あらゆる視点から患者さんを理解し考える

「あらゆる視点から患者さんを理解し考える」

患者さんの視点に立ち、人生を支える海老原覚先生のストーリー

東邦大学医療センター大森病院リハビリテーション科主任教授

海老原 覚 先生

障害の分け隔てなく患者さんに配慮し、患者さんに寄り添う医療を

我々リハビリテーション科は他の診療科の医師と連携して治療をするのですが、時折、「あの患者さん、海老原先生にリハビリテーションをしてもらって本当に嬉しそうにしていますよ」といわれることがあります。

患者さんに寄り添い、患者さんの気持ちを考慮したリハビリテーションが我々のモットーです。患者さんにもそれが伝わっているのだと、とても嬉しくなる瞬間です。

内科からリハビリテーション科に移ってきて早8年、大学を卒業し医師になって27年が経ちました。今では、呼吸器内科・老年病内科・そしてリハビリテーション科という3つの分野を専門にした内科系リハビリテーションに習熟したリハビリテーション専門医として患者さんを支えています。

もともと学生時代に興味を持っていた分野は、呼吸筋や呼吸中枢などの呼吸の調節機能を研究する呼吸器生理学でした。東北大学を卒業後、私はそのまま第一内科の呼吸器(肺機能)グループに入局し、日夜臨床と研究に勤しんでいました。

1996年、私がちょうど30歳のとき、呼吸調節の研究をさらに進めたいと思い立ち、カナダのマギール大学に留学します。この留学で、私はこれまで持っていた固定概念を覆されることになったのです。

当時の日本には「日本人こそが世界で最も繊細で、他者への配慮を怠らない民族だ」という認識が広がっていました。私も例に漏れず、そのように思い込んでいたのです。しかし、相手の気持ちを考える優しさや他者への配慮は日本人だけが特別なわけではありませんでした。

右も左もわからない日本人の私にも優しく接してくれるカナダの人々。私が困っていると率先して助けてくれます。その優しさはとても心地よく、私がそれまで理解していた他者への思いやりとは違い、とても温かいものでした

そうか、人間が他者を思いやるあたたかさとは、こういうもののことをいうのだ―。私は非常に大きな衝撃を受けました。

そして、障害や人種などにかかわらず、どのような背景を持つ患者さんにも分け隔てなく接することができる医師になりたいと、私は強く思ったのです。このときの思いが、今の私が追求するリハビリテーション医療のあり方につながっているのかもしれません。

誤嚥性肺炎の第一人者に導かれて、老年呼吸器内科へ

帰国後、私はもとの第一内科ではなく、老年・呼吸器内科学講座である第四内科に転局します。この理由は、当時の第四内科の教授・佐々木英忠先生に強い感銘を受けたからです。

佐々木先生は誤嚥性肺炎が嚥下機能における2種類の反射(嚥下反射と咳反射)の低下で生じることなどを明らかにした医師で、「患者さんを本当に助けたいと思うなら、患者さんが最も困っていることに取り組まなければならない」という信条のもと、一人ひとりの患者さんに寄り添った治療をされていました。

患者さんの声に真摯に耳を傾け、本当に必要とされる治療を行う佐々木先生。その姿勢を目の当たりにした私は、誤嚥性肺炎のように多くの高齢者さんが経験する疾患こそ、最も研究していかなければならない領域なのだと、強い興味を抱いたのです。

それから私は一心不乱に誤嚥性肺炎を研究しました。その研究のなかで、誤嚥性肺炎をしっかりと治すには、リハビリテーションが非常に重要だと気づいたのです。

誤嚥性肺炎は単純な病気のようで実は奥の深い病気です。内科医の視点だけでは、どうしても起因菌(誤嚥性肺炎を引き起こす原因菌)や使用する抗菌薬に目が向いてしまいますが、どれだけ薬物療法を行っても、患者さんの嚥下機能をしっかりと回復させなければ再び肺炎を起こしてしまいます。

「再入院を防ぐためには、嚥下機能の回復こそが大事。ならば嚥下機能を回復させるために必要なのは、リハビリテーションや理学療法ではないだろうか?」

佐々木英忠教授の退官後、そういった思いをさらに強めていたときに、東北大学で内科系リハビリテーション(内部障害リハビリテーション科)の教授を務めていた上月正博先生から、リハビリテーション科に来ないかと誘いを受けました。このとき上月先生に誘っていただかなければ、私がリハビリテーション専門医になることはなかったかもしれません。

治療とは、薬物治療だけではない

上月先生は、リハビリテーションの重要性に気づき始めている私に向かい、こう仰いました。

「リハビリテーションは運動療法が中心になる医療だ。誤嚥性肺炎を薬物で治療できる内科医はいても、理学療法や作業療法、運動療法を組み入れて総合的に患者さんを治療できる内科医はそう多くはいない。海老原先生の新しい治療のオプションとして、運動療法やリハビリテーションを私たちのもとで身に着けてみないか」

確かに、薬物療法にとどまらず、運動療法や理学療法を組み合わせて総合的な観点から患者さんを治療できる内科医は当時そう多くはいませんでした。この事実に気づかされ、私に新たな目標が芽生えてきました。

呼吸器内科専門医と老年病専門医、ふたつの専門を持っている私がリハビリテーションを学べば、今度は老年病・呼吸器・リハビリテーションという3つの視点で患者さんを診て、最良の治療を提案できる。自分が持つ知識でもっと患者さんに貢献できるなら、次はリハビリテーション専門医として患者さんに向き合っていきたい。

そして2009年、私はリハビリテーション医療という第3の世界に足を踏み入れたのです。

患者さんが障害を受け入れ、克服するために

2017年現在、リハビリテーション医療の道に進んでから8年が経ちました。

私が今、リハビリテーション専門医として最も心掛けていることが2つあります。1つ目は呼吸器内科・老年病内科・リハビリテーション科という3つの視点から総合的な医療を提供すること。2つ目は患者さんの気持ちを汲み、その意志に最大限配慮し、そして、今後の生活をどのようにサポートすればよいか考えることです。

リハビリテーション科は、ときに治癒の見込みがない障害をお持ちの患者さんを診ることになる診療科ですから、相手の気持ちに最大限配慮する意識が非常に重要です。

かつて、障害者といえば若くして交通事故に遭い手足に不自由が残った方や、先天的な異常により日常生活に制限がかかっている方が中心でした。しかし、高齢社会化が加速する昨今では、慢性的な内科疾患をもともと抱えていながら、さらに新たな障害を抱えてしまう方が増えています。この重複障害の問題の重要な点は、身体的な障害を治療しようにも、必ず内科系の障害が関わってくることです。

たとえば脳梗塞の患者さんにリハビリテーションをしようとしても、COPD(慢性閉塞性肺疾患)を持っている方であれば息切れが激しいため、運動療法は多く実施できません。こういった患者さんには、通常の肢体不自由の運動療法に呼吸リハビリテーションを加えることにより、必要な運動療法の達成が可能となる可能性が広がるわけです。

今後はこのように重複障害を抱えた患者さんの増加が見込まれるわけですから、すべての疾患の相互作用を総合的にとらえ、一人ひとりに最適なリハビリテーションを提案していける内科系リハビリテーションに習熟した専門医の存在が重要になってくると思います。

「薬を飲む」や「安静にする」とは違い、リハビリテーションは「苦痛・疲労」と「努力」を伴うものです。人は自分の病気を理解し、受容することがなかなかできないので、いくらリハビリテーションが必要だと説明しても、それを患者さんが実施していくことは容易ではありません。だからこそ、リハビリテーションに後ろ向きの患者さんにも、私は呼吸器内科・老年病内科・リハビリテーション科の視点から患者さんが納得できる説明を行い、そして、患者さんの気持ちを変えていく過程を大事にしているのです。

どのようにすれば患者さんの気持ちに寄り添えるのか。どのようにすれば患者さんに前向きに治療を受けてもらえるのか。患者さんの一生をよりよいものにするにはどうすればいいのか。これからもその理想を突き詰めていきたいと考えています。

 

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