2017年7月12日、東京ビックサイトにて、日本病院会主催の国際モダンホスピタルショウ2017公開シンポジウム『病気をしても働くために!』が開催されました。
これは独立行政法人労働者健康安全機構 理事長 有賀徹先生の基調講演をはじめ、4名のシンポジストによる発表やディスカッションを通して、病気の治療を受けながら働くという新しいライフスタイルについて考える公開シンポジウムです。本記事ではこのシンポジウムの様子をレポートします。
はじめに、独立行政法人労働者健康安全機構 理事長の有賀徹先生による基調講演が行われました。
以下、有賀先生の講演内容です。
労働者健康安全機構とは、労働安全衛生総合研究所、労働者健康福祉機構、日本バイオアッセイ研究センターの3施設が統合して2016年4月に発足した組織です。
労働者健康安全機構は『勤労者医療の充実』『勤労者の安全向上』『産業保健の強化』を理念として掲げています。労災病院や産業保健総合支援センターの運営、さらに労災疾病などの医学研究や、治療就労両立支援センターでの治療と就労の両立支援活動などを行い、勤労者一人ひとりの人生を支える役割を担っています。
労働者健康安全機構が運営する労災病院は全国に34病院あります。当初は労働災害や職業病へ対応する目的で設立されましたが、現在は『勤労者医療』の提供を行っています。私たちが考える勤労者医療とは、勤労者の健康と職業生活を守ることを目的として行う医療行為及びそれに関連する行為の総称です。
勤労者医療のなかには、患者さんの治療と就労の両立支援も含まれており、労働者健康安全機構では、以下のような全国の労災病院で治療就労両立モデル事業を展開しています。
※両立支援コーディネーターとは、患者・家族と、医師・医療ソーシャルワーカーなどの医療側と、産業医・衛生管理者・人事労務管理者などの企業側の3者間の情報共有を行うコーディネーターです。両立支援コーディネーターの養成・配置によって、患者さんの治療と就労の両立体制の確立を目指します。
治療と就労の両立を支援することで、労働者はもちろん事業者にとっても大きなメリットが生じます。
労働者のメリット
事業者のメリット
20〜64歳の働く世代においても、がんと診断される方が増えており、今後はがんがますます働く世代の問題になります。また、高齢化によってさまざまな病気の治療をしながら就労する方の増加も予想されます。
ですから患者さんのために、医療現場と職場の橋渡しとなる両立支援コーディネーターの需要が、さらに高まると考えられます。現在、両立コーディネーターの研修は労災病院の職員のみを対象に行っていますが、今後は一般の方にも研修を受けていただけるような仕組みにしていく予定です。
続いて4名のシンポジストのみなさんによる講演です。
元患者さん、治療・就労両立コーディネーター、治療中の社員をサポートする企業社長、産業医が、それぞれ違った立場から治療と就労の両立支援について講演を行いました。
NPO法人愛媛がんサポートおれんじの会で理事長を務める松本陽子さんは、33歳のときに子宮頸がんを患い、当時勤務していたNHK松山放送局を退職しました。そして、自身の経験から医療者からの適切な助言や共感してくれる仲間の存在の必要性を感じ、愛媛県にて患者団体を設立しました。
松本さんが理事長を務める、NPO法人愛媛がんサポートおれんじの会では『がんと向き合う人のための町なかサロン』という院外常設サロンを、ピアサポーター(がんの知識とコミュニケーションスキルを身につけているがん体験者や家族)のみで運営しています。
がんと向き合う人のための町なかサロンでは、患者さん同士の交流や医療者による無料相談だけでなく、がん患者さんの就労を支援するセミナーや、がん治療と就労両立への理解を促進するための医療者向けのセミナーを開催しています。
松本さんは、がんと診断されひとりで悩んで退職を決断した経験から、患者団体として、また関係団体と連携して、治療と就労の両立支援に取り組みたいと語りました。
関西労災病院で医療ソーシャルワーカーとして働く平田直子さんは、病院は患者さんの治療を行うだけでなく、患者さんと一緒に『働くこと』を考える仕組みづくりが必要ではないかと提案されました。
平田さんは普段から医療ソーシャルワーカーとして、病気や怪我を主な理由として生じる患者さんの心理的・社会的・経済的な問題への支援を行っています。
平田さんが勤務する関西労災病院で、乳がんの患者さんに対して治療と就労に関する聞き取り調査が実施されました。その結果、乳がんと診断された患者さんのうち、罹患前と同じ職場で働いている患者さんは約45パーセントでした。そしてその他の患者さんのほとんどは、自分の判断で退職や職場の移動をしていたことがわかりました。
この聞き取り調査を行った平田さんは、多くの患者さんから『病院に仕事のことを相談するという考えがなかった』『職場に相談窓口がなく、誰にも相談できなかった』という声を聞き、患者さんが病院や職場に治療と就労について気軽に相談できるような仕組みの必要性を感じたそうです。また、病院と職場の連携・情報共有が行われていないことも問題であるといいます。
このような問題に対して平田さんは、疾病の種類にかかわらず医療側と事業場側との連携をサポートする両立支援コーディネーターの養成や、『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン』の普及が重要であると話しました。
また、患者さんの治療と就労の両立支援のために留意しなければならないのは、主体は患者さん自身であるということと、個別性に応じた支援やチームの構築を行うことだと語りました。
株式会社松下産業 代表取締役社長の松下和正さんは、病気になった社員の治療と就労の両立支援について、実際に行っている6つの取り組みを紹介しました。下記がその取り組みの内容です。
1.病院に駆けつけ本人・家族の要望をヒアリング
入院が決まった社員とその家族に、今後の要望・希望をヒアリングします。また必要に応じて業務の引き継ぎを行います。
2.主治医や産業医、専門家との連携
・産業医の活用
産業医が実際に現場を巡視することで、注意が必要な箇所やデスクワークの比重の把握・管理を行います。
・主治医面談に同席
産業医が主治医面談に同席して、現在の状況や今後の見込みなどの話を聞きます。
・各専門家との連携
がん相談支援センター、社会保険労務士、フィナンシャルプランナーなど外部の専門家と連携して病気になった社員を支えます。
3.治療を支える家族もサポート
日頃から社員の家族と会社が交流する機会を設け、コミュニケーションを取りやすい環境づくりを行っています。社員の家族の企業訪問を受け入れる『ファミリーデー』は毎年好評です。
4.社内制度や公的支援の周知、病気の理解促進
・柔軟な勤務体制や社内制度で病気になった社員をサポート
病気になっても働き続けられるような柔軟な勤務体制や社内制度で社員をサポートします。
また、どのような勤務体制や社内制度があるのか周知徹底することも大切にしています。
・団体長期障害所得補償保険(GLTD)の加入
団体長期障害所得補償保険(GLTD)に加入しているので、病気によって万が一退職せざるを得なくなっても、社員は65歳まで月々15万円の補償が受けられる場合があります。
・がん検診の実施
35歳以上の社員を対象にがん検診を実施しています。がん検診によって実際にがんと診断された社員もいます。
・がんや病気に関わるライブラリーの設置
社内にがんや病気に関わる図書館を設置し、各自が日頃から病気の知識を身につけています。
5.日ごろの情報収集とニーズの把握
松下産業では近年、『ヒト』に関することをひとつの窓口で一貫して行う、ヒューマンリソースセンターという部署を設置しました。ヒューマンリソースセンターの担当者は、それぞれの社員の配属になった現場、経験した分野、取得資格などが記された、技術職社員個人カルテをもとに社員のニーズを把握します。個人カルテは社員と仕事のマッチングだけでなく、社員の健康管理などにも用いられ、日頃の情報共有に役立っています。
6.会社とのつながり・やりがいを感じてもらう
社内イントラネット(プライベートネットワーク)や社内報に社員の闘病記を掲載しています。
実際に病気と闘う社員の声を共有することで、会社とのつながり・やりがいを感じてもらうだけでなく、社員の病気に対する理解促進につながっています。
株式会社松下産業は、2014年に『東京都がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰』優秀賞を受賞し、がん対策推進企業アクション推進パートナー企業登録も行っています。
松下さんは、社員の満足と安心なしには会社経営は成り立たないと考えており、今後も社員の治療と就労の両立を支援していくと語りました。
三井記念病院 精神科部長の中嶋義文先生は、治療と就労の両立支援における産業医の役割についてお話しされました。
産業医は治療と就労の両立支援に関する取り組みを事業者に促し、労働者が職場のルール・配慮・職場内外の相談窓口を理解できるようにサポートする役割を担っています。また、治療と就労の両立支援に必要な情報や文書が整うように、主治医を含む関係者と連携します。
中嶋先生はがんや慢性疾患の両立支援、メンタル不調の復職支援、主治医との連携においてそれぞれ産業医が留意すべき点を示しました。
・がんや慢性疾患の患者さんの両立支援
治療技術の進歩により、がんは不治の病から長く付き合う病気になりました。また、高齢化に伴って慢性疾患を抱える労働者も増加してきています。
がんや慢性疾患の患者さんの両立支援において注意しなければならないのは、病気による隠れた症状(体力の低下や疼痛、メンタルヘルス不調、認知機能低下)や、病気によって実際にどのような支障が出るかを把握することです。
中立的な立場から合理的な配慮を行い、関係者の利害関係や療養期間について助言・調整することも大切です。
・メンタルヘルス不調の治療と復職支援
メンタルヘルス不調の患者さんおいては、休職、治療・療養、復職、復職後のそれぞれの段階で支援が必要となります。最も大切なことは、休職・復職のルールを明示するということです。たとえば1か月に休んだ日数から休職を決定するなど、産業医は明示されたルールに基づいて休職・復職の判断をしていかなければなりません。
・主治医との協働
患者さんが希望に沿った働き方ができるように、産業医は主治医と連携(互いに連絡をとり協力して物事を行う)ではなく、協働(同じ目的のために対等の立場で協力して働くこと)することが必要です。また、患者さんの病気とその経過よりも、病気による実際の支障を共有することで、適切な治療と就労の両立支援を行っていきます。
中嶋先生は、病気になっても働く方を支えるために、産業医の能力向上と相談支援機能の強化、そして患者さんを『柔らかく何重にも抱える』姿勢が大切であるとお話しされました。
最後に登壇者のみなさんでディスカッションを行いました。
ディスカッションの進行を務めたのは、日本病院会ホスピタルショウ委員会委員、公益社団法人地域医療振興協会シニアアドバイザー 梅里良正先生、日本病院会ホスピタルショウ委員会委員 東京都看護協会会長 山本恵子さんです。
有賀先生と4名のシンポジストのみなさんは、参加者からの質問に答えながら治療と就労の両立支援について議論を行いました。
最後に有賀先生より『病気になったらすぐに退職を決断するのではなく、治療と就労の両立を支援する施設や取り組みがあるということを知ってほしい』とお話がありました。
今回の公開シンポジウムは、治療と就労の両立支援についてさまざまな立場の方の意見を伺うことができる貴重な機会となりました。
少子高齢化が進むなかで、病気の治療をしながら働く方はますます増えていくと予想されます。治療と就労の両立支援のために、事業場や医療機関の取り組み、産業医・両立支援コーディネーターについて、今後さらに周知されていくことが求められるでしょう。
有賀 徹 先生の所属医療機関
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