長崎県長崎市に位置する日本赤十字社長崎原爆病院は、地域の中核病院として日々の診療や救急受け入れに注力しています。長崎市の原爆投下後に被ばく者の健康管理や治療のために開設された同院には、現在でも被ばく者が治療に来院しています。2020年に新病院を新築した同院が取り組む被ばく者治療や日々の診療について、日本赤十字社 長崎原爆病院 院長 谷口 英樹先生にお話を伺いました。
長崎原爆病院は1958年に被ばく者の治療と健康管理のために開院しました。当院が開院した1958年は長崎市に原子爆弾が投下されてから10年以上が経過しています。
被ばくした方々のなかには10年前後で白血病※やがんを発症する方もいらっしゃいます。戦後でまだ不安な日々を過ごす地域のみなさまに、病気の治療を提供するために長崎市内で開院した背景を持ちます。
※白血病……白血球ががんになる血液がんのひとつ
当院は、被ばく者の患者さんの割合が約20%と日本屈指の比率になっており、2023年11月現在も多くの被ばく者の方が来院しています。子どもの頃に被ばくされた方が高齢化し、がんの発症が多くなっていると感じています。もちろん、がんの発生には被ばく以外にも喫煙や飲酒などさまざまな原因があります。
放射線被ばくも、がん発症のひとつの原因として考えられています。そのため、当院では被ばく者医療の一環であるがん診療を多く実施しています。
被ばく者のがん診療だけでなく、一般の患者さんのがん診療にも注力しており、当院全体の約50%ががんの患者さんです。2020年に新病院を建てた際は化学療法を外来で受けられる外来治療室を従来の8床から20床に増やしました。化学療法はがんの治療の3本柱(他に手術、放射線治療)の1つで、近年は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの新薬が次々に生まれ目覚ましく進歩しています。当院ではこの化学療法を外来で行う通院治療も積極的に行っています。
また、新病院では18床からなる緩和ケア病棟を新設しました。緩和ケアはがんに伴う痛みや辛さに対応する医療で、この病棟を作ったことでがんの検査・治療・緩和ケアというがん診療に必要な流れを当院で一貫して診させていただくことができるようになりました。
当院でもとくに多く治療しているのが肺がんと血液がんで、どちらも県内有数の症例数になっています。長崎県は全国でも肺がんの死亡率が高いことで知られており、当院では1993年に私が外科手術を開始して以来、3,000件以上の手術を行ってきました(2021年3月現在)。また、血液がんは県内では当院と長崎大学が治療を行っており、当院では「最新最善の治療を施行する。」をモットーに、とくに骨髄異形成症候群と悪性リンパ腫の症例数は日本屈指の実績を持っています。
2024年1月からは手術ロボットを導入しました。まずは前立腺がんの手術からはじめ、来年度からは消化器(大腸がん等)の手術でもロボットを応用する予定です。
また、訪問看護ステーションでは、がん患者さんのケアを行える体制を整えました。在宅での治療が必要な方や、がんの治療のために就労が難しい方など、患者さんの背景はさまざまです。当院の訪問看護ステーションでは治療から在宅復帰、お看取りまで患者さんのケアに従事しています。
当院では開設から現在に至るまでに受診された患者さんのカルテをすべて保管しています。開院当初は被ばくした方々も多く来院し、治療にあたっていました。放射線被ばくによる人体への影響は現在でもまだわからないことが多くあります。
このカルテは被ばく者の状態や、健康被害を後世に伝えるために保管してきました。紙のカルテでの保管だったものを、現在はスキャンして電子化し電子カルテ上でいつでもみることができるようにしています。
当院は他の医療機関と協力して、地域の救急患者の受け入れを行っています。輪番制とは、地域の医療機関が順番に救急を担当するというシステムであり、長崎市では4日に1回の割合で2次救急患者を受け入れるという体制です。
現在は、長崎市も高齢化が進み、高齢の患者さんの救急受け入れが増えてきています。高齢の患者さんは救急搬送をきっかけに受診するかたちになりますが、なかには高血圧や糖尿病などの基礎疾患を持っている方もいます。
合併症などを持っている患者さんに対して、救急搬送された病状のみの治療を行うのではなく、合併症に配慮しながら治療を行わなくてはなりません。そのため、当院の救急医療では、患者さんを総合的に診療し、治療にあたっています。
日本赤十字社は災害医療を大きな柱としており、当院も日赤病院としての責務として常に災害に対する備えをしています。たとえば、災害救護活動の情報の共有や発信をはじめ、食料や水の備蓄も日頃から常備しています。
また、災害発生時に迅速な対応ができるように訓練をしています。救護所の設営や器具の使用など、いざ使用する場面に直面したときに迅速に使用できるようにしなくてはなりません。そのため、毎年実施している各種訓練への参加のほかに普段から器具の使用方法を学んでいます。
当院は長崎県から災害拠点病院に指定されているほか、DMAT指定病院にも指定されています。DMATは災害の急性期に活動できる、専門的な研修・訓練を受けた災害派遣医療チームで、当院では2チームを編成し災害発生時に県から要請があれば被災地へ派遣しています。
さらに、当院には5班からなる日赤災害救護班が常駐し、災害時には被災地へ派遣しています。直近では2024年1月に年に発生した能登半島地震の被災地に派遣しました。被災地では同じく派遣された赤十字社の救護班や、各病院のDMAT部隊と協力し、災害救護に従事します。
若手医師の研修先となる、臨床研修指定病院に指定されています。そのため、若手医師の育成にも力を入れています。当院の良さは、規模が大きすぎないがゆえの各診療科の垣根の低さで、各科と連携しチーム医療を学んでいくことができます。がん診療だけでなく一般疾患の診療も多く実施しているため、内科から外科まで幅広く経験を積むことができるのも当院の特徴ではないでしょうか。
実際の指導においては上級医と1対1体制でメンター制を導入しており、研修での疑問はもとより私生活の相談まで応えています。また、当院では若手医師に地域の病院の診療に早く慣れてもらうために、患者さんのファーストタッチを研修医が行うことが多くあります。もちろん先輩医師が近くで指導しています。
日本赤十字社の救急医療は研修体制も充実しています。たとえば、熊本赤十字病院は赤十字社の病院のなかでも救急医療に特に力を入れています。当院の若手医師は研修期間中に熊本県に行き、熊本赤十字病院で救急医療を学ぶプログラムがあります。
私は日赤長崎原爆病院に30年以上勤務しており、当院の事や長崎医療圏の地域の医療についてよく知っている1人であろうと思います。そんな私が目指すのは、当院が長崎の中核的な病院として、皆さんに安心していただける病院になることです。その思いを持って、2020年に新病院を建てた際はさまざまな工夫を行いました。例えば病院の面積は従来の1.5倍広くなりましたが、広げた分はほぼすべて患者さんに関わる施設としました。また、大部屋でどこからも日差しが入り込むようにすべてのベッド付近に窓を設置し、明るい室内になりました。ただし病室に強い西日が入らないよう窓の角度に工夫を凝らしており、入院される患者さんにできるだけストレスがかからないようにしています。
当院は “人道・博愛の赤十字精神のもと、地域並びに被爆者の皆様へ良質な医療を提供します”という理念のもと、日赤の病院として災害救護に尽力し、被ばくされた方の治療を行うほか、お住まいの方々の一般診療にも力を入れています。どのような症状でもぜひ当院を受診してほしいと思います。