性感染症とは、原因となるウイルスや細菌に性交渉等の濃厚な接触を通じて感染することで引き起こされる疾患です。感染した時の症状は性器や咽頭などに生じることが多いですが、どのような症状があらわれるかは性感染症によって異なります。しかし、感染しても症状が必ず出るとは限らず、性感染症によっては症状が出ないものもあります。
東京女子医科大学東医療センター 耳鼻咽喉科准教授の余田敬子先生に、咽頭における性感染症の所見について、画像を交えて教えていただきました。
感染が拡大すると社会的な影響が大きい感染症においては、患者が発生すると最寄りの保健所に届け出る必要がある「全点報告対象」と、疫学的な動向を知るため指定された医療機関が患者数を保健所に届け出る「定点報告対象」があります。性感染症では、全点報告対象として梅毒、定点報告対象には性器ヘルペス・尖圭コンジローマ・淋菌感染症・性器クラミジアが指定されています。
性感染症は性器のみに感染する疾患ではなくなりつつあります。性的行動が多様化しつつあるため、口の中に感染する例が多くみられるようになりました。性感染症は性行為を通じて感染するため、性器に症状があらわれなければ大丈夫と考えている方もいらっしゃいます。しかし、性感染症のなかには症状があらわれないもあるために自分で気がついていないだけで感染していることもあるのです。
性感染症は放置してしまうと、不妊の原因になることもあります。気づいても気づかなくても性感染症を放置してしまうと、そのままパートナーなどにも感染を広げてしまいます。
こうした事態を防ぐためにも、口腔内の性感染症にも注意する必要があるといえるでしょう。
梅毒とは、トレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum; 以下T.p.)という細菌が体内に侵入することで発症する性感染症です。梅毒は感染して症状があらわれるものを「顕症梅毒」、検査結果が陽性でも症状が確認できないものを「無症候梅毒」といいます。
顕症梅毒は感染してからの時間経過によって、4つの病期に分類することができます。口の中やのどに梅毒の症状が現れるのは、主に感染してから6〜12週間後の第2期です。実際に口腔咽頭の梅毒の患者さんの半数以上は、食事するときに咽頭痛を感じるなどの違和感を訴えていました。
病期が進行するにつれて梅毒は全身に症状があらわれるようになります。第2期になると、乳白色の粘膜斑を確認することがあります。軟口蓋のふちに沿って生じた粘膜斑は蛾が羽を広げたようにみえることから、“butterfly appearance”と称することもあります。
乳白斑は先にご紹介した軟口蓋以外にも、舌に出現することもあります。このとき乳白斑は舌下面(舌の裏側)に確認されることが多いです。
口腔・咽頭が梅毒に感染していると、上記のような粘膜斑以外にも口角のびらんや白斑や赤みを確認することもあります。男性の場合では梅毒とHIV感染の合併症の可能性があるので、梅毒と診断されるとHIVの検査を受けることが勧められています。
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染すると、発熱や頭痛など風邪に似た症状があらわれることがある「感染初期」、感染初期の症状がおさまって自覚症状があらわれない「無症候期」を経たのちに、免疫機能が低下してエイズを発症する「エイズ期」があります。
HIVに感染していると免疫力が低下するため、いつもなら悪影響のない細菌が何かしらの感染症を引きおこす日和見菌感染を起こしやすくなります。とくに無症候期以降に生じるHIV感染の初発症状のうち、約40%近くが口腔内に生じるために本人が異常に気づきやすく、HIV検査の実施や診断のきっかけになります。
カンジダ症の原因となるカンジダ・アルビカンスは、普段から口腔内に存在している真菌の一つです。
HIVに感染した人のカンジダ症の程度(重症度)は発症してからの期間や患者本人の免疫力によって異なりますが、無症候期以降に確認する症状として最も多いことが知られています。
日本のHIV感染者の大半を20~50代の男性が占めています。この年代の男性の口腔内にカンジダ症がみられる場合には、HIVの感染の可能性を考える必要があります。
舌のふちに確認されることが多い、毛状もしくは皺状やヒダ状をした白い病変のことです。白い病変のためカンジダと似ていますが、病変をこすっても取れず、カンジダの治療に使用される抗真菌薬を使用しても消失しないため、カンジダと区別することができます。最終的な毛様白板症の診断は病変部を採取して検査する「生検」が行われます。
通常の歯周囲炎よりも症状が激しく出るのが、HIV関連歯周囲の特徴です。HIV感染者特有の症状として歯肉周辺に沿うようにして赤味がみられる「帯状歯肉紅斑」や、歯肉の辺緑部に壊死性の潰瘍が生じる「壊死性潰瘍性歯肉炎(歯周炎)」などをあげることができます。
尿道に感染すると淋菌は膿性の、クラミジアはさらさらとした漿液性の膿を分泌します。性感染症のなかでも淋菌やクラミジアは症状があらわれにくいのですが、口腔咽頭に感染するとほとんどが無症状です。
自覚症状が無いため知らないうちに口から性器へと感染を広げてしまうので、淋菌やクラミジアに感染している潜在的な患者は多いと考えられています。特にクラミジアは10代後半の若年層に感染者が多いといわれています。
もし性器に感染していると、男性なら尿道を通じて精巣上体炎、女性は腟を通じて子宮頸管炎や卵管炎へと進行する可能性があります。生殖器の疾患は不妊症の原因の多くを占めていますので、口腔内の感染を調べることは将来の不妊を防ぐことにもつながるのです。
東京女子医科大学東医療センター 耳鼻咽喉科 准教授
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