心臓の冠動脈バイパス手術の方法として、新たに90年代に登場したものの、当初は、医療従事者ですらその安全性を疑問視していたオフポンプ・バイパス手術。しかし今では、患者さんの身体への負担や合併症が人工心肺を使用した時に比べて少なく、また術後の経過もよいことが知られ、日本では、人工心肺よりも多く行われるようになっています。
心臓病の専門病院・石川島記念病院の院長であり心臓病(虚血性心疾患)の外科的治療のエキスパートである南雲正士先生は、早くからオフポンプ・バイパス手術の低侵襲性(身体への負担が少ないこと)に着目し、オフポンプ・バイパス手術を「いつでも・だれでも・どこでも」行えるようにすることを目標にしてきました。今回は南雲先生に、オフポンプ・バイパス手術の切開方法や、標準的な手術方法について伺いました。
人工心肺を用いずに行うオフポンプ・バイパス手術には、おおきく分けて二通りの切開方法があります。一つは胸骨正中切開といって胸の中央を縦に切開する方法です。もうひとつは左開胸(左の胸を横に切開する)による方法です。また左小開胸で、主として心臓の前側にある血管(左前下行枝)に左内胸動脈をつなぐ場合に選択するミッドキャブ(MIDCAB, Minimally invasive direct coronary artery bypass)という手術方法もあります。
ミッドキャブの場合は手術時、6〜7センチの小さな穴を開けるだけなので、傷跡が小さくて済みます。また正中切開の場合は手術後1週間かかる入院期間を4,5日に短縮できることも良い点でしょう。ただし手術時間は、正中切開のオフポンプに比べて圧倒的に短いというほどではありません。
傷跡が小さくて済むミッドキャブ手術ですが、適応範囲が狭いという欠点があります。ミッドキャブが適応できるのは、1枝病変でほかの血管は全て正常という場合のみに限られます。また、切開した後で何かあった時にも正中切開なら対応できますが、ミッドキャブほど小さな穴の場合は難しくなります。一時期流行ったミッドキャブですが、今はそれほど行われていないのではないでしょうか。
オフポンプ・バイパス手術のメリットが明らかになってからは、私は虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)に対する標準術式にすることを目指してきました。つまり、オフポンプ・バイパス手術を、心臓の外科医なら誰でも、いつでも、どんな患者さんに対しても対応できる、という状態にすることが目標です。
正中切開を選ぶか、左開胸を選ぶか、または上腹部の切開を選ぶか、切開方法についてはケースバイケースです。またもちろん、傷跡の小さなミッドキャブや、左開胸など、正中切開以外の手術も選択肢として持っておく必要はあります。しかし、オフポンプバイパス手術の切開方法としては、さまざまな状況に対応できる正中切開がまず基本になると考えています。
左開胸やミッドキャブといった手術は傷が目立たないというメリットはありますが、心臓全体に多くのバイパスが必要な場合は特に、胸骨正中切開の方がバイパス本数に制限が無く、質の高い手術が可能なのです。また、術後の痛みの点でも、正中切開の方が少なくて済むことがわかっています。
グラフトの選択やデザイン、手術をどのような戦略で行うかというのは、常にケースバイケースで考えなくてはいけません。しかしそのなかであっても、左内胸動脈を左前下行枝につなぐというのを基本として考えています。
まずは正中切開を行って、左前下行枝に左内胸動脈を一本つないで心臓をいい状態にしてあげること。それだけで心臓全体の血流の6割がよい状態になります。一本つなぐだけで心臓に余裕ができて、心臓が元気に動くようになってくるので、しばらく待って、次の血管をつなぎます。
オンポンプ(人工心肺装置を使用した体外循環)で心停止下を行った場合だと、この時間的な余裕がないのです。体外循環時間を長くしたくはないばかりでなく、心停止中は心臓に血がまったく流れていないので、どうしても、なるべく時間を短くしようという意識が働きます。オフポンプであれば一本つないで、少しまって、少し元気になって、という駆け引きができます。一本目をつなぐだけでもかなり元気になりますし、その後も手術をやりながら心臓は良くなっていきます。
まず一本目の血管をつなぐことで心機能を回復してあげて、それから心臓を脱転(だってん:ひねってひっくり返すこと)すれば、安全に、一定の視野でバイパスを行うことができます。ステップバイステップで心臓を手術中に良くしていきながら、バイパス手術が完成するのです。