北海道函館市にある市立函館病院は、開院より160年以上にわたって道南圏域の地域医療を支えている急性期の病院です。近年は、労働人口の減少に伴う医療職不足に対応するため、デジタルトランスフォーメーション(DX)による生産性の向上に取り組んでいます。
函館では敬意を込めて“函病さん”と呼ばれる同院の特長について、院長の森下 清文先生にお話を伺いました。
当院は1860年に北海道初の官立病院として開院し、160年以上にわたって道南エリアの地域医療を担ってきました。現在は先進医療に取り組むほか、道南で唯一の救命救急センターを備える地域医療の砦として、ドクターヘリによる広範な救急医療に努めています。
また、当院は2022年に手術支援ロボット“ダ・ヴィンチ”を導入し、消化器外科をはじめ、産婦人科、呼吸器外科、泌尿器科などで低侵襲(からだへの負担が少ない)ながん治療に活用しています。さらには“ハイブリッド手術室を備える”“専門の常勤医師が3人以上”など高い基準を要求される治療である“TAVI(重症大動脈弁狭窄症)に対するカテーテルを用いた治療)”を行える道南で唯一の医療機関です。TAVIはこれまでの開胸手術に比べて低侵襲であることから高齢の患者さんの治療を積極的に行っているほか、2023年からは透析患者さんに対するTAVIの治療も開始しました。
道南圏域では、年々救急搬送が増えています。当院の救急車の受け入れ台数も直近の5年間で年間約5,000台から約7,000台に達するほど急増しました。
ひっ迫する救急医療に対応するために、当院は2024年から後期高齢者(65歳以上から75歳未満の方)向けの救急体制を刷新し、軽症の方は当院と連携している地域の医療機関で治療をしていただくようにしました。たとえば脱水や軽い肺炎の場合、救急の現場で診断を行ってから近隣の医療機関に引き継ぎます。ふだんは二次救急に対応していない病院でも、診断さえはっきりしていれば治療を引き受けてくれる場合が多くなっています。
また当院は急性期の治療を行う病院であり、診療を行った後、容体が安定した患者さんはリハビリテーションや療養を専門とする病院に移っていただくこともあります。こうした取り組みにあたってはスムーズな病病連携が鍵を握ります。当院のある函館市では多くの医療機関が地域医療連携ネットワークサービス“ID-Link(アイディリンク)”に参加しており、診療情報を共有することで迅速な地域連携を実現しています。
通称“イカリンク”と呼ばれるこのシステムには、病院間だけでなく、クリニックや薬局、介護施設なども参加しており、患者さんの診療情報や投薬履歴、画像データなどを一元的に閲覧することができます。
たとえば、ふだんは函館五稜郭病院へ通院している患者さんが、救急輪番の関係で当院を受診された場合でも、過去のカルテや画像をすぐに参照できるため、初診でも継続性のある診療が可能です。これにより、紹介状がなくても診療の質を担保でき、患者さんにとっても大きな安心につながっています。
現在では介護や在宅医療との情報連携も進み、訪問看護やケアマネジャーとの情報共有にも効果を発揮しています。これほど多職種にまたがった連携が実現している例は、全国的にもそう多くないようですが、今後こうした連携はますます重要になっていくのではないでしょうか。
当院は今後もこうした連携を活かしながら、地域の中核的な病院としてプラットフォームのような役割を果たしていきたいと考えています。
小児科の開業医師が高齢化している状況を踏まえ、当院は2024年4月に“夜間こども急患室”を開設し、小児の一次救急への対応を始めました。また2024年10月からは、当院の保育施設“市立函館病院 愛児園”で病児保育もスタートしています。
病児保育は、ご家庭の都合などで病気にかかったお子さんの面倒を見られない際、保育施設で一時的にお預かりするものです。当院の保育施設には専門の看護職員や保育士が在籍しており、保護者の方に安心していただける環境をご用意しています。
小児医療は地域の皆さんが安心して暮らすために必要不可欠なものです。当院は市民病院として、今後も地域のニーズに沿った医療活動に努めます。
2023年の秋から硬膜外麻酔による無痛分娩*を開始しました。導入後、出産件数が以前と比べて大きく増加しており、現在では半年先まで予約が埋まる状況です(2025年7月時点)。
当院は、分娩室の隣にICUが配置されているため、万が一体調に異変があった際もすぐICUへ移動が可能です。診療科間の連携体制も整っているので、安心して出産に臨んでいただけるのではないかと思います。
*無痛分娩には、分娩費用に加えて100,000円(非課税)が別途かかります(2025年7月時点)。
日本全体で人口が減っているなか、当院のある函館市でも人口減少は進行しています。このまま手をこまねいていれば医療人材が不足しかねず、将来的に人手不足ともなれば医療の質の低下につながるため、当院ではDXを取り入れて職員1人あたりの労働生産性の向上を目指しています。
具体的には、まず院内の連絡体制に着目し、医師全員にスマートフォンを支給してチャット機能によるスピーディーなコミュニケーションを実現しました。さらには医師だけでなく看護師などのコメディカルにもスマートフォンを支給し、インカムアプリや骨伝導イヤホンなどの導入も進めました。
また、高齢の患者さんは、ベッドから下りる際につまずく等、さまざまな注意が必要です。しかしナースステーションで看護師が待機する従来の体制では、そうした状況にすぐ対応できません。そこで当院は電子カルテと連携できる多機能なナースカートを導入し、できるだけ病床のそばで業務を行えるように工夫しています。
さらに当院では、基本的なインフォームドコンセント(医療行為を行う前に十分説明して合意を得ること)を動画視聴システムへ移行するよう準備しています。これは医師の負担を減らす狙いもありますが、それぞれの医師による説明の過不足を解消し、治療に対する患者さんの理解度を高めることにもつながります。
医療の現場では、診療だけでなく膨大な量の事務作業が発生します。退院サマリーや紹介状、保険会社への診断書、分娩報告など、多岐にわたる文書作成に日々追われるなか、当院ではいち早く生成AIの活用に踏み切りました。生成AIを活用し文章の下地を作ることで、こうした事務的な作業時間の大幅な短縮につながっています。
加えて、当院では検体搬送用ロボットの導入も行いました。これは院内の検査室や病棟間の移動を自動化するもので、これまで人手で行っていた検体運搬の作業を代替しています。労働集約型と言われる医療現場において、こうした1つひとつの自動化は、限られた人材の有効活用に直結します。
労働人口が確実に減っていくこれからを見据え、ITやAIを取り入れて、限られた人員でも高品質な医療を継続できる体制づくりは不可欠です。今後もさらに新しい技術を積極的に取り入れ、医療とテクノロジーの融合を進めていきたいと考えています。
職員の生産性は、業務効率だけでなく職場環境にも大いに関係します。当院では、“心理的安全性”という考え方を重視し、誰もが自由に発言できる風通しのよい職場作りに取り組んでいます。
その例が、2か月に1回のペースで動画教材のeラーニングを活用したり、心理的安全性に関する専門家の講演を受けたりといった取り組みです。
新たに人材を確保することも大切ですが、私はそれ以上に職員が働きやすい環境を作ることが重要であると考えています。これからも心理的安全性が確保された職場作りをすすめ、スタッフ全員が気持ちよく、働きがいを感じられる病院づくりを進めていく所存です。
当院の施設は、函館市の名所として、劇場版“名探偵コナン 100万ドルの五稜星”などの映画のロケ地に度々登場しています。このような伝統的な側面を活かしつつ、当院は先進医療を次々に取り入れてさらなる発展を目指していきます。
また、DXの推進や医療体制の革新によって質の高い医療を継続し、引き続き地域の中核病院としての役割を全うします。
今後も当院は急性期医療に専念し、地域の皆さんが安心して暮らせるよう全力で取り組んで参りますので、よろしくお願いいたします。
様々な学会と連携し、日々の診療・研究に役立つ医師向けウェビナーを定期配信しています。
情報アップデートの場としてぜひご視聴ください。