羊水塞栓症(ようすいそくせんしょう)は妊婦さんに起こりうる重篤な疾患で、呼吸困難や胸痛などの症状をきたします。近年、帝王切開のあとにDICを発症する患者さんが増加してきていることから、羊水塞栓症とDIC型後産期出血という疾患の関係性が示されてきています。東京都立多摩総合医療センター 産婦人科部長の光山聡先生にご説明していただきました。
羊水塞栓症とは、羊水成分と胎児成分が母体血中に流入し、急性呼吸循環不全を起こす症候群のことです。症状としては突然の呼吸困難や胸痛、けいれん、血圧低下、性器出血が見られます。
羊水塞栓症の患者さんの子宮体部組織には炎症細胞が浸潤(しんじゅん:周りの細胞に広がっていくこと)しており、正常分娩時の子宮頸管熟化反応(子宮頸管が柔らかくなること)が、頸部のみならず体部にまで起こります。子宮血管だけでなく子宮筋に羊水が流入するのは、一種の子宮のアレルギー反応ではないかとも予測されています。
羊水塞栓症はまれな疾患ですが、最近は羊水塞栓症に伴う産科DIC、DIC型後産期出血がたびたび見られるようになり、産科医の間で注目を集めはじめました。これまで病態がはっきりと分かっていませんでしたが、後述するDIC型後産期出血も羊水塞栓症の一部ではないかということが考えられています。
羊水塞栓症は、かつてから多く見られていた古典的なものと、近年増加しているものの2つのタイプが見つかっています。
古典的な羊水塞栓症では、肺動脈部分の広範囲にわたって羊水成分と胎児成分が確認されます。これらの成分が詰まることで、心肺停止になります。一方、近年発見されている羊水塞栓症では、肺動脈には塞栓が少なく、そこに多数の白血球が集まって、アナフィラキシー反応に類似した病態が出現します。古典的な羊水塞栓症とは少々異なり、羊水が子宮の筋肉に流入して、のちにDICを引き起こすことになります。
DIC型後産期出血とは、胎盤の娩出後、傷が無いにもかかわらずさらさら状の出血が起こり、その後急速なスピードでDICと弛緩出血(分娩が終わった後子宮筋が十分に収縮しないために、胎盤がはがれた面に開いている血管が締まりきらず、大量に出血してしまうこと)に進行する疾患です。これは常位胎盤早期剥離、羊水塞栓症、子癇とともに産科DICの基礎疾患として位置付けられています。弛緩出血を伴うケースが多いことも判明しました。
この弛緩出血には2つのタイプがあります。ひとつは、子宮筋が疲労することで発生する「子宮筋弛緩」というタイプ、もうひとつは血液凝固因子が何らかの要因で消耗し、その結果起こる「血管平滑筋弛緩」というタイプです。血管平滑筋弛緩では血管内に血栓ができないため、血管平滑筋が収縮できなくなり、その結果として子宮が弛緩していきます。
子宮筋弛緩は多くの産婦人科医も子宮弛緩症の病因だと考えているのですが、血管平滑筋弛緩はそこまで多くの方に認知されていません。
また、Sialyl Tn(STN)という腫瘍マーカーの値が上がることも特徴といわれていますが、DIC型後産期出血の患者さん全員が確実にSialyl Tn(STN)が上がっているとも限りません。
DIC型後産期出血は、羊水が子宮血管内に入り込んでしまい、羊水へのアナフィラキシーショックが発生しているために起こると考えられています。
羊水が血管内に入っても異常が現れない方は多くいらっしゃいます。しかし一部の方はそういった反応が起こってしまうのです。この背景には、現代において出産期女性のアレルギーが多くなっているからではないかという推測もなされています。
先ほども述べた通り、記事2『産科DICとは。新しいタイプの産科DICが増加する理由』で説明した産科DICが、帝王切開のあとになって発症するケースが増えてきています。
これまでの事例では、産科DICは常位胎盤早期剥離(詳細は記事1『常位胎盤早期剥離とは―分娩前に胎盤が剥がれてしまう重症疾患』)などに伴って突発的に発生するものであり、帝王切開のあと(分娩が終了したあと)産科DICになるという事例はありませんでした。
それにもかかわらず、東京都立多摩総合医療センターにおいてもこの数年の間に、帝王切開後産科DICを発症する妊婦さんが増加していると感じています。これに対して私が現在注目しているのは、羊水がDICを引き起こしているのではないかということです。羊水に対するアレルギー反応によって、産科DICとDIC型後産期出血が発見されるようになったことが大きいと考えています。
つまり、帝王切開などを施してできた傷のところに羊水が触れ、そこから羊水が流入してくることでDICを引き起こすのです。これは子宮型羊水塞栓症という新しいタイプではないかと推測されており、羊水塞栓症による産科DICの発症が急増してきているのではないかと考えられています。
東京都立多摩総合医療センター 産婦人科非常勤医師(前産婦人科部長)
東京都立多摩総合医療センター 産婦人科非常勤医師(前産婦人科部長)
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医日本婦人科腫瘍学会 婦人科腫瘍専門医・婦人科腫瘍指導医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本周産期・新生児医学会 周産期専門医(母体・胎児)
周産期医療・産科救急から婦人科一般、婦人科悪性腫瘍治療までを一手に担う東京都立多摩総合医療センターにてセンター開設以来、2022年3月まで部長を務める。現在は「地域周産期医療への貢献」と「患者の心と体をサポートすること」を掲げ、救急救命センターとも連携した母体救命対応総合周産期センターにて非常勤医師として多くの妊産婦と胎児を治療している。
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