網膜の下部にある脈絡膜から新生血管が伸び、網膜の中でも最もよい視力を得られる黄斑が障害される「滲出型加齢黄斑変性」。進行すると失明してしまうこともあるため、治療では異常な新生血管の増殖を抑える薬剤「抗VEGF薬」が使われます。加齢黄斑変性の詳しい治療法と問題点について、国際医療福祉大学病院眼科部長の森圭介先生にお話しいただきました。
脈絡膜血管新生と、血管からの液体漏出を引き起こす分子の一つにVEGF(血管内皮増殖因子)があります。抗VEGF薬とは、分泌されたVEGFが受容体と結合することを阻害し、血管新生が起こるプロセスを抑制する薬剤です。
2016年現在日本で認可されている抗VEGF薬には、ペガプタニブナトリウム、ラニビズマブ、アフリベルセプトの3種類があります。抗VEGF療法は注射療法であり、水晶体の奥にある硝子体腔(しょうしたいくう)に定期的に注射を繰り返します。
抗VEGF療法は加齢黄斑変性の最もスタンダードな治療法です。しかし、前項で述べた通り、定期的に注射を受けに病院に通い続けなければならないことなど、多くの問題点があります。通院は患者さんやご家族にとって負担になりますし、注射にはリスクも伴います。加えて、抗VEGF薬で望める視力回復は多くの場合白内障手術のように「劇的」といえるものではなく、視力が数段階回復する程度といったものが多いのも事実です。また、抗VEGF薬は高額であり、このことが継続的な治療をより一層困難にしています。実際に、患者さんの中には治療に伴う負担と片眼の視力を天秤にかけ、「片眼が見えれば生活はできる」と継続治療を断念される方もいらっしゃいます。
とはいえ、無治療では視力が徐々に低下していくのに対し、抗VGEF薬を投与した例では視力の回復がみられるという研究結果も出ています。患者さんの負うリスクや負担を軽減し、加齢黄斑変性の治療結果をよりよいものにしていくために、薬剤が今より安価になることと、注射ではなく点眼など簡便な方法で投与できるようになることが望まれます。
加齢黄斑変性の病型や患者さんの脈絡膜の厚みなどの状況によっては、ごく弱い出力の専用レーザーを病変に照射する光線力学療法(レーザー治療)を用いることもあります。レーザー治療は、かつては加齢黄斑変性の標準的な治療法と考えられていました。しかし、レーザー照射による色素上皮細胞・脈絡膜の組織障害など、合併症が起こるリスクもあることから、より侵襲の少ない抗VEGF療法という選択肢がある現在では、この治療法は症例を選んで行われるようになってきています。
少し専門的な話になりますが、滲出型加齢黄斑変性の中でも特殊型の「ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)」は、現在も光線力学療法の効果が期待しやすい病型です。
現在主流となっている抗VEGF療法は、血管新生を抑制するものであり、一度できてしまった新生血管により障害された神経組織を修復する作用はありません。障害された網膜の再生のために期待が寄せられているのは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた再生医療です。
2014年9月にiPS細胞から分化させた細胞が世界で初めて人に移植され、大きな話題を呼びました。このとき対象となった疾患が加齢黄斑変性であり、手術はiPS細胞から作製した網膜色素上皮細胞のシートを移植するというものでした。
加齢黄斑変性の場合は、色素上皮細胞だけでなく視細胞の再生もできるようになることが望ましいですが、将来的に現実の治療の場でも使えるようになるよう、研究が進むことを期待しています。
国際医療福祉大学 眼科教授
森 圭介 先生の所属医療機関
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