原発性腋窩多汗症とは、ほかの病気などの要因がないにもかかわらず腋汗の量が多い病気です。腋汗に関する悩みは、その量のほかに“におい”が原因になることもあります。
多量の腋汗やにおいが気になって着たい服を我慢したり、行動を控えたりするなど、日常生活に制限が生じて悩みを抱える方もおり、中には常に汗を気にして過ごすうちにQOL(Quality of Life:生活の質)が低下し、強い不安感を抱くようになる方もいるといいます。しかしながら、市販の汗対策用品などで対応している方が多く、医療機関を受診する方は限られているのが現状です。今回は、腋汗の問題が精神面に与える影響や原発性腋窩多汗症の治療法などについて、秋葉原スキンクリニック 院長の堀内 祐紀先生にお話を伺いました。
原発性腋窩多汗症とは、一言でいえば“腋汗が異常に多い状態”です。ほかの病気などの原因がないのに腋汗が多く、その量の多さから深く悩んでいる患者さんに対して、原発性腋窩多汗症という診断がつくことがあるのです。
発症のピークは20~39歳といわれており、活動性の高い年齢層で悩んでいる方が多い状況がうかがえます。思春期の頃に症状を自覚する方も多いとされており、当院では、適切な治療により改善が期待できると知って10歳代で受診される方や、保護者の方がお子さんを連れて受診されるケースも増えています。
原因となる病気がないのに腋や頭部、手、足の裏だけなど、限られた部分にのみ汗をかく多汗症のことを原発性局所多汗症といい、原発性腋窩多汗症もその1つです。2020年には、原発性局所多汗症(手足や顔の多汗症を含む)の患者さんは日本の人口の10%に該当することが明らかになりました。また、原発性腋窩多汗症に限るとその割合は5.9%で、原発性局所多汗症の中でも原発性腋窩多汗症の割合がもっとも高いという結果が出ています。
腋汗に関する悩みでは、原発性腋窩多汗症のほかに、“汗のにおい”を原因とする腋臭症に悩む方もいらっしゃるかもしれません。腋臭症は“ワキガ”ともいわれ、腋汗が特有のにおいを放つことが特徴です。腋汗でお悩みの方の中には、原発性腋窩多汗症と腋臭症を併発しており、量とにおいの両方に悩む方もいらっしゃいます。
原発性腋窩多汗症と腋臭症は、原因となる汗の成分が異なります。汗はエクリン腺、アポクリン腺という2つの汗腺から分泌されますが、腋臭症の原因となるのはアポクリン腺から分泌される汗です。この汗には皮脂腺から分泌される脂肪酸が含まれており、その脂肪酸が細菌によって分解され、特有のにおいを発するといわれています。
一方、原発性腋窩多汗症を引き起こす汗はエクリン腺から分泌され、脂肪酸が伴う汗ではなく、そのにおいは主に食事の内容に左右されると考えられます。
原発性腋窩多汗症と腋臭症の因果関係は明らかになっていませんが、腋臭症に原発性腋窩多汗症が合併しているケースもあると考えられています。当院の場合は、腋臭症の患者さんのうちの半分ほどが原発性腋窩多汗症を併発しているようですが、まず原発性腋窩多汗症を治療することによって汗の量が減少すると、それに伴ってにおいが治まるケースもあります。
汗の悩みに限らず、コンプレックスを抱えていると、さまざまな場面で行動を控えたり我慢したりしなければならなくなります。ここでは、汗の悩みによってどのような問題が引き起こされているのかについてお話しします。
原発性腋窩多汗症の方は、汗染みが目立ちやすい色の服やノースリーブの服を避けるなど、着たい服を選ぶというより汗の問題を第一に考えた“着られる服はどれか”という視点の服装選びになりがちです。リュックサックは肩紐に汗染みがつきやすいため避けるなど、持ち物の選択肢まで限られてしまう方もいます。また、腋汗パッドが手放せず、忘れて外出してしまって慌てて購入したという話も聞きます。何か行動を起こすとき、常に“汗は大丈夫か”が気になり、その確認に時間を費やすことになるでしょう。“今日はこの服を着てきてしまったから、友達から誘われても断らざるを得ない”といったように、汗の悩みがある方はやりたいことを我慢する場面も多いのではないかと思います。
汗が多いとにおいに対する不安も生じます。中学生や高校生、仕事でスーツを着用する方は、制服やスーツに汗のにおいが付くのも気になる可能性があります。特に冬服では、シャツを通り越してジャケットまで汗が染みついてしまうかもしれません。汗のにおいに対する恐怖心から外出できなくなる方、人付き合いができなくなる方もいらっしゃいます。このように、積極性が失われていく傾向が懸念されています。また、においを取ろうと、体を洗うときにゴシゴシと擦り過ぎて、皮膚炎を起こしてしまう方もいます。
当院では、保護者の方から、中学生のお子さんの服のにおいが気になる、汗の問題を早いうちに何とかしてあげたいといった相談を受けることがあります。本人が気付く前にご家族が気付かれるケースも少なくないようです。しかし、「汗のにおいに気を付けなさい」といった不用意な声かけは、お子さんの不安を増大させ、行動を抑制する可能性もあるため十分な配慮が必要です。
原発性腋窩多汗症など、多汗症の患者さんには不安症(不安障害)やうつ傾向がみられることが報告されています。不安というのは自分の身を守るために人間に備わった大切な感覚ですが、行き過ぎると不安症(不安障害)につながりかねません。汗に関する不安がほかのことにも波及し、極端に人目を気にしたり、些細な出来事にイライラしたりすると、学校生活や社会生活に困難が生じます。また、何かのイベントの前になると腹痛や動悸などの体調変化が起こるという方もいます。常に不安感を抱いているため精神的に疲弊してしまい、勉強に集中できなくなったり、食事や睡眠などの日常生活に影響が及んでしまったりすることもあります。
汗の問題が改善されることで精神的苦痛が和らぎ、積極性を取り戻して前向きに行動できるようになる方もいます。そのため、当院では、不安感の強い方にもまずは根本の原因である原発性腋窩多汗症の治療を進めていきます。また、人との関わりに不安感や抵抗感がある患者さんに、クリニックを安心できる場、避難場所だと思って通っていただくために、来院を歓迎するこちらの姿勢が伝わるよう接し方を工夫しています。
ただし、中には汗の問題が改善されても不安感を拭いきれない方もいます。精神的苦痛が強く残ってしまう方には心療内科の受診をすすめたり、不眠を訴える方には精神の安定を促す漢方を処方したりして、その方に深く関わり続ける姿勢を大切にしています。何でも話せる場、相談できる場としてクリニックを活用していただければと思っています。
ご自身で汗が気になったときが原発性腋窩多汗症の受診のタイミングといえます。今現在、1日に何度も腋汗を気にしている方、腋汗パッドが手放せないという方には受診をおすすめします。医療機関で適切な治療を受ければ、腋汗パッドを使わずに済む状態まで改善が見込めます。多汗症治療を行っている医療機関を受診されるとよいでしょう。
汗の量とにおいの両方が気になる方には、まずは原発性腋窩多汗症であるかどうかを診断し、適応があれば治療を開始します。原発性腋窩多汗症の治療によって汗の量が減少すると、それに伴ってにおいが治まるケースもあります。
原発性腋窩多汗症の診断基準は以下のとおりです。
1)最初に症状がでるのが 25 歳以下であること
2)対称性に発汗がみられること
3)睡眠中は発汗が止まっていること
4)1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがあること
5)家族歴がみられること
6)それらによって日常生活に支障をきたすこと
『原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版』より引用
多汗の原因となる病気がなく、症状が6か月以上みられる場合、上記の2項目以上に該当すれば原発性腋窩多汗症と診断されます。中でも、寝ているときには汗が止まっているのが原発性腋窩多汗症の大きな特徴です。また、多汗症は男女ともにホルモン異常や糖尿病などの病気でも起こり得るため、それらの病気がないか問診で確認します。体の部位によって局所的に汗をかかない(無汗)ところがある場合には、神経疾患の疑いがあるため神経内科への受診を勧めることもあります。
腋臭症の診断には、客観的に評価できる検査方法がありません。受診されたときに特徴的なにおいを確認できないケースもあり、耳垢の状態を診たり家族歴を聞いたりして、治療の適応がなければ、治療を行わず様子を見ることもあります。原発性腋窩多汗症の治療により汗の量が減少してもにおいの問題が改善されず、ご自身が普段感じているにおいの特徴やガーゼテスト法*の結果から腋臭症と診断できれば、適切な治療を検討します。
*ガーゼテスト法:腋に5分間ガーゼを挟み、腋臭症特有のにおいを確認する方法。
原発性腋窩多汗症の治療の目的は、不安の軽減とQOLの改善にあります。汗の量、においの両方を悩みとして抱える患者さんへも、まずは原発性腋窩多汗症の診断・治療を行います。これは、原発性腋窩多汗症の治療によって汗の量が減少することで、それに伴ってにおいが治まるケースもあるからです。ここでは原発性腋窩多汗症の主な治療法について紹介します。
発汗の指令を伝える物質をブロックし、発汗を抑える作用のある抗コリン外用薬を1日1回、適量を腋に塗ります。
抗コリン外用薬は2021年に保険適用となり、現在、この病気に対しての第一選択として推奨されている治療法です。保険適用になった背景もあり、原発性腋窩多汗症の治療を行う医療者の間で薬や治療法に関する情報が広く共有されるようになりました。そのおかげで治療に対する解釈や判断が一定化し、徐々に共通の認識をもった医療機関が増えてきており、これは受診を検討している方にとっても安心して受診できる要素ではないかと考えています。
抗コリン外用薬による治療では継続的に薬を塗ることで薬の効果が安定し、効果を感じやすくなるでしょう。そのため、毎日習慣的に塗り続けることが大切です。なお、散瞳(瞳孔の拡大)、喉の渇き、排尿障害といった副作用があるため、これらに注意しながら使用しなくてはなりません。
当院では、薬を使い始めてから1か月後と、その後3か月に1回を目安に年に数回の受診をしていただいています。
A型ボツリヌス毒素を腋に注射することで発汗の指令を出す物質そのものに作用し、発汗を抑える治療法です。重度の原発性腋窩多汗症では保険適用となりますが、当院で扱っているのは自費診療のみです*。
BT-A局注による治療は完治が見込める治療ではなく、注射の効果は4~6か月程度なので、定期的、あるいは汗を抑えたい時期に合わせて受診されるとよいでしょう。
注射時には痛みがあり、また、副作用としてまれに手の筋力が低下することがあります。なお、BT-A局注に限らず、処置や手術による原発性腋窩多汗症の治療では、どの治療法にも代償性発汗(治療箇所以外の部位からの多汗)が起こる可能性があります。
*秋葉原スキンクリニックにおける費用は77,000円(表面麻酔を併用する場合はさらに5,500円)です。別途、初診料3,300円、再診料1,100円がかかります。(いずれも税込み)
皮膚にマイクロ波を照射し、汗腺組織を熱で損傷させて除去する治療法です。この治療は、原発性腋窩多汗症と腋臭症の患者さんどちらにも行うことができます。当院では、抗コリン外用薬やボトックス治療を行っても、汗の量やにおいの程度に改善がみられない方におすすめすることもあります。
マイクロ波照射による治療は保険適用外の自費診療*です。長期的な効果持続が見込めることが特徴ですが、腫れやしこり、一時的なひきつれ感、感覚鈍麻などの副作用があります(これらの副作用は一時的なものが多いですが、一部のひきつれ感は残る場合があります)。
当院では、治療にかかる時間は1時間ほどで、平均1~2回の施術で改善する方が多く、以降、定期的な通院は不要です。しかし、発汗をもっと抑えたいと希望する患者さんへは抗コリン外用薬を処方する場合もあります。その場合は、上述のとおり定期通院が必要です。
なお、従来使用されてきた抗菌薬(自費診療)については、耐性菌の出現の懸念があるため、現在、当院では使用していません。
*秋葉原スキンクリニックにおける費用は両腋1回385,000円、2回目165,000円です。別途、初診料3,300円、再診料1,100円がかかります。また、治療後の痛みに対して薬を処方する場合は、別途3,000円ほどがかかります。(いずれも税込み)
汗の量やにおいによってQOLの低下を感じている方や人と接することに抵抗を感じる方が日常生活でできる工夫としておすすめなものを以下にお示しします。治療と合わせて、このような工夫を取り入れ、汗をご自身でケアすることで不安感を軽減できるのではないでしょうか。
原発性腋窩多汗症の症状で悩まれている方は大勢いらっしゃるにもかかわらず、受診されるのはその中のごく一部の方に限られています。現在は治療法が確立していますので、汗でお悩みの方はまずは医療機関の扉を叩いてください。10年前よりも格段に治療の選択肢が増えましたので、気軽に受診していただければうれしく思います。
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