チーム医療こそがあるべき形

東京大学大学院医学系研究科外科学専攻 感覚運動機能医学講座整形外科学 教授
田中 栄 先生

チーム医療こそがあるべき形

100年後の医療のために走り続ける田中栄先生のストーリー

公開日 : 2017 年 07 月 14 日
更新日 : 2017 年 07 月 14 日

「がんを治す、お医者さんになりたい」と思い描いた幼少期

「がんの患者さんを治す、お医者さんになりたいです」

自分ではあまり覚えていないのですが、小学生の頃、私が書いた絵日記にこんなことが書いてありました。

当時読んだ漫画で、まだ幼い子どもががんで亡くなるシーンをみた私は、「世のなかには治らない病気があるんだ」と強い衝撃を受けました。今思えば、これが私を医師の道へと導いた最初の一歩かもしれません。

とはいえ、その後ずっと医師になりたいと思っていたわけではありません。ものごころついた頃は、医療への想いはそれほど強くありませんでした。しかし、中学・高校生時代、周りに医学部を志望する友人が多く、彼らに影響を受けたのか、気がつくと私も医学部を本格的に志すようになっていました。

歩けなかった人が歩けるようになる感動に魅せられて

整形外科で取り扱う疾患は実は生死に関わることがほとんどありません。しかし、整形外科は人の生活の質(Quality of Life)に大きく貢献します。たとえば関節の痛みのために歩けなかった方が、手術によって再び歩くことができるようになり、笑顔を取り戻します。肩が痛く、洗濯物を干すだけでひと苦労だったお母さんの負担が減り、家族に笑顔が戻ります。

「患者さんを笑顔に変える医師になりたい!」「高齢化が進み、今後、骨や関節を扱う整形外科医のニーズは高まるに違いない」

そう思い、私は整形外科医になる決意をしました。

骨の研究のため歯学部へ

本格的に整形外科臨床に携わるようになって強く感じたことは、「わかっていないことがなんと多いことか!」ということです。臨床の現場には困っている患者さんがたくさんいて、現在の医療で解決できることはほんのわずかでしかありません。私は未解決の臨床的問題を解決するためには基礎研究が重要だと考え、大学院への進学を決めました。東京大学の大学院に入学した後、実際の研究指導を受けたのは昭和大学「歯学部」生化学教室でした。「なぜ歯学部?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、答えはシンプル。私が整形外科医になった1980年代は、整形外科教室よりも歯学部の方が骨についての研究が進んでいたのです。

「骨についてもっと詳しく学びたい」

と思っていた私には、それは自然な選択でした。当時の昭和大学歯学部生化学教室では骨の研究やビタミンDの研究に精通した須田立雄先生という有名な教授が指揮をとられており、当時は「須田先生のもとで学びたい!」と多くの医学生や企業研究者が昭和大学歯学部へ集まっていたのです。

私もその一人でしたが、当初の期待通り、須田先生からたくさんのことを教えていただき、また、多大なる影響を受けました。それは骨についての基礎知識・学問にとどまらず、それ以降の医師人生・研究者人生において必要な考え方、医学との向き合い方を学ぶことができたのです。

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東京大学大学院医学系研究科外科学専攻 感覚運動機能医学講座整形外科学 教授

田中 栄 先生

1987年東京大学医学部卒業。日本で最も歴史のある東京大学医学部整形外科教室にて教授を務め、未来の医療を見据えた研究に従事。

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