インタビュー

海外渡航前の予防接種について

海外渡航前の予防接種について
古閑 比斗志 先生

特定非営利活動法人JAMSNET東京 理事長、ふかやクリニック 院長

古閑 比斗志 先生

JAMSNET東京(ジャムズネット東京)は、海外居住経験を持つ医療、保健、福祉、教育、生活等の...

JAMSNET東京(ジャムズネット東京)

この記事の最終更新は2016年08月12日です。

渡航医学(トラベルメディスン)は、近年ますます増加する海外渡航者の健康問題に対応するために生まれた新しい医学領域です。日本では海外医療に携わる医療従事者を中心とした「日本渡航医学会」などに加え、ニューヨークを拠点として在留邦人の心身の健康を日本語でサポートする非営利団体「JAMSNET(Japanese Medical Support Network)」の帰国者メンバーが中心となり、2009年に特定非営利活動法人「JAMSNET(ジャムズネット)東京」が発足しています。この記事では、日本渡航医学会評議員・JAMSNET東京理事長を務める古閑比斗志先生に海外渡航前の予防接種についてお話をうかがいました。

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表:地域別に推奨される予防接種(◯は推奨)
「海外渡航者の予防接種Q&A」(川崎医科大学小児学教室)より引用

※上記は国内承認ワクチンのみ。腸チフスなど輸入ワクチンは渡航者向けのトラベルクリニックで接種が可能。

海外に行く方は旅行者だけではありません。仕事で海外赴任される方やそのご家族、あるいは留学生なども含まれます。予防接種が推奨される地域に行く方であれば、基本的にはその目的にかかわらず、全員に予防接種が必要です。

留学生の場合は、予防接種を受けていないと入学できないことが多く、特にアメリカなどでは集団生活で必要なMMR・DPT(Tdap)・水痘A型肝炎B型肝炎髄膜炎などのワクチンを打っていないと入学することができません。

ワクチン接種のタイミングとしては、日本でワクチンを打ってから海外に行く方法と、海外に行ってからワクチンを打ち、証明書を発行してもらって入学するという方法があります。どちらを選択するかは留学先などによって本人が選択することになりますが、留学前に時間が限られている中で計画的にワクチン接種をする必要がありますので、できるだけ海外に行く前に打っていくほうがよいでしょう。

一般的な短期滞在の海外旅行については、先進国に行くときには予防接種はほとんど必要ありません。感染症にかかっても、先進国であれば現地で治療ができるからです。しかし、発展途上国には先進国で流行していないような病気がたくさんあります。

たとえば麻疹風疹などは発展途上国ではありふれた普通の病気です。日本では、今の子どもたちはすでにワクチンを打っているのでかかる心配はありません。また、大人については、昔の日本ではワクチンがなかったため、多くの方がかかった経験を持っています。しかし、今まで麻疹や風疹にかかったことがない大人の方やワクチンで抗体が付いていない方は海外に行くと感染する可能性があります。

海外に行ったときに麻疹や風疹にかかり、それを日本に持ち帰ってきて国内で感染が拡大するという悪循環も起こりうるため、そのようなケースにおいては事前のワクチン接種を推奨しています。

業務として社員を海外に派遣する場合、会社は社員を守る義務(安全配慮義務)があります。私が現在、診療所長として勤務している千代田化工建設株式会社においても、海外で勤務する場合は会社として予防接種を推奨しています。

多くの企業では、特に強く推奨するものに関しては本人に打ってもらい、費用は会社が負担するという形をとっています。ビザの発給要件としての接種証明書が必要な黄熱ワクチン以外も本来であれば業務命令として強制的に受けさせるようにしたいところですが、ワクチンの接種に関しては強制することはできないため、本人が納得した上で打っていただく必要があります。

ワクチン接種の料金は保険でカバーされないため、自費負担となります。

海外渡航前にワクチンの予防接種を受けるかどうかは、費用の負担をどうとらえるかによって大きく変わってきます。そもそも海外旅行に行く場合、ある程度高額な旅行代金がかかりますが、予防接種を受けるとなればその費用がさらに上積みされます。場合によっては旅行代金よりも高くなることも珍しくありません。

欧米ではワクチン接種の必要性について理解が進んでいるため、自費で負担してでもワクチンを接種してから海外に行くことが半ば常識となっています。ところが日本では、義務として定められたことに関しては守るという意識が高いのですが、自分の責任においてワクチンを打ってから海外に行くという概念が浸透していません。

ですから、予防接種済の証明がなければ入学できない学校、社命による海外赴任、あるいは黄熱ワクチンを打たないと入国できないなど、ワクチンの接種が必須なのかどうかということや、会社が費用を負担してくれるかどうかといったことが重要になります。

ワクチンを打たなければ入国できないのは、黄熱だけに限りません。たとえばサウジアラビアではハッジと呼ばれる聖地巡礼の時期があり、その時期にはインフルエンザや髄膜炎のワクチンを打っていないと入国できないといった制限を国が行うことがあります。

ハッジは年に1回、イスラム教の聖地であるメッカに何十万人、何百万人が集まるため、異常に人口密度が高くなり、感染症にかかりやすいといわれています。ですからサウジアラビア政府として、たとえば髄膜炎が流行している時期であれば髄膜炎のワクチンを接種済であるということがビザの発給要件にもなります。

現在、海外に行く学生に対して注意喚起をするように、厚生労働省から文部科学省に働きかけています。今後は文部科学省の管轄である大学や学校などで注意喚起をしていくことになりました。

これまでは、過去に留学生が海外で感染症にかかった事例などがある一部の大学では熱心に注意喚起を行っていましたが、そういった経験がない限り、なかなか浸透していなかったというのが実情でした。

留学時の予防接種は義務や強制ではありませんし、先進国から発展途上国まで行き先によって状況は千差万別です。国や地域によって流行している疾患は違いますから、大学などでは細かい対応が難しい部分もあります。

そこで、我々としてはできれば日本渡航医学会推奨のトラベルクリニックなどに相談していただき、どのようなワクチンを打たなければいけないのかということを個人レベルで判断していただいて、予防接種につなげていくということもひとつの方法ではないかと考えています。

アメリカでは高校までが義務教育であり、義務教育で学校に入る前には必ず予防接種を受けておく必要があります。予防接種を済ませていなければ入学ができません。その一方でオーストラリアなどでは、予防接種を受けていなくても入学することはできるものの、その学校で感染症が流行した時点で、予防接種を受けていない生徒は登校停止になる場合があります。

このように、どこの国にいつ頃どのような形で行くのかによって対応はまったく異なりますので、海外の事情に詳しい専門機関とよく相談して準備をしていただくということが望ましいと考えています。

私が2005年頃にアメリカに行ったときには、髄膜炎のワクチンを打つ必要はありませんでした。ところが現在、アメリカでは留学生などが学校で集団生活を送るにあたっては、髄膜炎のワクチンを打つ必要があります。これはちょうど私がアメリカに行っていた間に、いくつもの学校で髄膜炎の集団感染が発生したという経緯があったためです。

同じ髄膜炎でも海外と日本では流行しているタイプが異なります。5群ある髄膜炎菌のうち、海外ではA、C、Y、W-135の4つが入ってるワクチンを接種しますが、日本国内で流行しているのはB群であり、これに効くワクチンはありません。抗生物質が有効なので日本では髄膜炎はあまり流行しませんが、アメリカでは日本のように風邪様症状に対して念のために抗生物質を投与するということはないため、ワクチンで予防をするということになります。

ジカ熱やデング熱など、最近注目されているような蚊が媒介する感染症には有効なワクチンはありません。蚊に刺されないようにすることが唯一の予防法です。蚊が媒介する感染症は非常に多くの種類があります。主なものではジカ熱やデング熱の他にチクングニア熱という病気もあります。

また、アジアでは日本脳炎も忘れてはなりません。日本脳炎は日本の国内だけでなく、アジアで非常に流行しています。日本では北海道以外の地域の方は日本脳炎のワクチンを打っていますが、北海道では今年からワクチンを打つようになりました。したがって、北海道生まれの方は日本脳炎のワクチン接種済みの方がほとんどいません。ですから、北海道の医師会ではアジアに行かれるときは必ず日本脳炎のワクチンを勧めていただきたいという注意喚起をしています。

日本脳炎のワクチンは、以前はネズミの脳をすりつぶして作っていたので、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)という副反応が100万人に1人の割合でみられました。しかし現在製造されている細胞培養ワクチンになってからADEMは1例も発症していません。安全性も高くなっていますので、日本脳炎のワクチン接種はぜひ推奨していただきたいと考えています。

日本脳炎などワクチンで防御できる病気に関してはワクチンで予防します。しかし、デング熱・チクングニア熱・ジカ熱などはワクチンがないため、蚊にさされないようにするしかありません。自己防衛の手段としては、ディートという虫除け薬がよく使われます。また、イカリジンという新しい薬も2015年3月から認可されています。

タイなどに行くと、日本で販売されているものよりも安くて濃度の高いディートが空港などで売られています。そこで日本でも現在、メーカーが高濃度の虫除け薬を販売できるよう申請しています。厚生労働省も早急に認可することを目指しており、おそらく1年以内には使えるようになるとみられています。

表:ワクチンの接種回数の有効期間の目安
(「海外渡航者の予防接種Q&A」(川崎医科大学小児学教室)より引用)

狂犬病ワクチンの接種は3回受ける必要がありますが、日本の一般的な接種方法では4週間あけて2回、さらに6〜12か月後に1回となっており、3回の接種を終えるまで最低でも半年を要します。しかし、海外で実施されているWHO方式では、初回接種日から0日、7日、21〜28日に接種を行い、3〜4週間で完了します。ですから、狂犬病の流行地域に行かれる方は事前にWHO方式でワクチンの接種を済ませておくことをおすすめします。

もしワクチンを接種せずに狂犬病の流行地域に行くと、ワクチンだけではなく免疫グロブリンを打たれますが、費用が数十万円と高額になるうえ、注射が非常に痛いといわれています。ワクチンの接種については、日本国内で供給されているものと海外で流通しているものとでは、その種類や接種方法が異なることがあるので注意が必要です。その意味においても、渡航者向けのトラベルクリニックで事前によく相談をすることをおすすめします。

  • 特定非営利活動法人JAMSNET東京 理事長、ふかやクリニック 院長

    古閑 比斗志 先生

    外務省入省後、在モンゴル日本国大使館・在ホンデュラス大・在上海日本国総領事館・外務本省専門官・外務省診療所・在アフガニスタン大・在マイアミ総医務官として勤務。2008年より厚生労働省横浜検疫所検疫衛生課長・関西空港検疫所企画調整官・東京検疫所に勤務。感染症のみならず、NBC(核・生物・化学)やBCP(事業継続計画)にも造詣が深い。

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