になる季節ですが、冬でも暖房が行き届いているので汗をかいてお困りの方もいらっしゃると思います。そのため、季節を問わず定期的に受診をしていただきたいです。
原発性腋窩多汗症の主な治療法には、抗コリン薬以外にも以下のようなものがあります。当院では、身体的負担も考慮し中高生に対して以下の治療を行うことはありませんが、参考としてご紹介します。
A型ボツリヌス菌毒素というタンパク質の薬を腋に直接注射して、交感神経から“汗をかきなさい”という命令を出さないようにして発汗を抑えます。効果は4~9か月ほど持続するといわれていますが、どの程度発汗が抑制されるか、どのくらいの期間効果があるかについては個人差があります。注射のため、治療の際には痛みを伴い、副作用として注射した部位の赤み、腫れのほか、体のだるさを感じることがあります。
軽症の患者さんの場合は保険適用外の自由診療、重症の患者さんの場合は保険適用となる治療ですが、当院では対応しておりません。
汗の出口を塞ぐ効果がある塩化アルミニウム溶液を患部に塗って、汗が出ないようにします。医療用医薬品として承認された薬がないため、院内での調合など、薬が出されるたびに調剤が必要になります。そのため、どこの薬局でも対応してくれるとは限りません。
こちらも自由診療ですが、抗コリン外用薬が登場してからは当院では対応しておりません。
交感神経を切除し、指令が伝わらないようにして発汗を抑える治療です。ほかの治療法で効果がみられない場合、患者さん本人の強い希望があれば医師と十分に相談のうえで行われることがあります。しかし、当院で中高生の患者さんにこの治療をおすすめしたことはありません。
汗をたくさんかくことで日常生活に悩みが出てくるという状態は、単に“汗っかき”という言葉で片づけられるものではありません。まだあまり知られていませんが“原発性腋窩多汗症”という病気があるのです。病院を受診することで悩んでいる状態に診断がつくかもしれません。多量の汗で悩んでいるのであれば、ぜひ病院で治療を受けていただきたいと思います。市販の制汗剤で対処するよりも治療の効果が期待できますし、地域によっては中学生までは医療費が助成される制度もあります。
保護者の方が思っていらっしゃる以上に、お子さんは汗をたくさんかくことに悩んでいると思います。そのような状況の場合は“原発性腋窩多汗症”という病気の可能性が高いので、まずは皮膚科を受診していただきたいです。適切なお薬を処方してもらい、保険診療で経済的にも無理なく定期的な治療を受けていただくことで、お子さんが生活に困る状況を少なくする、あるいは改善することができると思います。
参考文献
関連の医療相談が10件あります
騒音性難聴と耳鳴り
1年くらい前から耳鳴りがきになり耳鼻科を受診したら騒音性難聴とのことでした。その後テレビがついていたり雑音があると会話が聞き取りにくく、仕事中どうしてもなんかしら雑音があるため聞き取りにくく聞き返すことが増えてこまっています。時々耳抜きができないような詰まった感じがすることも増えました… 加味帰脾湯という薬を処方されましたが改善しません… ほかの病院を受診してみるべきですか? あと、耳の感じはとても説明しにくいです。症状を伝えるのになにかアドバイスあったらおしえてほしいです…
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