救えるかどうか、という問いを超えて

DOCTOR’S
STORIES

救えるかどうか、という問いを超えて

患者さんに寄り添い続けると決意した片岡仁美先生のストーリー

京都大学医学研究科 医学教育・国際化推進センター 教授
片岡 仁美 先生

救えなかったら敗北か?

「患者さんを救いたい」

医師になる理由としてしばしば聞く表現ではないでしょうか。私も、医師を目指したとき、「困っている人の力になりたい」という素朴な思いがありました。しかし「困っている人の力になる」とはいったいどういうことか、深いところまで考えが及んでいませんでした。

医学部に入学し、ほどなくして読んだ遠藤周作の『海と毒薬』に「人を救うために医者になったのに」というフレーズがあり、私はそこで立ち止まりました。

困っている人の力になりたい……病気に直面する人にとっては治すことが一番望ましいこと。しかし、医学はすべての人を救うことはできない。それでは救うことのできない患者さんの前で自分の無力さにさいなまれるのではないだろうか。私はそのことに耐えられるのだろうか。

素朴な気持ちで医師を目指したものの、生についても死についても自分なりのはっきりした答えを持っていないことにがく然とし、自問自答を繰り返しました。当時まだ現在ほどは行き渡っていなかったターミナルケアやホスピスに深い興味を覚え、図書館の該当する本をすべて読みましたが答えは見つかりませんでした。しかし、その過程で救世軍清瀬病院ホスピスにおいて夫妻でターミナルケアに取り組んでおられた内科医、中島美知子先生の記事に出会い、医学科1年の秋に先生のもとを訪ねてみました。

大切な言葉

そこで、中島美知子先生と夫君で牧師である中島修平先生のお話を拝聴したことは、その後の私の医師としての重要な指針となっています。「医師の仕事は患者さんを救うこと、ともいわれるが、自分が医師として患者さんを担当し、その方が治癒しえない状況のときに無力感を感じるのではないか。その状況での自分の役割をどう考えてよいかわからない」という私の問いに対し、お二人は「患者さんを救うという考え方は奢っています。その人の人生はその人だけのもので、私たちは患者さんが自らの人生を生き抜くのを精いっぱい支えるのです」と静かに答えてくださいました。

そのとき私は医師になることの意味をはっきりと自覚し、「人の命に深くかかわる医師という職業に生涯をかけて取り組もう」と心に誓いました。そのころから今に至るまで、一度も自分の進路に対して迷ったことや、医師を辞めたいと思ったことはありません。医師という道に進むことを自分ではっきりと掴みなおし、揺るぎない覚悟を決めたその瞬間のことは今でもありありと覚えているし、その決意はいつでも自分を支えてくれているのです。

臨床・教育のモデルとなったアメリカの恩師

医師として働き始めて3年目、アメリカへ臨床研修に行きました。そこで指導をしてくれた先生は、今でも私のお手本になっています。

患者さんへの態度がとても的確で、相手にとって適切な言葉を使って話す先生でした。手を握るとか目をみて話すとか、そうした基本的なことだけでなく、自分がいかに診療外の時間でもその患者さんを思っているのか、きちんと言葉で伝えるのです。

「朝晩の回診以外の時間でも、ちゃんと資料を集めて検討したり、カンファレンスの時間にはみなで治療方針について考えたり、あなたの側にいない時間も皆であなたのことを考えていますよ」と、しっかりと言葉にして患者さんに伝えていました。患者さんからみれば、医師が病室に訪れる短い時間だけが医師が自分に割く時間と見えても致しかたありません。しかし、そばにいない時間もいつも患者さんのことを考えていると伝えてもらえば、どんなに心強いでしょうか。

いくら患者さんのことを思っていても、口に出さなければ伝わらない。

そのことを先生は教えてくれました。いつも心では一番大切と思っていた患者さんを支えるということをいかに表現し、伝えるか、ということを実感した瞬間でした。

先生は教育に関しても言葉できちんと伝える人でした。先生が細かくフィードバックやアドバイス、そして褒めてくれるおかげで、自分のどこが課題なのか明確に理解することができましたし、どう成長しているかを実感できました。

この後進の育成に対する姿勢も、その後自分自身が教育者として教育に携わる際のお手本になっています。

患者さんから絶対に手を離さない

「絶対に患者さんの手を離すなよ」

研修医のころに内科部長にいわれた言葉です。当時は単なる比喩だと思っていましたが、今ではこの言葉が医師として本当に大切なことであると感じています。

たとえ研修医だろうと、ひとたび担当医になれば、その患者さんの一番の理解者でなければなりません。私たち医師は、患者さんの人生を代わってあげることはできません。しかし、精神面も含めた一番の理解者になる努力をすべきだと思います。

医師は病気を診るだけでなく、人をみる仕事であるといいます。この視点で考えると、自分の人生経験が無駄になることはひとつもありません。さまざまな経験を経ているからこそ、患者さんを思いやり、精いっぱい支えられる力が生まれるのです。ですから、若い医師にも私は人をみているんだという自覚を忘れず、多くのことを経験してもらいたいです。

私自身、ふと過去を振り返ったとき、「あの患者さんにしてあげられたことは、もっとあっただろうな」と思うことがあります。しかし、20代のあの頃だからこそ患者さんに伝えられた言葉、まっすぐさや懸命な態度もあったと思います。

そしてこれからの経験もいつか未来の患者さんに寄り添うための大事なものになると信じています。そう考えると、医師とは自分の経験のすべてを生かせる職業なのだと思います。

これからも、常に学び続けることを忘れず、患者さんの手を離さない医師でいたいと思います。

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