札幌医科大学医学部免疫・リウマチ内科学講師の山本元久先生は、研修医時代に担当した症例をきっかけに、当時シェーグレン症候群と診断されていた涙腺・唾液腺の腫れを伴う症例の中に、免疫グロブリンのIgG4が高い値を示すものがあることを見出されました。新しく確立された疾患概念であるIgG4関連疾患について山本元久先生にお話をうかがいました。
私たちの体には病原菌などをやっつける「抗体」というものがあります。その抗体の主な成分が免疫グロブリンというタンパクであり、これを英語でイムノグロブリン(Immunoglobulin; Ig)といいます。免疫グロブリンには、IgG・IgA・IgM・IgD・IgEの5種類があり、血液中にもっとも多く含まれるのがIgGです。
IgGにはタイプが4種類あり、IgG1からIgG4まで番号が振られています。血液中に存在する量は番号順にIgG1がもっとも数が多く、IgG4は一番数が少ないのですが、IgG4関連疾患になるとその数がぐんと増えます。
その原因はまだわかっていませんが、IgGの中で多い順でいえば本来4番目であるIgG4が明らかに増えている状態にあり、なおかつ体のどこかに炎症をきたして腫れてくるというのがIgG4関連疾患であると考えていただいてよいでしょう。
私たちの膠原病・リウマチ外来には涙腺・唾液腺に腫れがある患者さんが多く来られています。同じように涙腺・唾液腺が腫れるシェーグレン症候群も膠原病のひとつですので、そのシェーグレン症候群との鑑別をするために私たちのところへ紹介があったというのが、もともと私たちがこの病気を診るようになったきっかけになっています。
それと同時に、実はこの病気に関する私の学位論文を審査してくださった耳鼻科の氷見徹夫教授が大変興味を持ってくださいました。そして札幌市内の開業医や同門の耳鼻科医の先生方にご協力いただき、ネットワークを作って患者さんが見つかったらすぐに大学へ紹介していただくような形をとることができました。その結果、かなりの頻度で患者さんをご紹介いただいたということもあり、私が診る患者さんの大部分が涙腺・唾液腺の症状を持っています。
1880年代にミクリッツ病として報告されていた持続性の涙腺・唾液腺炎は、1950年代あたりからシェーグレン症候群の病態のひとつであると認識されるようになり、その時代が50年ほど続いていました。このため、たとえば20年ぐらい前の少し古い教科書などにはおそらくミクリッツ病という言葉は出てきません。もし記述があったとしてもそれはシェーグレン症候群のミクリッツ・タイプといった形の言い方しかされていなかったのです。
私が札幌医科大学医学部卒業後、当時の第一内科に入局して最初に受け持った症例がこの涙腺・唾液腺炎でした。現在の上司である高橋裕樹准教授がちょうど当時の指導医で、私が研修医という立場でしたが、高橋先生は当時から非常に臨床に長けた方でしたから、シェーグレン症候群として紹介された症例ではあるものの、何か違うのではないかという見解を持っておられました。
高橋先生が過去の症例報告を調べたところ、IgG4の値が高いシェーグレン症候群という形で報告された症例がありました。そこで高橋先生の指示で私が当該症例のIgG4を測ってみたところ、やはり値が高かったということがそもそもの始まりだったのです。
その後、私自身が大学院に戻ったときに、浜野英明先生(信州大学医学部内科学第二講座准教授)の自己免疫性膵炎に関する論文がThe New England Journal of Medicineに掲載され、免疫染色で染めるとIgG4が染まるということがわかりました。また一方では、自己免疫性膵炎にもシェーグレン症候群に特異的な抗SS-A抗体が陰性を示すシェーグレン症候群が合併することが多いという話がありました。
そこで私たちが、これはミクリッツ病ではないだろうかと考えて染色を行ってみたところ、涙腺・唾液腺にも膵臓と同じようにIgG4が染まる細胞がかなりあるということがわかってきました。実はこれらは同じものを見ているのではないか―それがIgG4関連疾患という概念に結びついてきたのです。
それまでにも日本の臨床医の間からは、昔ミクリッツ病と呼ばれていたものはシェーグレン症候群とは違うのではないかという声があり、特に耳鼻科医の目から見ても両者は別のものであるということがたびたび提唱されていましたが、広く受け入れられることはありませんでした。そこへIgG4関連疾患という新しい概念が登場したことで、ようやく明確に区別されるようになってきたというのが現在の状況です。
臨床症状からみても、シェーグレン症候群の涙腺・唾液腺の腫れは一過性であることが多く、何もしなくても治ってしまうこともあるのですが、炎症症状ですので痛みを伴います。これに対してミクリッツ病では、涙腺・唾液腺が持続的に腫れていますし、押しても痛みがありません。ですから、教科書に書かれているシェーグレン症候群の涙腺・唾液腺腫脹とは別のものだという認識は以前からあったのです。
IgG4関連疾患全般において、ステロイドの反応が非常によいということがいえます。記事1「自己免疫性膵炎とはどのような病気か」で触れたようにステロイドのひとつであるプレドニゾロンを中等量で使ってもし反応がなければ、それはむしろ診断が違っているのだと判断しています。
したがって、最初のうちはほぼ100%効果があります。しかしステロイド薬を減らしたり休薬したりするとかなり再発率の高い疾患であるというのが実際のところです。
私たちは約200人のIgG4関連疾患の患者さんを診ていますが、そのデータからいえば本当にステロイドを休薬できた方、つまり最初にステロイドを使っていてその後やめることができた患者さんは3〜4%しかいらっしゃいません。ですから、残りの95%以上の患者さんは維持療法が必要であるということになります。
現在のところ、ステロイド治療はある程度維持しなければならないものとしてとらえる必要がありますが、たとえばステロイドの副作用で大腿骨頭壊死を起こすといった状況があり、病気が再燃してもステロイドを増やしたくないと患者さんがおっしゃる場合には、やむを得ず他の治療を検討する場合もあります。
実際にそういった患者さんがこれまで何人かいらっしゃって、その方たちにリツキシマブという薬が効くということは私たちも経験しています。欧米では少しずつデータが出てきていますが、日本でも現在、厚生労働省の研究班で医師主導の臨床試験が始まろうとしている段階です。
ですから近い将来、おそらく数年後には日本でもこの疾患に対してリツキシマブが使えるようになるのだろうと考えています。ただしリツキシマブもそれで100%治癒できるというものではありません。繰り返し使っていかなければ症状が再燃してしまいます。そして私たちが診ている患者さんでも、リツキシマブを使っていた方にだんだん薬が効かなくなってくるという症例が出てきています。現在はそういった方々の治療を今後どのようにしていくかという課題に取り組む段階に入ってきています。
IgG4関連疾患の膵病変である自己免疫性膵炎に関しては、診療ガイドラインができているため、そこで示されている治療指針との整合性も考慮しなければなりません。私自身は、全身に現れるそれぞれの病変に対し、絶対的な治療と相対的な治療は分けて考えるべきであると考えています。
自己免疫性膵炎による閉塞性黄疸など放置できないものについては治療を強くお勧めしますし、一方で涙腺・唾液腺炎の場合、患者さんご本人はお辛いでしょうが命に関わるものとは違いますので、そういった場合には相対的な治療として、患者さん自身とよく相談をした上でステロイドによる副作用と治療によるメリットを天秤にかけて治療方針を決定していくことになります。
私たちが診ている約200人の患者さんについてはスマートデータベースというものを作成しています。そのデータを検討すると、診断から7年経過すると約半数の方が再燃を経験しています。そしてそのうちの半分が、最初にはなかった内臓器病変での再燃となっています。
私の患者さんでは涙腺・唾液腺の症状がメインなのですが、同じ涙腺・唾液腺で再燃する方が半数で、残りの半分は膵臓や腎臓など他のところで再発しているということになります。つまり、私たちだけではかなりフォローすることが難しい疾患であるといえます。
そのため、札幌医科大学でも他のさまざまな診療科との連携が必要になっています。耳鼻科・眼科はもちろん、下垂体であれば脳外科、涙腺生検を行う時には形成外科の先生にお世話になることも少なくありません。そして循環器科の先生には冠動脈瘤、また大動脈の周囲炎であれば胸部外科も関係してきますし、腎盂や尿路系の症状は泌尿器科の先生にも多く紹介していただいています。
病理も含めてさまざまな診療科との連携が必要であると同時に、各科の先生にもIgG4関連疾患のことをもっとよく知っていただきたいと考えています。
IgG4関連疾患について一時期関与が指摘されていた制御性T細胞については、現在ではそのとらえ方が変わってきています。たしかに炎症が起こっているその場には存在しているのですが、制御性T細胞が本当にどのように関わっているのか、つまり炎症を抑えるために集まってきているという副次的な現象を見ているのか、それ自体が積極的に病態に関わっているのかということはまだわかっていません。
患者さんの血中のIgG4を採ってきて実験動物に反応をさせると、それが悪さをしているらしいということからIgG4自体の病原性も指摘されていますが、IgG4の生理的な意義もまだわかっていません。私としてはこれもおそらく結果を見ているのだろうと考えています。
IgG4関連疾患の背景にはアレルギーのある方が6〜7割とかなり高い頻度でみられ、アレルゲンに対して働く免疫グロブリンであるIgEもかなり高い症例があります。興味深いのは、診断がつくしばらく前からアレルギー性鼻炎や花粉症の症状が現れているケースがあるということです。また通常は高齢で気管支喘息を発症することは珍しいのですが、問診では数年前から喘息の治療を始めているという方もいらっしゃいました。
このような点から、やはりこの病態は何らかのアレルギー性の炎症が背景にあり、さらにいくつかの要因が積み重なることによって発症につながっているのではないかと考えています。だとすれば、最初のアレルギー性炎症に対して制御性T細胞が集まってきているだけなのかもしれないとも考えられるのです。
ですからIgG4が高いということも、やはりアレルギー性の炎症が強くなった結果、副次的な反応として出ているだけなのかもしれません。現在のところ、IgG4関連疾患を診ている多くの臨床医も、IgG4そのものの病原性には否定的な印象を持っているように感じています。
IgG4関連疾患という概念ができたことによって、自己免疫性膵炎やいわゆる昔のミクリッツ病という疾患がより集約された存在となるなど、大きなメリットがあったことは事実です。しかし逆に、核となる部分ではない副次的な反応にIgG4という呼び名がついたことによって、IgG4疾患関連というものがひとり歩きしているという部分があります。今後私たちはこの病気の本質を見極め、それに見合った治療を確立することが急務であると考えています。
東京大学医科学研究所附属病院 アレルギー免疫科 准教授・診療科長
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